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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第197話 カイラスは悩む
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『いいかカイラス、お前はフォルス家の事を考え、フォルス家を支えるのだ。分かるな?』
多くの人からそう言われてきた。だからというわけではないけれど、私もそれが大事なことだと、そう考えてきた。カイラス・フォルスの使命はフォルス家を支えることだと。
『いいかカイラス、お前は当主にはなれない。けれど当主を、フォルス家を支える大きな柱にはなれる』
幼い頃から言われてきたことだ。次に当主になるゼロードの兄上に対して、文句がないわけではなかった。暴力的で、粗雑で、乱暴者。けれど力は確かなものだった。だから兄上が当主になってもフォルス家を支えていくつもりだった。
フォルス家を、支える。
それは今も変わっていない。ゼロードの兄上が語るのもおぞましい事件を起こして失脚し、その代わりに誰よりも力を得たノヴァが当主になっても、私の中にはフォルス家を支えるという思いが心に残っていた。
だからこそ、分からなくなった。
ノヴァが去った後で自分の執務室に戻った私は、一人椅子に座り目を瞑っていた。心の中では自問自答しているが答えは出ない。悩ませるのは、机の上に置かれた一つの書類。
『私は、近い将来にフォルス家とアークゲート家を合併させ、新しい家を作るつもりです』
あのときのノヴァの言葉がまた頭を過ぎる。はじめは何を言っているんだと困惑した。我々が護り、引き継いでいくべきフォルス家はどうなると、そう思った。けれどノヴァはそもそも私の意見とは相いれない。
私が幼い頃に大人たちから「フォルスを支えろ」と言われ続けてきた一方で、ノヴァには何の声もかけられていないのは想像に難くないから。だから、こんな誰も思いつきそうにない意見が出てくるんだろうと納得はした。
けれどそれを受け入れることは到底できない。こんな今までのフォルス家が、そもそもフォルス家という名前が消え去るようなやり方が正しい筈がない。
「…………」
小さく息を吐く。頭では絶対に受け入れられないことだと自分が自身に囁いている。けれど一方で、それを受け入れるべきなのでは? という自分も居た。
もちろん、これを受け入れるしかないという現実もある。ノヴァにレティシア様、この二人が相手側に居る以上、事を荒立てても自分の意見が通ることはない。けれどそれ以上に、この書類に書かれたことが本当に悪なのかと思う心がほんの少しだけあった。
机の上に置かれた書類に目は通してある。フォルス家とアークゲート家を統合し、新たに一つの家にする。過程や詳細は今後の課題だが、もし実現すればいがみ合っていたフォルス家とアークゲート家の確執は完全に無くなる。さらに北と南の壁もおのずと消えるだろう。
長年の見えないものの確実にあった分断が消え、一つとなる。
それはフォルス家で生まれ育ち、アークゲート家という宿敵の家について聞かされ続けてきた私にとって到底受け入れられない一方で、その未来がもし実現するなら……とも思えてしまった。
とはいえ受け入れるという自分自身の声はとても小さく、フォルス家を支えるべきという声にかき消されるくらいだ。けれど完全に消えはしない。ほんの少しだけ聞こえるのに、私をこうして悩ませてくる。
分からない。分からなくなっている。考えれば考えるほど、分からない。
『ねえ? 入るわよ?』
「あ、ああ……構わない」
考えすぎてノックの音を聞き逃していたようだ。扉が開き、妻であるローズが部屋の中に入ってくる。彼女はいつもの不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「ねえ、手配してくれた魔法の授業だけど、もういいわ。何言っているのか全然分からないし、全然使えるようにならないから」
「……分かった。先生には私から伝えておこう」
そもそもそんなすぐに魔法が使えるわけはないのだが、何を言い返されるか分かったものじゃないから黙っておいた。ローズは昔から飽き性だ。前に強請られた魔法に関しても、近いうちにこうなるのではないかと予想はついていた。
また後で来てくれた先生には謝っておこうと思っていると、机の上の書類に気づいたのか、ローズはそれをひったくるように手に取った。
「……ローズ」
「はぁ!? なによこれ! フォルス家とアークゲート家を一つにする!? それってあの気に食わない女とさらに近くなるってこと!? 絶対嫌だけど!」
「……おい、ローズ」
私の制止の声を無視してローズは書類に目を通す。そして一行読むたびに一回くらいの頻度で、ヒステリックに叫び始めた。
「なんなのよこれ……あんた、まさかこれを受け入れるわけじゃないでしょうね?」
「……ローズ」
「分かってるの!? フォルス家の当主の座まで弟に奪われて、挙句の果てに家をめちゃくちゃにされるようなものじゃない! こんなの、受け入れられるわけ――」
「ローズ!! 出ていってくれ!」
自分でも驚くくらいの大きな声が出た。しかし叫んだ後で気づいたところでもう遅い。しまったと思って顔を上げれば、ローズは怒りで顔を少し赤くしていた。
「っ! もう勝手にしなさいよ!!」
書類を机に叩きつけ、怒りを体全体で表現しながら部屋を去っていくローズ。大きな音を立てて閉まる扉を見て、私は大きなため息を吐いた。やってしまった。だが、まさに今悩んでいる内容を傍で喚かれて堪えられなかった。元々あったローズとの溝をさらに広げてしまったと、少しだけ後悔する。
右手で顔を覆い、私は力なく呟いた。
