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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第112話 王にとって大事なこと
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『いいかレイモンド、王に大事なのは結果だ。結果さえ良ければ過程は悪すぎなければ良い。
致命的な敗北がないことが王の絶対条件だ』
幼い頃に父に言われた言葉を俺はよく覚えている。それは別に父を尊敬しているからというわけではない。
いや正確には尊敬はしているものの、前半を重視しているのが気に入らなかった。
結果が大事なのは分かるし、過程で悪手を打たないように立ち回るのも分かる。だがそれゆえに、貴族たちに対して気を配りすぎだとも思っていた。王族が最終的に敗北しないために、北のアークゲートを始めとする貴族達の力を調整するのも分からなくもなかったが。
一方で、俺は成長していくにつれて後半を意識するようになった。
王は敗北してはいけない。権力という力で勝ち進み、勝って勝って、決定的な敗北から遠ざかる。父と意見が食い違うことも多くなる中で、やがては俺が覇王として君臨するつもりでいた。
そのために邪魔なものがあった。戦時中である北の帝国、コールレイク。
国内にもアークゲートを始めとする潜在的な脅威はあったが、アークゲートの当主であるエリザベート・アークゲートは歴代最高の当主とはいえ、結局は大貴族に過ぎず、王族には権力で及ばないと思っていた。その力を使ってコールレイクとの戦争に役立ってくれているのはありがたい点ではあったが。
だが北の帝国は将来的に大きな火種になりうる。俺が王座に就くとき、あるいは就いた後に真っ先に倒さなければならない相手。目先、最も強大な敵と、そう考えていた。
だからアークゲート家が一度だけとはいえ戦場で敗北し、さらに当主が代わったと聞いたときには目の前が真っ白になった。
わが国で北の主力であるアークゲートが大きく弱体化したのは明らかだったからだ。
そしてそのすぐ後に、戦争は終結した。
なにを言っているのか自分でもよく分からないが、事実だ。新たにアークゲート家の当主になったレティシア・アークゲートは、圧倒的な力をもってコールレイク帝国に進軍。前回の一度の敗北など記憶のかなたに吹き飛ばす勢いで、それもたった一回で敵軍を無力化し、無敗将軍を一騎打ちの末下し、休戦の約束を取り付けてきた。
『あれは……英雄です……』
俺は戦争の場には居なかったが、その場に居合わせた兵士の多くはそう言っていた。今だってそう言うだろう。だが腕の立つ兵士や騎士であればある程、その称賛には恐れが見て取れた。
レティシア・アークゲートは化け物である。俺がほんの小さな気づきを得た時だった。
とはいえ俺はその時、その気づきを無視した。それ以上に気にするべき相手がいたからだ。
北の帝国、コールレイク。アークゲートの力で休戦まで迫れるのなら、そのまま国ごと滅ぼせばいい。そうすれば領土も手に入るし、国ももっと潤うだろう。
だから会議の場でそう強く宣言した。全てを手に入れるために敵国を徹底的に潰すべきだと。
だが父も、そしてなによりレティシア・アークゲート本人がそれを拒否した。
『私は他国を滅ぼすことは反対です。コールレイクと和平を結び、国交を結ぶ方が我が国の利益は大きい。それに、これ以上まだ血を流すつもりで?』
レティシアの言うことは絶対だった。あいつは誰の言葉にも自分を貫いた。もしコールレイクと戦いを再開するならアークゲートは力を一切貸さない、とまで言ったが、誰一人として不敬だとは言わなかった。
こいつなら本当にやりかねないし、表立ってそれを非難する勇気を持っている人間なんているわけもなかったからだ。
『国を豊かにする事こそが賢王だと考えます。加えてその過程で戦争を避けられるなら、それに越したことはないかと』
レティシアのこの言葉に父も同意した。当然だ。父は結果を大事にする。コールレイクとの休戦という結果は父にとっては十分すぎたんだろう。
だが俺には、これが敗北に思えて仕方なかった。認められないと、そう思った。
そんな気持ちを見透かされたから、その日の夜にレティシアは俺の私室を訪れたんだろう。
音もなく現れた彼女はお前などいつでも殺せるという意味も含んでいた。そんな恐ろしい相手に、はらわたが煮えくり返っていた俺は食って掛かった。
力を貸せと強く訴えられたのは、あいつが重圧を発するまで。あいつが本気になって初めて、レティシア・アークゲートが化け物だという事を心から理解した。愚かにもそのとき、ようやく理解した。
『何が不満なのです? 恵まれているではありませんか。約束された玉座に民からの信頼。それらすべてが手に入る。これ以上何を求めるのです?
