宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
157 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第157話 セシリアさんの初めての恋

しおりを挟む
 それからしばらくして、オーロラちゃんがフォルスの屋敷から離れる日がやってきた。正式に引継ぎが始まるのか、生活の拠点をノークさんの屋敷に移すことになった。
 彼女は名残惜しそうにしながらフォルスの屋敷を離れ、今はノークさんの屋敷かたまにアークゲートの屋敷に居るという新しい生活へと旅立っていった。

 まるで別れのように書いたけど、手紙はほぼ毎日のようにくるし、その手紙からも楽しめている様子が伝わってくるから上手くやれているんだろう。
 ただその節々にはフォルスの屋敷に対する郷愁の念も感じられて、ちょっと苦笑いした。ここはオーロラちゃんの故郷というわけではないけど、そのくらい良い場所だったと思ってくれたのは嬉しかったかな。

 そうして俺の周りでも少しだけ変わったことがあったある日、俺は所用でワイルダー家を訪れていた。事前に向かうことは連絡していて、ゲートの機器を使用して移動すると、当主であるハインズさんとセシリアさんが出迎えてくれた。

「久しぶりだねノヴァ殿」

「ノヴァさん、ようこそおいでくださいました」

「お久しぶりです、ハインズさん、セシリアさん」

 軽く頭を下げると、ハインズさんはにっこりと笑って屋敷の方を手で指し示した。

「話は屋敷の中でゆっくりとしましょう。セシリア、用が出来たときに呼ぶから、もう行っていいよ。出迎えに来てくれてありがとう」

「セシリアさん、ありがとうございました」

「いえ、何か用事があれば呼んでくださいね」

 頭を下げるセシリアさんに微笑みかけて、彼女の横を通り過ぎて屋敷の中へ入っていく。出迎えの人の中に居なかったからもしやと思ったけど、ナタさんは不在のようだ。きっと王都の研究所で研究に明け暮れているんだろう。

 ハインズさんの後ろに従って、彼に案内された部屋に入る。以前も通されたことのある応接間だった。彼と俺は向かい合う形で椅子に座ると、ハインズさんは早速切り出した。

「まずは本題の方を片付けますか」

「そうですね」

 ハインズさんの言葉に頷いて、俺は紙やペンを取り出す。ハインズさんも同じようにして、俺達は互いの領地や、協力し合える部分、あるいは共同で進める予定の事業の事についての話を始める。

 今回ワイルダー家を訪れたのは共同で行っている事業などをハインズさんと話し合って詰めるのが目的だ。お互いの同意で、話し合いの場はフォルスの屋敷か、ワイルダー家の屋敷になっている。

 フォルス家が南側でも大きい家であるからある程度は相手を呼んで屋敷で対応するっていうのは外聞的に必要なことだけど、実を言うと俺が相手の屋敷に行く方が楽で早かったりする。ナタさんに作ってもらったゲートの機器のお陰で、一度訪れた屋敷にはいつでも行けるからだ。

「では、この件について――」

「はい、それでお願いします。では次にこちらの件ですが――」

 ハインズさんとの話に夢中になっていたからか、時間はどんどん過ぎていく。ある程度用意していた内容を話し合った後には、外の太陽の位置はかなり低くなっていた。訪れたのは昼過ぎだったから、それなりの時間が過ぎたようだ。

 ハインズさんも話し疲れたようで、結果をまとめた紙を手でまとめた後に大きく息を吐いていた。
 今日の所の話し合いはこれで終わり。もちろんこれで帰ってもいいんだけど、それは少し味気ない。そう思って、俺はハインズさんと世間話をすることにした。

「そう言えば、ワイルダー家は次期当主はどうするんですか? まだハインズさんはお若いですが、ナタさんに弟はいませんよね?」

 確か聞いた話ではセシリアさんとナタさんは彼女達だけの二人姉妹だった筈だ。だからワイルダー家の後継が少し気になって聞いてみると、ハインズさんは「ああ」と呟いた。

「一応教育を受けさせている養子はいるよ。ナタの二つ下だけど、義弟ながら二人の姉との関係性も良好だしね」

「なるほど……」

 ニコニコとした笑顔で答えるハインズさんを見て、やっぱり考えているかと思ったところで、彼は、ただ、と続けた。

「本人からするとナタになってもらった方がいいのではと思っているみたいでね」

「ナタさんに……ですか?」

 初耳の事に聞き返すと、ハインズさんは頷いて肯定した。

「実際、ナタはとても優秀だ。しっかりと教育をすれば、今からでも全然当主になれるだろう。ただ問題がいくつかあってね。そもそも南側では女性当主というのは珍しい」

 ハインズさんの言う通り、代々女性が当主を務めるアークゲート家の影響力が大きい北側と違って、南側の貴族の当主は全員が男性だ。過去には女性当主が居た時代もあったらしいけど、歴代の女性当主の総数は北側よりもはるかに少ない。

 ナタさんが優秀で、勉強をすれば当主にもなれるっていうのは俺も同意だけど、性別の壁という問題はあるだろう。

「そしてもう一つ、ナタにその気がまるでないんだ。あの子は自分の決めたことは誰に言われても曲げない主義でね。研究の道に進んだなら、その道から出てくることはないだろう。あの子も義弟にそう言っているらしいからね」

