宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第129話 守り神の力、そしてかつてない怒り

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 目の前にいる常人ならざる存在を前に、私は何とか声を絞り出します。 
  
「と、当主様……彼女は一体?」 
  
「彼女はフォルス家の守り神です。守り神というのは、言ってしまえば家に繁栄をもたらす存在だと伝えられています。今の守り神はソニアちゃんの体を器としてその中に入っている、という事ですね」 
  
「左様。儂は器を変えるが、今の器はこの娘ということよ」 
  
 守り神。家に繁栄をもたらす。そんな話は聞いたことがありませんが、目の前に確かにそうだと感じさせる何かがいます。 
  
「では聞かせてもらおうかの? 小娘、お前は儂が何をしたと考えておるんじゃ?」 
  
「あなたがしたことはたった一つ。ソニアちゃんの体を一時的に乗っ取ってゼロードにぶつかり、水をかけることで彼を激昂させた。これだけです」 
  
「ほう?」 
  
 にやりと、守り神と呼ばれた少女の口角が上がる。 
  
「正解じゃ。素晴らしい」 
  
「必要な一石を投じてくれたことは感謝します。ですがなぜそのようなことを?」 
  
「単に面白そうだったからじゃ。たまたま、やけにイライラした気持ちが伝わって来ての。ちょっと小突けば何かしてくれるだろうと思えば、案の定というやつじゃ」 
  
「……ソニアちゃんの体が傷つく恐れがあったのにですか?」 
  
「器はどうでもよい」 
  
「…………」 
  
 あっさりとそう答える守り神に、当主様から発せられる威圧感が増します。 
 しかし守り神と呼ばれた少女はそれを無視し、当主様に語り掛けます。 
  
「にしても、いったい、いつ儂に気づいた? やはりノヴァ経由で守り神について聞いたときか?」 
  
「確信を持ったのはその時です。ですがその前から、違和感はありました」 
  
 その言葉に、少女は首を傾げました。 
  
「ふむ? じゃが小娘、お前は守り神の事を信じていなかった筈じゃ。荒唐無稽だとトラヴィスに言っていた。どこに違和感を覚えた?」 
  
「最初に不思議に思ったのはソニアちゃん、いえあなたが蹴飛ばされた後です。フォルスの屋敷には密偵を放っています。しかしソニアちゃんの一件については報告がなかった。この理由は密偵に監視の手を緩める許可をその前に出していたからです。 
 屋敷の外からではゼロードの凶行は見えませんし、その後に関しても、ただの使用人であるソニアちゃんが頑張って仕事をしているだけならば報告をする必要もない。そう思ったそうです」 
  
 当主様の言うことには私も覚えがあります。フォルスの屋敷には動きがほとんどなく、情報も集めきったためにこれ以上監視の必要はない。フォルス家の密偵を警戒する必要もあり、バレる危険性もあるので、一旦監視の手を緩めたい、と。 
 そう報告を受けて、当主様に上げました。しかし承認を得て監視の手を緩めてもいいと言った直後に、ソニアちゃんが蹴飛ばされる事件が起きた。 
 監視の役目を担っていた密偵は自分のせいだと自らを責めていましたが……。 
  
「ならばそれは、その者達の、しいてはそれを受け入れたお主の失策では?」 
  
「それに関してはその通りです。当時は私もフォルス家からは定期的に問題がないという連絡のみ受け取っていましたので」

 私としても当時なら同じことを言うでしょう。そのくらい騒動が起きる前のフォルス家には、何もなかった。

「ただ、私はこう思っています」 
  
 そこで言葉を区切って、当主様は静かに言い放ちます。 
  
「彼女ならば、例え監視の手を緩めていたとしても少しの屋敷の違和感に気づき、ソニアというメイドについて探ったはずだと。アークゲートの諜報員として長年勤めてきた彼女らしからぬ失態だと、そう思いました。むしろ失態ではなく、本人すら気づいていない妨害なのではないか、とも」 
  