強欲は罪ですよ。もしもこれ以上強欲になるなら、無能な第二王子に手を貸して彼を王座に就かせてもいい』
怒りとか、何をふざけたことをとか、普通は思うのだろう。だがそれよりも早く俺が思ってしまったのは、「この女はやるし、できる。できるだろうではなく、できる」という事だった。
こいつは王族の下の大貴族じゃない。その皮を被った怪物だと。
思えばここが俺の分岐点だった。もしもあいつの力を自覚するのが遅ければ、それこそ俺はかのゼロード・フォルスのようになっていただろう。
きっと今ここには居なかった筈だ。
ただ、それからはちょっと良いこともあった。あいつに言われて失意のうちにあった俺は、参加したコールレイクとの和平会談の場で一目ぼれをした。
しかもコールレイクの皇女相手にだ。人の気持ちは不思議なもので、あれだけ目障りだと思っていたコールレイクの、しかも皇族に恋をするなんてどうかしていると思いながらも、止められなかった。
そしてそれをあいつが見逃すはずもなかった。
王城のテラス。夜の更けた皆が寝静まった時間帯に、あいつは俺に交渉を持ちかけた。
『もしも協力してくれるなら、あなたとコールレイクの皇女が結ばれるように図らいましょう』
こうして俺とあいつは協力関係になった。協力とは言うが、実際には俺があいつの下のような関係だ。だが確信があった。あいつの意に背くようなことをしなければ、俺は俺の思う通りにある程度は動けるし、想い人と添い遂げる幸せな結末を手に入れられると。
今になって考えてみれば、良い具合に鞭と飴を与えられたものだと思うが、それも悪くない。
少なくともノヴァ君という、あいつにとっての絶対を害するような馬鹿な真似をしなければ安全だからだ。加えてノヴァ君自身も面白い男である。
「……ふむ、惜しい」
王城の謁見の間。回想から帰ってきた俺は父の言葉で我に返る。さっきまではあいつの絶対であるノヴァ君が父に挨拶をしていた。
父が惜しいと言っているのは側室の件についてだろう。
「父上、アークゲート家をあまり刺激しない方がよろしいかと」
「うむ……だが側室くらいは……」
父は尊敬しているが、良い結果を求めるあまりに、少し急ぎ過ぎるところがある。あいつと俺を結婚させようとして怒りを買いかけたのに、そのことをもう忘れたのか。
『申し訳ありませんが、レイモンド様と結婚するつもりはありません』
俺なんて、断りの言葉を思い出しただけで背筋が冷たくなるのに。
どうせレティシアはダメだから夫であるノヴァ君に王族と関係の深い家の女でも嫁がせようとしたんだろう。
どっちにせよあいつの逆鱗に触れるようなことはしない方が身のためだというのに。
だが一方で父の気持ちも分からなくはない。フォルス家当主とアークゲート家当主が結婚する。この二つが手を取り合うなら、これから先、両家は力が大きくなりすぎる可能性が高い。だから王族から一人関係者を送り込んで関係を良くしたいっていうのも分からなくはない。分からなくはないけど。
「……あいつらの息子か娘と俺の子が結ばれるのが一番安定した策のようにしか思えない」
どうもあの二人の間に人を送り込むのは辞めた方が良いと本能が告げている。もうノヴァの代は諦めて、次の代を考えているくらいには。
「……困ったものだ」
そう呟く父上に対して、心の中であなたもだ、と告げる。あいつの恐ろしさを知っている以上変なことはしないと思うが、出来ればあまり虎の尾を踏む……竜の逆鱗に触れる……いや化け物に石を投げるような行為は止めて頂きたい。
王族以外が強すぎる権力を持つことが気に入らないという気持ちも見て取れるが、あれは化け物だ。早めに普通の貴族……いや、そもそも人間ではないと理解して納得するべきだ。
小さく息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
昔から思っていたのは、『王は致命的な敗北をしてはいけない』ということ。これ自体は変わっていない。けどそこに一つの主義が追加された。
『同時に、致命的な敗北をすると確定している戦いを挑んではいけない』
絶対的な敗北をあいつ相手にするくらいなら、小さな敗北など些細なことだ。それこそ敗北とも呼べないだろう。
だから俺はあいつに、レティシア・アークゲートに協力する。
この王国で……いやきっとこの世界で一番強い人間と手を結び、喜んで頭を下げよう。