「なるほど……ナタさんらしいと言いますか……」

 彼女によく会う身だから分かるけど、ナタさんは一つの物事に集中して時間を忘れる研究者や開発者タイプの人物だ。

「そうだね。だから義弟の子も最近はそんなことを言わなくなったし、当主になるために一生懸命勉強しているよ。その次の代に関しても、そこまで心配はしていない」

「その次?」

 ハインズさんが言う次とは、養子の次の世代のことだろうか。そういった意味を込めて尋ねると、彼はにっこりと笑って扉に声をかけた。すぐに扉が開いて、一人のメイドが入ってくる。彼女にセシリアさんを呼んでくるように言ったハインズさんは、満足そうに椅子に背を預けた。

 すぐ分かる、と雰囲気が物語っていたから、少し待つことにする。しばらくして、扉がノックされて、セシリアさんが部屋の中に入ってきた。
 彼女は空いている席に腰を下ろすと、どうして呼ばれたのか分からなかったようで、ハインズさんに声をかけた。

「あの……」

「ああ、セシリア。今回呼んだのは他でもない、お礼を言う機会だと思ったからさ」

「お……礼?」

 ハインズさんの言っている意味が分からなくて聞き返す。セシリアさんもしっくり来ていないみたいだったけど、やがて何かに思い当たったのか、ほんの少しだけ顔を赤らめた。

「ノヴァ殿、約束を守って頂けたこと、感謝を申し上げます」

「……え?」

 改めて畏まって言われて少し困惑していると、ハインズさんは笑顔を浮かべて続きを口にした。

「セシリアに関する約束ですよ。良い人を紹介してくれるという。アラン殿にセシリアの事を話して頂いたでしょう?」

「……あ」

 そこでようやく言われていることが分かった。分かったんだけど。

「え? じゃ、じゃあ……?」

 チラリとセシリアさんを見てみると、彼女はまんざらではない表情をしている。どうやら俺の思っている以上に、セシリアさんとアランさんの相性は良かったらしい。
 それを悟ると同時に、ハインズさんは声を出して笑った。

「いやぁ、本当に良い人を紹介してもらったよ。セシリアも最近は活き活きとしていてね。正直なことを言うと、ノヴァ殿に近い位置にいるアラン殿の事は気にしていたんだ。けどまさか彼の方から接近してきてくれるとはね。ナタも気に入っているし、とても良い物件だと思っているよ」

「……お父様、あの人の事をまるで物のように言うのはやめてください」

「ははっ、ごめんごめん。ただ手放しで褒められるほどの人物だっていうのは分かって欲しい。……まあ、あまり笑顔を見せてくれないのが不安点ではあるけどね」

 ハインズさんの言葉に、セシリアさんはむっとした顔で彼を睨んだ。

「あの人は不器用なだけで、根は優しい人です。不安になんて、なりません」

「セシリアさん……」

「……あ」

 俺の言葉に自分が何を言っているのか理解したようで、セシリアさんは顔を真っ赤にして俯いた。そんなセシリアさんはゼロードの婚約者だった時には見たことがなかった。
 セシリアさんの様子を見て満足そうに頷いたハインズさんは、俺の方に視線を向ける。

「だから改めて、ありがとうございました。娘を心配する一人の父親として、深くお礼を申し上げます」

「……私からも、ありがとうございました。ノヴァさん」

 二人から感謝されて、少しむずがゆくなる。二人が結ばれればいいなと思ってはいたしちょっとだけ背中を押したというか、そんな感じの所はあるけど、結局はアランさんとセシリアさん二人の相性が良かったってことだろう。

 そんな事を思っていると、ハインズさんは伺うように俺に尋ねてきた。

「そ、それでだけど……ノヴァ殿はアラン殿と仲が良いよね? その……セシリアについてアラン殿から何か聞いていないかい? どんな些細なことでもいいんだけど」

「…………」

 ハインズさんからの質問に、無言ながらも俺をじっと見るセシリアさん。二人にやや気おされながらも、俺はアランさんとの会話を思い出して、ゆっくりと口を開いた。

「……その、申し上げにくいんですけど、あまり聞いたことはないです」

「……そうかい」

 はぁ、とため息を吐くハインズさんには悪いけど、アランさんからセシリアさんはおろか、女性の話を聞いたことがない。もちろん手紙を開発してくれたナタさんに感謝した話や、関わりがあるシアの話をすることはあるけど、アランさん自身の女性事情に関しては皆無だった。
 酒を一緒に呑むことがあっても、そういった話になったことがない。まあ、俺自身そういった話を多く出来るわけじゃないからっていうのもあるけど。

「……実は、アランさんとたまにお話をすることがあるんです。ですがその……彼にはどこか影があると言いますか……」

「影……」

 セシリアさんの言葉を聞いて、俺は思い出す。確か親しくなった後、俺とシアの関係について一度聞かれたことがあった。あの時、アランさんは自分の両親は参考にならない、と言っていたけど、ひょっとしたらそれが関係するのかもしれない。

 優秀ながら、あまり笑顔を見せたことがないって、アランさんの事をターニャに聞いたときも、彼女の友人のメイドはそう言っていたらしい。
 脳裏に黒髪の友人を思い浮かべたものの、その表情はよく見る無表情だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...