 作られた笑みを浮かべていた守り神が、その笑みを消しました。 
  
「そしてノヴァさ……夫経由で聞いたことで確信に変わりました。トラヴィスはソニアちゃんの事を守り神だと思っていないと。彼は確かに私の前でソニアちゃんを守り神だと言ったのに、です。 
 これらから私が推測した事は一つ、あなたは人の記憶を操れるのではないですか?」 
  
「……ほう?」 
  
 守り神の少女が再び笑みを浮かべます。先ほどよりもさらに深い笑みを。 
  
「あなたは密偵の存在に気づいていた。だから記憶を改ざんして、屋敷に対して干渉されないようにした。……そもそも監視の手を緩めたいという最初の報告すら、貴女の干渉によるものなのでは?」 
  
「くくく……どうかの?」 
  
「加えてトラヴィスから聞いた守り神の掟はかなりざっくりとしたものでした。何代も守り神を守ってきたのなら、もう少し詳しい条件が伝わってきてもいいだろうに、です。 
 これに関しても、あなたが歴代当主達の記憶を改ざんしているのではないかと」 
  
「なるほど、なるほど」 
  
 当主様の話を聞いて、守り神とやらはいやらしい笑みを浮かべます。 
  
「まあ、ほぼ正解と言ったところじゃ。素晴らしい。褒美をくれてやりたいところじゃ」

「あら、それではいくつか質問をさせていただきましょうか」

 赤い目で歪な笑みを浮かべる少女と、作り笑いを浮かべる当主様。私には干渉できないところで、何か恐ろしいやり取りが行われているような、そんな気がしました。

「なんじゃ? 何でも聞くがよいぞ。今の儂は気分が良い」

「それでは。あなたは本当にフォルス家を繁栄させてきたんですか?」

「是じゃ。まあ、儂がしたのはほんの少しの後押しじゃがな」

「なるほど。ではその対価として何を貰ったのですか?」

「おや? 儂は心優しい守り神じゃよ? そんな対価なんて求めんよ」

「あらあら、とてもそうは見えませんでしたので」

 ニッコリと笑う少女と、同じように作り笑いを浮かべる当主様。
 しばらくしてから、少女は口を三日月の形に歪めて呟いた。

「まあしいて言うなら愉悦を貰ったわ」

「愉悦?」

「神として長く生きてきた儂に人並みの欲求はない。そのような段階はとうに過ぎておる。富? 権力? そんなものは要らぬ。じゃが退屈を紛らわせる愉悦は欲しい」

「…………」

「この家は良いぞ……長年見てきたが、面白い者が多く現れる。北の名家に負けているときは悔しさに歯噛みし、物や人に当たる者。並ぶほどになっても追い越さんとさらにもがく者。その陰に虐げられる者が居るのも良い」

 恍惚の表情でそう言う少女に、心の中から嫌悪感が出てきます。この少女の言っていることは完全には分からないけれど、到底許せる言葉ではありませんでした。

「覇気という特殊な力を持つ一族なのに、その力だけならば儂よりも圧倒的に上なのに、儂という存在を大切にする滑稽さも愉しめたわ」

「…………」

 フォルス家の守り神というのは、繁栄を与える存在なのかもしれません。しかし、その本質は人間の愚かな様を見て悦ぶだけのおぞましい存在でした。

「先代当主なぞ最高であったわ。儂のために一人の息子を、覇気という特殊な力が使えんとはいえあそこまで蔑ろにし、しかもそれを見てみぬふりをするとは。あまりにも可笑しすぎて大笑いしてしまった。久しぶりに極上の愉悦を楽しんだわ」

 あはははは、と笑う少女に心の中で黒い何かが溢れてきます。許せるわけがない。それはきっと当主様が一番感じている筈。
 彼女の拳は先ほどから、強く握りしめられているから。

