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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第134話 王都にて、ナタさんと少女と
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「……細かい事でもいいけど、覚えていることはない?」
ナタさんの言葉に、俺は首を横に振って返した。ここは王都の研究所。ナタさんに近いうちに足を運んで欲しいと言われ、ちょうど仕事が一段落したために今日、訪れていた。
話を聞いてみると、ゼロードの一件について話を聞きたいとのことだった。
あの日、俺がシアの力を借りるのではなく、奪う(あまり言葉が良くないから好きじゃない言い方なんだけど……)ことが出来た日の事が少しでも分かればまた何かに使えるかもしれない、というのがナタさんの意見だ。
けど俺は当時の事をほとんど覚えていない。だから正直に首を横に振ったけど、ナタさんには残念そうな顔をさせてしまった。
「そう……やっぱり聞いていた通りだね……じゃあ次は、これを使って当主様の魔力を身に纏ってみて」
そう言ってナタさんが差し出してきたのは、紫色に染まったガラス管だった。
「これ、シアの魔力?」
「ん、多分大丈夫だと思うけど、これまで通りに当主様の魔力を使えるかの実験」
「なる……ほど……」
歯切れの悪い返事をしているのは自分でも分かっている。でもさっきから首を横に振ったり、こんな風に返事をするのには理由がある。
視線が、すごい。
今話しているのはナタさんとだけど、少し離れたところにはずらりと白衣を着た人達が集まっている。皆遠くから俺の事を見ていて、いや観察していてちょっと気圧されるような形だ。
ただ彼らに目を向けると一人一人が慌てて深く頭を下げるので、あまり見ないようにはしているけど。
「さっきも言ったけど、彼らはここの職員で、当主様から仕事を請け負っている人達。ノヴァさんに何かをするわけじゃないし、そんなことさせないから安心して。
……まあ、そんなことをすれば研究者人生の前に人生が終わるって分かっているから絶対しないだろうけど」
ここに来たときと同じように俺に説明するナタさん。彼女の言うことは分かるし信用できるけど、どうも多くの視線にさらされるというのは慣れないものだ。
ところで最後にナタさんは何て言ったんだろう? 声が小さくて聞き取れなかった。
一旦意識を周りから外して、手のひらの上にあるガラス管を見つめる。それを握ることで、魔力を纏った。体の奥底から、力が溢れてくる。
そしてそれと同時に、周りにいる人たちが動き始める。ペンを走らせる人や、良く分からない機器を弄る人など。ナタさんも考え込むようにしながら紙によく分からない言葉を書き連ねていた。
「ん……見た感じ特に変化は無さそう。ノヴァさんも気になるところはない?」
「はい、特には」
実際、少し前にシアに言われて彼女の魔法を撃ちこんでもらったり、所持していたガラス管から魔力を取り出したりした。オーロラちゃんの魔法を力に出来るってことも確認したし、その過程でおかしいと思うところは少しもなかった。
そう伝えると、ナタさんは納得したように頷いた。
「大丈夫だとは思っていたけど、本当に問題は無さそう……そうすると、あのろくでなしの時に発現した新しい力は、これまでのノヴァさんには何の影響も与えてはいないみたい」
なんとなく大丈夫なことは分かっていたけど、こうして厳密に調べてくれるとより安心できる。いや、別に不安に思っていたわけでもないんだけど。
そんな事を思っていると、ナタさんは俺にじっと視線を向けた。
「覚えている限りで良いんだけど……例えば新しい力を得たとき、ノヴァさんはそれまでと何か違う感じがなかった? 例えば、前よりも強くなっていた、みたいな」
「うーん……なっていた、と思います」
あまり記憶にないけど話を聞く限り、ゼロードはあの時、覇気が強くなっていたらしい。加えて怒りで痛覚が麻痺して苛烈な攻めを行っていた筈だ。
そんな状態のゼロード相手にたったの一撃で勝利した新しい力。それはこれまでのシアの力よりも強かったんだと、思う。
とはいえ再現するようなことは出来ないんだけど。
「……ん、大体話は分かったし、情報は取れた。ありがとう」
「いえ、こんなことで良ければいくらでも」
特に聞きたいことはもう無いようで、ナタさんは紙に何かを書き込んだ後にペンを置くと、いつもの無表情を俺に向けた。
「ノヴァさんはこの後どうするの?」
「王都で少し過ごした後、アークゲート家に行こうかなと」
