宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第196話 報告と読めない心

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 その日、俺は一人カイラスの兄上の屋敷を訪れていた。今は応接間に一人、兄上が来るのを待っている状態だ。今日訪問するのは事前にカイラスの兄上に伝えていたし、ここにゲートの機器で到着したときも執事さんが出迎え、そして案内してくれた。

 以前はユティさんと一緒に来た応接間だけど、今日は俺一人。前回はアークゲートの魔力とフォルスの覇気の反発をなくす薬を渡すっていう大きな仕事があったから緊張していたけど、今日はそれ以上に緊張していた。

 今日カイラスの兄上に伝えるのは、前回と同じくらい……いやそれ以上に大きな事だからだ。

「待たせたなノヴァ……それで、今日はどういった用件だ?」

 応接間の扉を開いて中へと入ってくるカイラスの兄上。いつもの無表情で挨拶をした兄上はそのまま無駄のない動きで歩き、俺の向かいに静かに腰を下ろした。

「お久しぶりです、カイラスの兄上。あれからどうですか?」

「ああ、久しぶりだな。今の所問題は起こっていない。覇気も一応毎日確かめてはいるが、問題なく使えている」

 すぐに俺の言っていることが前回の薬の件だと分かったらしく、カイラスの兄上は望んだ答えをくれる。数日後に伝えに行くライラックの伯父上を除いて、今の所ギリアムさんとカイラスの兄上には何の問題も無いようで、とりあえずは一安心した。

「それは良かったです。……今回は、カイラスの兄上にお伝えしたいことがあって訪問しました」

「伝えたいこと?」

 訝しげな顔を見せるカイラスの兄上に対して、俺は単刀直入に伝えたいことを口にする。

「私は、近い将来にフォルス家とアークゲート家を合併させ、新しい家を作るつもりです」

「……は?」

 目を見開き、何を言っているんだ、という目で俺を見るカイラスの兄上。こんな兄上は初めて見たけど、それを気にせずに俺は話を続ける。

「アークゲート家側との話はすでにほぼ済んでいます。二つの家を合併させ、新しい家……名前に関してはまだ決めていませんが、それを作る予定です」

「…………」

「領地は南と北に別れるので分かれての統治、ということになります。大きく変わるわけではないものの――」

「待て……待ってくれ……」

 狼狽えるような表情を見せるカイラスの兄上に言われ、俺は言葉を止める。ひどく困惑した様子で、カイラスの兄上は口を開いた。

「合併? ……新しい家? なにを言っているんだお前は……それではフォルス家はどうなる?」

「……名前が変わり、新たな家に生まれ変わる……ような形になりますが……」

「何を……言って……」

 俺も俺で少し困惑していた。どうしてカイラスの兄上がここまで困惑しているのかが、いまいちわからなかった。しかしそんな俺の困惑を他所に、カイラスの兄上は口を開いた。

「それでは我々が今まで護ってきたフォルス家は……いや、そうか……そう……だな」

 狼狽えていたカイラスの兄上はハッとした様子を見せた後に、俺を見た。少し苦しそうな表情が、印象に残った。

「それはそうか……お前なら、その結論に何の違和感もないか……」

「……兄上?」

 反対されるかもしれないとは思っていた。けれどここまで思ってもいなかった反応を見せられると、俺もどう反応していいか困ってしまう。
 とりあえず、と思い、懐から書類を取り出してテーブルに置く。

 ユティさんと一緒にここ数日で作成した、両家を一つにすることに関するたたき台だ。詳細はまだ詰め切れてはいないけれど、大まかな内容に関しては読めば分かるように準備はしてきた。それをカイラスの兄上の方に差し出せば、狼狽えた様子ながら兄上は目を動かして書類に目を通してくれた。

 数枚の束になっている書類は見える範囲にある最初のページを読んだだけでも内容はそれなりに把握できるように作ってある。カイラスの兄上はしばらく目を通し、そして大きなため息を吐いて、右手で頭を押さえ、そして左手で書類を押さえた。

「……分かりやすい書類だ……分かり……やすすぎるな……」

「兄……上……?」

 乾いた笑みを浮かべる様子のおかしい兄上を見て、俺はおずおずとしか言葉を発せられない。いつもの無表情で冷静沈着な兄上の姿は、そこには欠片もなかった。

「……お前の言いたいことは大まかには分かった……だが……」

「…………」

 兄上の言葉を待つ。けれどしばらくの間、カイラスの兄上は俯いたままで言葉を発さなかった。表情を窺い知ることも出来なくなり、俺はただ彼の言葉を待つしかない。
 やがてカイラスの兄上は自分の頭を強く掴み、絞り出すような声を出した。

「すまない……今日は帰ってくれ。私に……時間をくれ……」

「……分かり……ました」

 何と声をかけていいのかも分からず、俺は返答して立ち上がる。それしかすることがなかった。俺が立ち上がってもなお、カイラスの兄上は椅子に座って俯いたままだった。

「……失礼します」

「ああ……その内、今度はこちらから連絡する……今日は遠路遥々、感謝する」

 軽く頭を下げて応接間の入口へと向かう。扉を開き、外に出る前にもう一度だけ振り返ったけれど、カイラスの兄上の様子は先ほどから少しも変わっていなかった。
 彼の表情を伺い知れないことを、彼の意見を聞けないことを、そのどちらも悟り、俺は応接間を後にする。屋敷の入り口に続く廊下を歩きながら、さっきまでの兄上の様子を思い返した。

「どういう……ことなんだ?」

 フォルス家とアークゲート家を一つにするという大きな事を伝えるにあたり、多少の反対意見は出るだろうとは予想してはいた。元々は宿敵同士の家だから、思うところはあるだろう。特にライラックの伯父上に伝えるのは強い反発もあるだろうと思い、無意識に最後に回してしまったくらいだ。

 けれどさっきのカイラスの兄上は、反対しているというよりも……いや多少は反対の思いもあるとは思うけど、それ以上に心の中が読めなかった。
 俺とカイラスの兄上では生きてきた中で家の名前は同じでも、取り巻く環境が違った。そしてそれ以上に、お互いに共有した時間が全くなかった。

 だからカイラスの兄上がさっきのあの時間で何を考え、何を思ったのかが分からない。

 それを推し測るには、俺はあまりにもカイラスの兄上の事を知らな過ぎたから。
 この屋敷に来る目的は達成された。けれど俺の心の中には一切の達成感はなく、その屋敷を去るしかなかった。
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