宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第221話 カイラスは時が止まることを願う

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 ~カイラスがエリザベートと邂逅後、ノヴァの剣の腕を確かめるためにローズと共に彼の屋敷を訪れたときのこと~

 応接間でノヴァに対して剣の模擬戦を申し込んだ後、私は彼と共に本邸の中庭に来ていた。幼い頃はここでゼロードの兄上と剣を振るった記憶の残る中庭。そこに、記憶の中には居なかったノヴァと共に居るのは少し不思議な気持ちだった。

 事前にメイドに頼んで持ってきてもらっていたのだろう。木刀の入った樽に近づき、どれを使用しようか迷っていたノヴァは、ふと何かに気づいて中庭の入り口の方を見た。私もそちらに目を向けてみると、ノヴァの妻であるレティシア・アークゲートが出てきたところだった。

「シア、来たんだね」

「はい、少し仕事が手持無沙汰になりまして、ゲートで来てしまいました」

 そうノヴァに微笑みかけるレティシア様は妊娠の後期に入っているのか大きくなったお腹を手で押さえるようにして、ゆったりとした余裕のある服を着ている。エリザベートの言う通り妊娠しているようだ。

 彼女が一人で出歩いていることを心配してか、他にも数名のメイドが後ろから慌てて中庭に入ってきたことからも間違いないだろう。

「……模擬戦ですか?」

 ノヴァと私を順に見てそう聞くレティシア様に、私は内心で頷いた。先日のエリザベートの話から、彼女が意図的にアークゲートの本邸とフォルスの本邸を監視対象から外しているのは間違いない。それはひとえにレティシア様に捕捉される可能性があるからではあるが、同時に私にとっては都合が良い事でもある。

 つい先日はエリザベートに協力すると告げたものの、それはあくまでも表面上のもの。ノヴァの考える未来を受け入れるかどうか、真意はここで決める。

 それを決定する場をエリザベートに邪魔されないどころか把握すらされないのは幸いだ。

 ノヴァ側につくか、エリザベート側につくか、その全てをここで決める。ノヴァの剣と打ち合い、語り合い、その未来が真に価値あるものかを見極める。

 エリザベートに言ったことは嘘ではない。私はノヴァの剣を見極めるため、ここに来た。だがそれはノヴァの剣の腕だけではなく、もっと奥底にあるものを見極めたいが為だ。

「レティシア様、お久しぶりです」

「……お久しぶりです、カイラス様」

 ややこちらを警戒するような視線を向けるレティシア様に、その反応も当然だと思った。ノヴァとそこまで関りのない私が急に本邸を訪れたのだから。

「レティシア様、一つお願いがございます」

「……なんでしょうか?」

「私は……ノヴァと本気で剣を打ち合いたい。聞いた話では結婚式典のときにノヴァとコールレイク帝国の将軍ダリア殿は剣の模擬戦をしたが、その際に防御魔法をかけて二人の体を守ったと。……その魔法を、今この一戦だけ使用してはくれませんか?」

「…………」

 私の言葉に帰ってきたのは、背中が冷たくなるほどの視線だった。怒りの感情を感じて頬を冷や汗が流れる。それでも私は、必死にレティシア様に視線を向け続けた。

「……カイラスの兄上、それは真剣で戦いたい、ということですか?」

 次に声が上がったのはレティシア様の手と肩を取って彼女を支えるノヴァだった。その姿は母上を支える父上のように見えた。そんなノヴァからの問いかけに、はっきりと頷く。

「ああ、私はお前と本気で剣を合わせたい。戦いの中で、お前の剣と触れあいたい」

「……兄上」

 ポツリと呟いたノヴァは少しの間黙っていたが、小さな息を吐いた。それは呆れの吐息ではなく、感嘆したときに出るような、心の籠った息だった。

「シア、俺からもお願いしたい。俺もカイラスの兄上と本気で戦ってみたい。今までになかった初めての機会なんだ。ダメかな?」

「分かりました。ノヴァさんが望むならそうしましょう」

 ノヴァが応じてくれたことでレティシア様もあっさりと私の提案を受け入れてくれた。心の中でほっと安堵の息を吐いた。

 レティシア様はノヴァに手を引かれ、中庭に置かれた椅子へと導かれる。以前はなかったものだが、ノヴァが設置したのだろう。そこに腰かけ、笑顔でノヴァにお礼を言ったレティシア様は指を動かした。