致命的な敗北がないことが王の絶対条件だ』
幼い頃に父に言われた言葉を俺はよく覚えている。それは別に父を尊敬しているからというわけではない。
いや正確には尊敬はしているものの、前半を重視しているのが気に入らなかった。
結果が大事なのは分かるし、過程で悪手を打たないように立ち回るのも分かる。だがそれゆえに、貴族たちに対して気を配りすぎだとも思っていた。王族が最終的に敗北しないために、北のアークゲートを始めとする貴族達の力を調整するのも分からなくもなかったが。
一方で、俺は成長していくにつれて後半を意識するようになった。
王は敗北してはいけない。権力という力で勝ち進み、勝って勝って、決定的な敗北から遠ざかる。父と意見が食い違うことも多くなる中で、やがては俺が覇王として君臨するつもりでいた。
そのために邪魔なものがあった。戦時中である北の帝国、コールレイク。
国内にもアークゲートを始めとする潜在的な脅威はあったが、アークゲートの当主であるエリザベート・アークゲートは歴代最高の当主とはいえ、結局は大貴族に過ぎず、王族には権力で及ばないと思っていた。その力を使ってコールレイクとの戦争に役立ってくれているのはありがたい点ではあったが。
だが北の帝国は将来的に大きな火種になりうる。俺が王座に就くとき、あるいは就いた後に真っ先に倒さなければならない相手。目先、最も強大な敵と、そう考えていた。
だからアークゲート家が一度だけとはいえ戦場で敗北し、さらに当主が代わったと聞いたときには目の前が真っ白になった。
わが国で北の主力であるアークゲートが大きく弱体化したのは明らかだったからだ。
そしてそのすぐ後に、戦争は終結した。
なにを言っているのか自分でもよく分からないが、事実だ。新たにアークゲート家の当主になったレティシア・アークゲートは、圧倒的な力をもってコールレイク帝国に進軍。前回の一度の敗北など記憶のかなたに吹き飛ばす勢いで、それもたった一回で敵軍を無力化し、無敗将軍を一騎打ちの末下し、休戦の約束を取り付けてきた。
『あれは……英雄です……』
俺は戦争の場には居なかったが、その場に居合わせた兵士の多くはそう言っていた。今だってそう言うだろう。だが腕の立つ兵士や騎士であればある程、その称賛には恐れが見て取れた。
レティシア・アークゲートは化け物である。俺がほんの小さな気づきを得た時だった。
とはいえ俺はその時、その気づきを無視した。それ以上に気にするべき相手がいたからだ。
北の帝国、コールレイク。アークゲートの力で休戦まで迫れるのなら、そのまま国ごと滅ぼせばいい。そうすれば領土も手に入るし、国ももっと潤うだろう。
だから会議の場でそう強く宣言した。全てを手に入れるために敵国を徹底的に潰すべきだと。
だが父も、そしてなによりレティシア・アークゲート本人がそれを拒否した。
『私は他国を滅ぼすことは反対です。コールレイクと和平を結び、国交を結ぶ方が我が国の利益は大きい。それに、これ以上まだ血を流すつもりで?』
レティシアの言うことは絶対だった。あいつは誰の言葉にも自分を貫いた。もしコールレイクと戦いを再開するならアークゲートは力を一切貸さない、とまで言ったが、誰一人として不敬だとは言わなかった。
こいつなら本当にやりかねないし、表立ってそれを非難する勇気を持っている人間なんているわけもなかったからだ。
『国を豊かにする事こそが賢王だと考えます。加えてその過程で戦争を避けられるなら、それに越したことはないかと』
レティシアのこの言葉に父も同意した。当然だ。父は結果を大事にする。コールレイクとの休戦という結果は父にとっては十分すぎたんだろう。
だが俺には、これが敗北に思えて仕方なかった。認められないと、そう思った。
そんな気持ちを見透かされたから、その日の夜にレティシアは俺の私室を訪れたんだろう。
音もなく現れた彼女はお前などいつでも殺せるという意味も含んでいた。そんな恐ろしい相手に、はらわたが煮えくり返っていた俺は食って掛かった。
力を貸せと強く訴えられたのは、あいつが重圧を発するまで。あいつが本気になって初めて、レティシア・アークゲートが化け物だという事を心から理解した。愚かにもそのとき、ようやく理解した。
『何が不満なのです? 恵まれているではありませんか。約束された玉座に民からの信頼。それらすべてが手に入る。これ以上何を求めるのです?