今日は一日休みにしてある。この後王都で食事をとった後、アークゲート家に行こうかな、と考えていたところだ。
そう告げると、ナタさんは何かを考えるようなそぶりをして、顔を上げた。
「それなら、もうすぐ昼休みだから一緒に行ってもいい?」
「構いませんよ。ちょうど美味しいお店に行こうと思っていたので」
シアがいくつか紹介してくれたお店。その中の一つのお店の料理が絶品で、ちょうど行きたいと思っていた。どうせだからナタさんにも紹介しておこう。
少しだけ時間が来るのを待って、俺とナタさんは研究所を後にした。
×××
シアに紹介してもらったお店は2階建てで、2階は通りを見下ろせるテラス席になっている。以前オーロラちゃんと一緒に行ったお店のような形になっている、といえば分かりやすいかもしれない。
そしてそんなお店で、俺は一人食後のコーヒーを嗜んでいた。二人掛けの席には俺一人で、正面には人が居た跡はあるけど、姿はない。
ナタさんは昼休みが終わる時間が近づいてきたので、先に去ってしまった。その際にお金を渡されそうになったけど、どうせだし俺の方で持っておくことにした。
シアも俺もナタさんにはお世話になっているし、たまには感謝を形で返したいと思っていたからちょうどいい機会だった。ナタさんは不満そうな顔をしていたけど。
周りを見てみると、テラスの入り口付近に店員さんが立っているだけで他に客はいない。俺がこのお店に入ってきたときに店員さんたちがひどく驚いていたから、テラス席に客を入れないようにしたんだと思う。
最初は数人いたけど、その人達が帰っていくだけで、新しく人が入ってくる様子はなかったからね。
お店側には申し訳ないけど、こういったことはフォルス家の当主になってからは結構多くて、少し慣れて来てしまったっていうのも本音だ。
「…………」
もう一度前の席に視線を向ける。
「アランさん……ねぇ」
さっきまで話していた内容を思い返して、思わず呟いた。
ナタさんが話したことは、基本的にはワイルダー家の事。やれハインズさんの生活態度がだらしないとか、ハインズさんの言動がたまに苛々するとか、そんなことだった。
そしてセシリアさんの話もあって、彼女が元気に過ごしている、といったことも聞くことが出来た。
その中で話題になったのは、アランさんの事だった。
『……魔法の便箋の件で、直接お礼に来た。こっちが困るくらいに感謝していて、もし何かサイモン家に出来ることがあれば言って欲しい、とまで言われた。
正直、貴族としては意外。ノヴァさん以来の、第二の変わり者』
と言ったのは自分が貴族の中でも変わり者であることを棚に上げたナタさん。アランさんから話は聞いていたけど二人には面識があって、ナタさんからしてもアランさんは好印象だったらしい。
だからアランさんがどんな人なのかを、事細かに聞かれてしまったくらいだ。
途中、何か考えるそぶりもしていたのが印象的だった。
いずれにせよ、俺が好んでいる人を他の人が好意的に見てくれているのは嬉しいものだ。それに俺の知っている人と別の知っている人が繋がっていくのも、なんだか嬉しい感じがする。
「?」
そんな事を思っていると、ふと視線を感じた。とはいえここは二階。テラスの入り口と反対側を見てみても、そこには窓はあるけど誰もいない。
視線を下ろして通りを見下ろしたところで、人影が三つ、目に入った。
「あ」
思わず呟く。目に入ったのは立ち止まっている三つの人影。いずれも女性で、そのうちの一人は驚いたような表情で俺を見上げていた。
黄緑色の瞳には見覚えがある。以前劇場で出会った少女だ。確か名前は……ベルさん? だったかな。
俺と視線を合わせたことで頭を下げるベルさんを見て、俺は思いついた。手で、『そこで待っていて』と表現する。そしてテラスの入り口にいる店員さんを呼んで、下の通りにいる三人を手で指し示した。
彼女達をここに呼んできて欲しい。彼女達の代金はこちらが出すから。
そう伝えると、店員さんは清々しいほどの笑顔を浮かべて、走って一階へと向かう。
少し待てばお店の入り口が開き、店員さんが中へと案内しようとしてくれた。
困る様子を見せるベルさん達に対して、俺は微笑む。頷けば、渋々と言った形でベルさんはお店の中に入ってくれたので、すぐにこのテラス席まで来てくれることだろう。
ちょっと強引な手になってしまったけど、三人を呼んだのには理由がある。俺の見立てでは、少なくともベルさんはシアの事を知っているような気がしたから。
劇場で会った日、彼女はシアの事を酷く警戒していた。あんなに意気投合して劇の話をしたベルさんが何かをするとは考えにくいけど、どうしてシアを警戒したのか、それくらいは聞いておきたかった。
