宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
205 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第205話 その言葉は、彼にとってあまりにも甘美で

しおりを挟む
 自分の屋敷の執務室。そこで俺は椅子に座り、机の上に置いた拳を強く握りしめた。

 あの出来損ないから話を聞いてから今に至るまで、普段通りに過ごしてきた。普段通りに仕事を行い、普段通りに人と会話をし、食事をして、睡眠を取る。それら全てがこれまでとあまり変わりはしなかっただろう。

 だが、ふとした時に思う。どうすれば出来損ないの考えを打ち砕けるかと。どうすればフォルスを消し、アークゲートと一つになるというふざけた意見を否定できるかと。考えて考えて、その度に拳を強く握りしめる。

 認められない。フォルスはフォルス、アークゲートはアークゲート、それらは相容れるべきではない。あくまでも今は出来損ないの代だからアークゲートに近づいているだけ。少しすればまた元のフォルスに戻る筈だった。

 だが一つになればそれは叶わない。元々分かれているならば時代の流れで元に戻るだろう。だが一つになったものがまた二つに分かれて、元の形に戻るのか。確信がない。

「だからカイラスが当主になるべきだったのだ……だからトラヴィスは出来損ないをどこか適当な家の婿にでも出すべきだったのだ……そうすればフォルスは今までのままだったというのに……」

 奥歯を強く噛んだ後に舌打ちをして、私は背もたれに寄りかかる。そして目がしらを指で揉んだ。

「……言ったところで、結局は無力か」

 出来損ないの側にはあの悪魔が居る。あれを相手にしたら、私などそこら辺の兵の一人と変わりはしない。出来損ないも出来損ないで気に食わんが、あの悪魔さえいなければ……と思わずにはいられない。そうすれば出来損ないが取り込まれることも、フォルスが消えることもなかっただろうから。

「……?」

 意味がなかった、どうしようもなかったと自分でも分かっている過去を悔やんでいると、机の上に置いて強く握っていた拳に何かが触れる感触を覚えた。顔を上げてみると、執務机の上に手紙が入る大きさの真っ黒な封筒が置かれていた。

「……確認のし忘れか?」

 ついさっきまで仕事をしていたのだから、こんな目立つ色の封筒があれば目に入る筈なのだが。色々考えすぎて視野が狭くなったのかと自分自身をあざ笑いながら、その封筒を手に取った。封を開け、中から紙を取り出す。その際に、さっきまで嫌なことを考えていたからか少し寒気を感じていた。

「……冷えるな」

 取り出した手紙を一旦机に置いて、背後にある窓を閉める。外の寒さによるものかと思っていたものの、窓を閉めてもそう簡単に寒さは引かなかった。
 椅子に座り直して、改めて手紙に視線を落とす。

「……はぁ?」

 書かれていた文はそこまで多くなかった。書かれていたのは以下の通り。

『レティシア・アークゲートを消したくはないか?
 ノヴァ・フォルスを亡き者にし、カイラスをフォルス家の当主にしたくはないか?
 お前が今まで護ってきたフォルス家を、守り続けないか?』

 たった三行の文。その全てが俺の神経を逆撫でする。手紙を握る両手が、怒りで震えた。

「ふざけおって!」

 なにがしたくないか? だ。したいに決まっている。それが出来ればどれだけ良かったことか。心の中の怒りを、そのままぶちまけた。

「っ!」

 手紙を両手でくしゃくしゃにし、部屋の向こうに力の限りに投げる。勢いよく飛んだ紙の球は床で跳ね、壁に当たり、床にただ転がった。

「ふーっ……ふーっ……ふざけおって……出来るものならしているわ!!」

「なら、しようではないか」

「っ!?」

 声は、やけにはっきりと聞こえた。そして視線の先、転がった紙の球の空気が歪み、一人の女が姿を現した。
 輝かんばかりの長い金髪に、ぞっとするほどの美人。切れ目からは意思の強さが伺えるのみならず、上がった口角は好戦的に見える。そして彼女の発する重圧が、ただ者ではないと私に訴えていた。