強欲は罪ですよ。もしもこれ以上強欲になるなら、無能な第二王子に手を貸して彼を王座に就かせてもいい』
怒りとか、何をふざけたことをとか、普通は思うのだろう。だがそれよりも早く俺が思ってしまったのは、「この女はやるし、できる。できるだろうではなく、できる」という事だった。
こいつは王族の下の大貴族じゃない。その皮を被った怪物だと。
思えばここが俺の分岐点だった。もしもあいつの力を自覚するのが遅ければ、それこそ俺はかのゼロード・フォルスのようになっていただろう。
きっと今ここには居なかった筈だ。
ただ、それからはちょっと良いこともあった。あいつに言われて失意のうちにあった俺は、参加したコールレイクとの和平会談の場で一目ぼれをした。
しかもコールレイクの皇女相手にだ。人の気持ちは不思議なもので、あれだけ目障りだと思っていたコールレイクの、しかも皇族に恋をするなんてどうかしていると思いながらも、止められなかった。
そしてそれをあいつが見逃すはずもなかった。
王城のテラス。夜の更けた皆が寝静まった時間帯に、あいつは俺に交渉を持ちかけた。
『もしも協力してくれるなら、あなたとコールレイクの皇女が結ばれるように図らいましょう』
こうして俺とあいつは協力関係になった。協力とは言うが、実際には俺があいつの下のような関係だ。だが確信があった。あいつの意に背くようなことをしなければ、俺は俺の思う通りにある程度は動けるし、想い人と添い遂げる幸せな結末を手に入れられると。
今になって考えてみれば、良い具合に鞭と飴を与えられたものだと思うが、それも悪くない。
少なくともノヴァ君という、あいつにとっての絶対を害するような馬鹿な真似をしなければ安全だからだ。加えてノヴァ君自身も面白い男である。
「……ふむ、惜しい」
王城の謁見の間。回想から帰ってきた俺は父の言葉で我に返る。さっきまではあいつの絶対であるノヴァ君が父に挨拶をしていた。
父が惜しいと言っているのは側室の件についてだろう。
「父上、アークゲート家をあまり刺激しない方がよろしいかと」
「うむ……だが側室くらいは……」
父は尊敬しているが、良い結果を求めるあまりに、少し急ぎ過ぎるところがある。あいつと俺を結婚させようとして怒りを買いかけたのに、そのことをもう忘れたのか。
『申し訳ありませんが、レイモンド様と結婚するつもりはありません』
俺なんて、断りの言葉を思い出しただけで背筋が冷たくなるのに。
どうせレティシアはダメだから夫であるノヴァ君に王族と関係の深い家の女でも嫁がせようとしたんだろう。
どっちにせよあいつの逆鱗に触れるようなことはしない方が身のためだというのに。
だが一方で父の気持ちも分からなくはない。フォルス家当主とアークゲート家当主が結婚する。この二つが手を取り合うなら、これから先、両家は力が大きくなりすぎる可能性が高い。だから王族から一人関係者を送り込んで関係を良くしたいっていうのも分からなくはない。分からなくはないけど。
「……あいつらの息子か娘と俺の子が結ばれるのが一番安定した策のようにしか思えない」
どうもあの二人の間に人を送り込むのは辞めた方が良いと本能が告げている。もうノヴァの代は諦めて、次の代を考えているくらいには。
「……困ったものだ」
そう呟く父上に対して、心の中であなたもだ、と告げる。あいつの恐ろしさを知っている以上変なことはしないと思うが、出来ればあまり虎の尾を踏む……竜の逆鱗に触れる……いや化け物に石を投げるような行為は止めて頂きたい。
王族以外が強すぎる権力を持つことが気に入らないという気持ちも見て取れるが、あれは化け物だ。早めに普通の貴族……いや、そもそも人間ではないと理解して納得するべきだ。
小さく息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
昔から思っていたのは、『王は致命的な敗北をしてはいけない』ということ。これ自体は変わっていない。けどそこに一つの主義が追加された。
『同時に、致命的な敗北をすると確定している戦いを挑んではいけない』
絶対的な敗北をあいつ相手にするくらいなら、小さな敗北など些細なことだ。それこそ敗北とも呼べないだろう。
だから俺はあいつに、レティシア・アークゲートに協力する。
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