「勝手にできれば……どれだけ良かったことか。それが出来ないから悩んでいるというのに」
その言葉を、迷い人の言葉を聞いてくれる人は、この部屋には誰もいなかった。
多くの人からそう言われてきた。だからというわけではないけれど、私もそれが大事なことだと、そう考えてきた。カイラス・フォルスの使命はフォルス家を支えることだと。
『いいかカイラス、お前は当主にはなれない。けれど当主を、フォルス家を支える大きな柱にはなれる』
幼い頃から言われてきたことだ。次に当主になるゼロードの兄上に対して、文句がないわけではなかった。暴力的で、粗雑で、乱暴者。けれど力は確かなものだった。だから兄上が当主になってもフォルス家を支えていくつもりだった。
フォルス家を、支える。
それは今も変わっていない。ゼロードの兄上が語るのもおぞましい事件を起こして失脚し、その代わりに誰よりも力を得たノヴァが当主になっても、私の中にはフォルス家を支えるという思いが心に残っていた。
だからこそ、分からなくなった。
ノヴァが去った後で自分の執務室に戻った私は、一人椅子に座り目を瞑っていた。心の中では自問自答しているが答えは出ない。悩ませるのは、机の上に置かれた一つの書類。
『私は、近い将来にフォルス家とアークゲート家を合併させ、新しい家を作るつもりです』
あのときのノヴァの言葉がまた頭を過ぎる。はじめは何を言っているんだと困惑した。我々が護り、引き継いでいくべきフォルス家はどうなると、そう思った。けれどノヴァはそもそも私の意見とは相いれない。
私が幼い頃に大人たちから「フォルスを支えろ」と言われ続けてきた一方で、ノヴァには何の声もかけられていないのは想像に難くないから。だから、こんな誰も思いつきそうにない意見が出てくるんだろうと納得はした。
けれどそれを受け入れることは到底できない。こんな今までのフォルス家が、そもそもフォルス家という名前が消え去るようなやり方が正しい筈がない。
「…………」
小さく息を吐く。頭では絶対に受け入れられないことだと自分が自身に囁いている。けれど一方で、それを受け入れるべきなのでは? という自分も居た。
もちろん、これを受け入れるしかないという現実もある。ノヴァにレティシア様、この二人が相手側に居る以上、事を荒立てても自分の意見が通ることはない。けれどそれ以上に、この書類に書かれたことが本当に悪なのかと思う心がほんの少しだけあった。
机の上に置かれた書類に目は通してある。フォルス家とアークゲート家を統合し、新たに一つの家にする。過程や詳細は今後の課題だが、もし実現すればいがみ合っていたフォルス家とアークゲート家の確執は完全に無くなる。さらに北と南の壁もおのずと消えるだろう。
長年の見えないものの確実にあった分断が消え、一つとなる。
それはフォルス家で生まれ育ち、アークゲート家という宿敵の家について聞かされ続けてきた私にとって到底受け入れられない一方で、その未来がもし実現するなら……とも思えてしまった。
とはいえ受け入れるという自分自身の声はとても小さく、フォルス家を支えるべきという声にかき消されるくらいだ。けれど完全に消えはしない。ほんの少しだけ聞こえるのに、私をこうして悩ませてくる。
分からない。分からなくなっている。考えれば考えるほど、分からない。
『ねえ? 入るわよ?』
「あ、ああ……構わない」
考えすぎてノックの音を聞き逃していたようだ。扉が開き、妻であるローズが部屋の中に入ってくる。彼女はいつもの不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「ねえ、手配してくれた魔法の授業だけど、もういいわ。何言っているのか全然分からないし、全然使えるようにならないから」
「……分かった。先生には私から伝えておこう」
そもそもそんなすぐに魔法が使えるわけはないのだが、何を言い返されるか分かったものじゃないから黙っておいた。ローズは昔から飽き性だ。前に強請られた魔法に関しても、近いうちにこうなるのではないかと予想はついていた。
また後で来てくれた先生には謝っておこうと思っていると、机の上の書類に気づいたのか、ローズはそれをひったくるように手に取った。
「……ローズ」
「はぁ!? なによこれ! フォルス家とアークゲート家を一つにする!? それってあの気に食わない女とさらに近くなるってこと!? 絶対嫌だけど!」
「……おい、ローズ」
私の制止の声を無視してローズは書類に目を通す。そして一行読むたびに一回くらいの頻度で、ヒステリックに叫び始めた。
「なんなのよこれ……あんた、まさかこれを受け入れるわけじゃないでしょうね?」
「……ローズ」
「分かってるの!? フォルス家の当主の座まで弟に奪われて、挙句の果てに家をめちゃくちゃにされるようなものじゃない! こんなの、受け入れられるわけ――」
「ローズ!! 出ていってくれ!」
自分でも驚くくらいの大きな声が出た。しかし叫んだ後で気づいたところでもう遅い。しまったと思って顔を上げれば、ローズは怒りで顔を少し赤くしていた。
「っ! もう勝手にしなさいよ!!」
書類を机に叩きつけ、怒りを体全体で表現しながら部屋を去っていくローズ。大きな音を立てて閉まる扉を見て、私は大きなため息を吐いた。やってしまった。だが、まさに今悩んでいる内容を傍で喚かれて堪えられなかった。元々あったローズとの溝をさらに広げてしまったと、少しだけ後悔する。
右手で顔を覆い、私は力なく呟いた。
「勝手にできれば……どれだけ良かったことか。それが出来ないから悩んでいるというのに」
その言葉を、迷い人の言葉を聞いてくれる人は、この部屋には誰もいなかった。
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