『害そうとする人がいるのは、当主の宿命ですからな』
ギリアムさんの一言が、頭の中で浮かんで消えていった。
ナタさんの言葉に、俺は首を横に振って返した。ここは王都の研究所。ナタさんに近いうちに足を運んで欲しいと言われ、ちょうど仕事が一段落したために今日、訪れていた。
話を聞いてみると、ゼロードの一件について話を聞きたいとのことだった。
あの日、俺がシアの力を借りるのではなく、奪う(あまり言葉が良くないから好きじゃない言い方なんだけど……)ことが出来た日の事が少しでも分かればまた何かに使えるかもしれない、というのがナタさんの意見だ。
けど俺は当時の事をほとんど覚えていない。だから正直に首を横に振ったけど、ナタさんには残念そうな顔をさせてしまった。
「そう……やっぱり聞いていた通りだね……じゃあ次は、これを使って当主様の魔力を身に纏ってみて」
そう言ってナタさんが差し出してきたのは、紫色に染まったガラス管だった。
「これ、シアの魔力?」
「ん、多分大丈夫だと思うけど、これまで通りに当主様の魔力を使えるかの実験」
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歯切れの悪い返事をしているのは自分でも分かっている。でもさっきから首を横に振ったり、こんな風に返事をするのには理由がある。
視線が、すごい。
今話しているのはナタさんとだけど、少し離れたところにはずらりと白衣を着た人達が集まっている。皆遠くから俺の事を見ていて、いや観察していてちょっと気圧されるような形だ。
ただ彼らに目を向けると一人一人が慌てて深く頭を下げるので、あまり見ないようにはしているけど。
「さっきも言ったけど、彼らはここの職員で、当主様から仕事を請け負っている人達。ノヴァさんに何かをするわけじゃないし、そんなことさせないから安心して。
……まあ、そんなことをすれば研究者人生の前に人生が終わるって分かっているから絶対しないだろうけど」
ここに来たときと同じように俺に説明するナタさん。彼女の言うことは分かるし信用できるけど、どうも多くの視線にさらされるというのは慣れないものだ。
ところで最後にナタさんは何て言ったんだろう? 声が小さくて聞き取れなかった。
一旦意識を周りから外して、手のひらの上にあるガラス管を見つめる。それを握ることで、魔力を纏った。体の奥底から、力が溢れてくる。
そしてそれと同時に、周りにいる人たちが動き始める。ペンを走らせる人や、良く分からない機器を弄る人など。ナタさんも考え込むようにしながら紙によく分からない言葉を書き連ねていた。
「ん……見た感じ特に変化は無さそう。ノヴァさんも気になるところはない?」
「はい、特には」
実際、少し前にシアに言われて彼女の魔法を撃ちこんでもらったり、所持していたガラス管から魔力を取り出したりした。オーロラちゃんの魔法を力に出来るってことも確認したし、その過程でおかしいと思うところは少しもなかった。
そう伝えると、ナタさんは納得したように頷いた。
「大丈夫だとは思っていたけど、本当に問題は無さそう……そうすると、あのろくでなしの時に発現した新しい力は、これまでのノヴァさんには何の影響も与えてはいないみたい」
なんとなく大丈夫なことは分かっていたけど、こうして厳密に調べてくれるとより安心できる。いや、別に不安に思っていたわけでもないんだけど。
そんな事を思っていると、ナタさんは俺にじっと視線を向けた。
「覚えている限りで良いんだけど……例えば新しい力を得たとき、ノヴァさんはそれまでと何か違う感じがなかった? 例えば、前よりも強くなっていた、みたいな」
「うーん……なっていた、と思います」
あまり記憶にないけど話を聞く限り、ゼロードはあの時、覇気が強くなっていたらしい。加えて怒りで痛覚が麻痺して苛烈な攻めを行っていた筈だ。
そんな状態のゼロード相手にたったの一撃で勝利した新しい力。それはこれまでのシアの力よりも強かったんだと、思う。
とはいえ再現するようなことは出来ないんだけど。
「……ん、大体話は分かったし、情報は取れた。ありがとう」
「いえ、こんなことで良ければいくらでも」
特に聞きたいことはもう無いようで、ナタさんは紙に何かを書き込んだ後にペンを置くと、いつもの無表情を俺に向けた。
「ノヴァさんはこの後どうするの?」
「王都で少し過ごした後、アークゲート家に行こうかなと」
今日は一日休みにしてある。この後王都で食事をとった後、アークゲート家に行こうかな、と考えていたところだ。