「ふむ、そろそろかの?」

 不意に笑うのをやめた少女が、すっと表情を切り替えてそう言いました。あまりにも劇的な変化に背筋が冷たくなるのを感じます。 
  
「…………」 

 当主様は、先ほどから黙ったまま。しかし手に入っていた力が、すっと消えたように思えました。
  
「小娘、儂がここに来た理由は別れの挨拶をするためじゃ。 次に会うのはかなり後、次の当主に代わるときになるじゃろうからな。それは楽しみじゃが。 
 ……あぁ、後はあれじゃ、答え合わせをしてやりたかった、それだけじゃ」 
  
「はい」 
  
 当主様の言葉に笑った守り神は、踵を返します。そうして一歩、ゆっくりと歩き始めました。 
  
「さらばじゃ、小娘。儂の看破、見事であった」 
  
「はい」 

 足を進めていく少女。そしてそれを見送る当主様に、私はどこかおかしさを感じます。これまでの当主様なら、あの少女をそのまま見送るなんてことはしない筈。そう思い、声をかけます。
  
「……当主様、行かせてよろしいのです――」 
  
「あぁ、そうそう」 
  
 けれどその途中で守り神の声が響きます。そちらを見れば、ほんの少しだけ振り返った彼女と目が合いました。 
  
「もう一つ、大きな理由があったわ」 
  
 その声が聞こえた瞬間。 
  
 ―― 
  
 あれ? 私は、何を。 
  
「ユティ? ユティ? 大丈夫ですか?」 
  
「あ、当主様、すみません、ぼーっとしていました」 
  
「ここのところ働き詰めでしたからね。仕方ないでしょう。ゆっくり休んでください」 
  
 その言葉に思い出す。私はちょうど当主様に裏組織『影』の事や、ノヴァさんの事、それにフォルス家とアークゲート家の反発について報告したところでした。 
 私を気にかけてくれた当主様は左手を動かして、ゲートを展開します。金色の光は夜の闇に輝くばかりに浮かんでいて、いつ見ても幻想的です。 
  
「アークゲートの屋敷まで送りましょう。今日はゆっくりと休んでください」 
  
「はい、ありがとうございます」 
  
「これからもよろしくお願いしますね、ユティ」 
  
 当主様と頷き合って、私達はゲートの中へと入っていく。 
 これからも彼女に変わらぬ忠誠を誓いつつ、姉として妹の助けになれればと、そう思いました。 
  
  
  
 ××× 
  
  
  
 ゲートを通り抜けて、アークゲートの屋敷へと戻ってきます。夜も更けてきて、睡眠時間を少しでも長く確保しなくてはと思ったときに、私はあることに気づきました。 
  
 ゲートの金色の光が、いつまで経っても消えていないことに。 
  
「当主様? いかがなさいましたか?」 
  
 当主様は私をここまで送り届けてくださいましたが、ノヴァさんの屋敷に戻るならゲートを開きなおさないといけないはずです。 
 ですが当主様は私たちが通ってきたゲートを消そうとはしません。 
  
「ユティ、おやすみなさい。良い夜を」 
  
「え……は、はい、おやすみなさい当主様」 
  
 微笑んだままで、当主様はゲートへと戻っていきます。その先は私たちが先ほどまで密談していた林があるだけです。 
 少し歩きたい気分なのでしょうか? なんて思いましたが。 
  
 ゲートに振り返る前に一瞬だけ見えた当主様の笑顔は間違いなく作られたもので、そこに背筋が冷たくなるほどの恐怖を感じました。 
  
 金色の光の奥に消える当主様。そしてその後すぐに閉じた金色の光の楕円の跡を見つめながら、私は胸が苦しくなるのを感じました。 
 今まであの子が怒りを露にしたことは何度かあります。ですが今のあの子の怒りは、これまでのどの時よりも強かった。 
  
「一体……なにが……」 
  
 どうしてあそこまでの怒りを感じているのかを思い出そうとするものの、私は何も思い当たることはありません。 
 北の夜の冷たい風が、一瞬だけ強く吹き抜けていきました。 
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