 その女性は床に転がった紙の球を拾ったかと思うと、それをふわふわと宙に浮かせる。

「初めまして。私はエリザベート。今日は今のアークゲートとフォルスを受け入れられない御仁に妙案を持ってきた。レティシアとノヴァ……その両方を、消さないか?」

「……何を……言っている……?」

 急に部屋に現れたエリザベートと名乗った女性の言葉に、俺は何とか返す。本来なら突然の侵入者を斬り伏せるべきなのだろうが、手は剣には伸びなかった。それはこのエリザベートがただ者ではないと脳が警告を発しているのもある。だがそれ以上に、エリザベートの言うことが気になったからだ。

 どうしてではなく、そんなことが出来るのか、という疑問が真っ先に頭に思い浮かぶ。

「……出来るのか?」

「出来る」

「……それをどう信じろと?」

「どうやるかは説明する。だが今ではない。もう一人、欲しい逸材が居る。……誰かは分かるな?」

 じっと私を見るエリザベート。しばらくして、俺は自身で答えに行きついた。

「……カイラスか」

「そうだ、ノヴァ・フォルスを消すとしても後釜は必要だ。そのためにカイラスは必要だろう」

「…………」

 言いたいことは分かった。だがそれで頷けるはずもない。俺にはこのエリザベートという女性が信頼に足る人物なのかどうかも分からないからだ。だから訝しい視線を向けていると、彼女は特に何かを言うわけでもなく、獰猛な笑みを浮かべたまま口を開いた。

「協力するかどうかはそっち次第だ。だがいずれにせよ、近いうちに招待状を送る。それに応えれば、お前達は望むべきものを手に入れられる」

 そう告げたエリザベートは、不意に自身が宙に浮かべている紙の球に目を向けた。

「ああ、そうだ」

 次の瞬間、宙に浮いた紙の球は火に包まれ、一瞬で灰となった。

「あまりレティシアやノヴァの悪口、彼らに対する悪態などをつかない方が良い。気づいていないだろうが、アークゲートの諜報員が見張っているから全て筒抜けになるぞ」

「……なっ」

「気づかないのも無理はない、かなり離れたところで情報を収集しているからな。だが安心しろ、今まではそれらすべてに関しては私が妨害をしておいた。今、アークゲートの諜報員には御仁がただ真面目に仕事をしているだけの人物と映っているさ」

「……感謝……する」

 感謝していいのかはよく分からないが、このエリザベートが盗み聞きや盗み見を妨害してくれたということなら、と思い、告げた。

「構わない。だが次からは気をつけろ。念のためにな」

「……あなたは、なぜレティシアを、ノヴァを排除しようとする? その理由を、教えてくれ」

 目の前にいる人物がどれだけの強者なのかはなんとなく分かる。だからこそ、俺についていた監視を欺いたというのも真実だと理解した。
 けれどその上で、なぜその二人をわざわざ排除したがるのかが分からない。なのでそう尋ねると、エリザベートは不敵な笑みを崩さずに口を開く。私の予想が正しければ、この女性は。

「私がエリザベート・アークゲートだからだ」

「やはり……アークゲート家先代当主……生きていたのか……」

「当主の座はレティシアに簒奪されたがな。……それにしてもアークゲートとフォルス、互いの力を打ち消す薬は凄いな。こんなに近くに居ても、そこまで不調になっていないように見える」

「……あの二人が開発した薬を、認めているのか」

「力や技術は賞賛すべきものだからな……ところでどうだ? 私が二人を消したがる理由には納得がいったか?」

「……ああ」

 先代当主という事なら納得だ。力も、今の当主であるレティシアを恨む理由も十分にあるだろう。そして彼女には、レティシアを消す手段がある。それに、興味が湧いた。
 そんな俺の様子を見て、エリザベートは不敵に笑う。まるで俺の中全てを見透かしているようだったが、悪い気はしなかった。

「心は決まりつつあるようだな。だがそれには時が必要だ。後ほどお前とカイラスに話そう。いかにしてあれをこの世から消すのかをな」

「……楽しみにしている」

「…………」

 今までで見せた中で一番の笑顔を見せてエリザベートは消えていった。それと同時に体を襲っていた寒気のようなものも霧散する。間違いなく、俺やトラヴィス、いやフォルス家の誰よりも強い。だが、ゼロードを倒したときの出来損ないよりも強いのかは分からなかった。

 けれどもしも彼女があの悪魔を、そして出来損ないを消してくれるなら。
 それはこの上ない、極上の結果だ。

「ふー」

 息を吐き、俺はまた日常へと戻っていく。しかしその中に、もう考える時間は無くなっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...