そう告げると、ナタさんは何かを考えるようなそぶりをして、顔を上げた。
「それなら、もうすぐ昼休みだから一緒に行ってもいい?」
「構いませんよ。ちょうど美味しいお店に行こうと思っていたので」
シアがいくつか紹介してくれたお店。その中の一つのお店の料理が絶品で、ちょうど行きたいと思っていた。どうせだからナタさんにも紹介しておこう。
少しだけ時間が来るのを待って、俺とナタさんは研究所を後にした。
×××
シアに紹介してもらったお店は2階建てで、2階は通りを見下ろせるテラス席になっている。以前オーロラちゃんと一緒に行ったお店のような形になっている、といえば分かりやすいかもしれない。
そしてそんなお店で、俺は一人食後のコーヒーを嗜んでいた。二人掛けの席には俺一人で、正面には人が居た跡はあるけど、姿はない。
ナタさんは昼休みが終わる時間が近づいてきたので、先に去ってしまった。その際にお金を渡されそうになったけど、どうせだし俺の方で持っておくことにした。
シアも俺もナタさんにはお世話になっているし、たまには感謝を形で返したいと思っていたからちょうどいい機会だった。ナタさんは不満そうな顔をしていたけど。
周りを見てみると、テラスの入り口付近に店員さんが立っているだけで他に客はいない。俺がこのお店に入ってきたときに店員さんたちがひどく驚いていたから、テラス席に客を入れないようにしたんだと思う。
最初は数人いたけど、その人達が帰っていくだけで、新しく人が入ってくる様子はなかったからね。
お店側には申し訳ないけど、こういったことはフォルス家の当主になってからは結構多くて、少し慣れて来てしまったっていうのも本音だ。
「…………」
もう一度前の席に視線を向ける。
「アランさん……ねぇ」
さっきまで話していた内容を思い返して、思わず呟いた。
ナタさんが話したことは、基本的にはワイルダー家の事。やれハインズさんの生活態度がだらしないとか、ハインズさんの言動がたまに苛々するとか、そんなことだった。
そしてセシリアさんの話もあって、彼女が元気に過ごしている、といったことも聞くことが出来た。
その中で話題になったのは、アランさんの事だった。
『……魔法の便箋の件で、直接お礼に来た。こっちが困るくらいに感謝していて、もし何かサイモン家に出来ることがあれば言って欲しい、とまで言われた。
正直、貴族としては意外。ノヴァさん以来の、第二の変わり者』
と言ったのは自分が貴族の中でも変わり者であることを棚に上げたナタさん。アランさんから話は聞いていたけど二人には面識があって、ナタさんからしてもアランさんは好印象だったらしい。
だからアランさんがどんな人なのかを、事細かに聞かれてしまったくらいだ。
途中、何か考えるそぶりもしていたのが印象的だった。
いずれにせよ、俺が好んでいる人を他の人が好意的に見てくれているのは嬉しいものだ。それに俺の知っている人と別の知っている人が繋がっていくのも、なんだか嬉しい感じがする。
「?」
そんな事を思っていると、ふと視線を感じた。とはいえここは二階。テラスの入り口と反対側を見てみても、そこには窓はあるけど誰もいない。
視線を下ろして通りを見下ろしたところで、人影が三つ、目に入った。
「あ」
思わず呟く。目に入ったのは立ち止まっている三つの人影。いずれも女性で、そのうちの一人は驚いたような表情で俺を見上げていた。
黄緑色の瞳には見覚えがある。以前劇場で出会った少女だ。確か名前は……ベルさん? だったかな。
俺と視線を合わせたことで頭を下げるベルさんを見て、俺は思いついた。手で、『そこで待っていて』と表現する。そしてテラスの入り口にいる店員さんを呼んで、下の通りにいる三人を手で指し示した。
彼女達をここに呼んできて欲しい。彼女達の代金はこちらが出すから。
そう伝えると、店員さんは清々しいほどの笑顔を浮かべて、走って一階へと向かう。
少し待てばお店の入り口が開き、店員さんが中へと案内しようとしてくれた。
困る様子を見せるベルさん達に対して、俺は微笑む。頷けば、渋々と言った形でベルさんはお店の中に入ってくれたので、すぐにこのテラス席まで来てくれることだろう。
ちょっと強引な手になってしまったけど、三人を呼んだのには理由がある。俺の見立てでは、少なくともベルさんはシアの事を知っているような気がしたから。
劇場で会った日、彼女はシアの事を酷く警戒していた。あんなに意気投合して劇の話をしたベルさんが何かをするとは考えにくいけど、どうしてシアを警戒したのか、それくらいは聞いておきたかった。
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