 途端、私とノヴァの体を青白い光が包む。自らを害するわけではないのに、その青白い光がどれだけの力を内包しているかを感じ取れる程だった。

「……これが……レティシア様の防御魔法」

 右腕を持ち上げて手のひらを見ながら呟く。ただ指を動かすだけでここまでの魔法を行使できるという彼女の実力に驚きを隠せない。同時に、はっきりと理解した。エリザベートは魔法の力では決してレティシア様に敵わないと言っていたが、それが事実だと。

「だが、それも今は関係ない」

 そう呟き、ノヴァに視線を向ける。私の視線を感じたのか彼は振り向き、そして頷いた。

 腰の剣を左手で押さえながら、中庭の中央へと向かう。ノヴァもノヴァで、少し離れた位置に移動した。互いに見つめ合い、そしてどちらからともなく鞘から剣を抜き放つ。

 ノヴァが持つ剣の剣身を初めて見たが、私の知らないものだった。おそらくはレティシア様から贈られたものだろう。品質は私のものと同じく一級品、いやそれ以上と見て間違いない。

「覇気もシアの魔力も無しということで……純粋な剣技ということで、よろしいですか?」

「ああ、そうしよう。ただ剣技のみで……」

 この戦いに覇気もレティシア様の魔力の介入も不要。そう強く思い、頷いた。

 剣を互いに構え、対峙する。じっと互いの一挙手一投足を見逃すまいと瞬きすらせず、時を流す。
 そうして、風が私達の髪を弄んだ瞬間。

 同時に、地面を蹴った。

 全く同じ構え、全く同じ動き、まるで鏡写しを見るかのような。鏡の向こうの私が呼応するように腕を振り上げ、剣を振り下ろす。

 甲高い金属音が、中庭に響き渡った。

 渾身の力で撃ちつけられた二振りの剣は一点で交わり、互いを押し合う。私の剣よりもノヴァの剣の方が上ではあるものの、差はそこまでない。武器の差で押し負けることはなかった。

「っ」

 しかし、声が漏れたのは私の方だった。それをごまかすように腕に力を入れ、力任せに弾く。そして怒涛としか言いようがない速度で剣を振るい続ける。

 切っ先が空気を斬り、素早くノヴァの体を襲う。けれどそれは相手の体に当たる前に滑り込むように動く剣に防がれる。次の一撃も、その次の一撃も、いずれも防がれる。防がれ続ける。

(なんというっ……!)

 私とて剣の一族フォルス家の出身。その名に恥じぬように剣の鍛錬を怠ってきたことはないと自負している。ギリアム師匠やライラックの伯父上、父上などの強者と剣を交えたことも多い。

 にもかかわらず、ノヴァの防御を一切崩せない。崩せる気配すらない。今もなお、ノヴァはしっかりと目を見開き、私の斬撃の一つ一つに冷静に対処している。その表情に焦りも油断もない。ただ私の剣に対して、真摯に向き合ってくれている。

 思ってはいた。分かってもいた。ノヴァ・フォルスは剣技のみならばフォルス一だと。

 振り下ろした剣は確かにノヴァの体を捉えている筈だった。この一撃に対してノヴァが防ぐことを考えていたし、その後の流れについても考えていた。しかしノヴァは膝を少し曲げて重心を下げ、私の斬撃範囲から体を逃がす。

 そしてその後、膝を伸ばす動きで勢いをつけて私の頭を狙ってきた。それを首を横に倒してギリギリで避け、振り下ろした剣を返して薙ぎ払う。だが、跳ばれた。いや、体を横方向に翻らせて刃を躱された。

 私では思いもつかない回避方法。そしてなおかつ、そんな突拍子もない回避をしても重心が少しもズレていない。体幹が人間のそれとは思えない段階まで発達している。

 もちろん私だってノヴァの見慣れない回避の後の隙を狙った。だがノヴァは私よりも早く、いや鋭く剣を突き出してくる。回避をし終える前から構えていて、し終えたときには既に私の体の近くまで切っ先が迫っていたほどだった。

「っ!?」

 奥歯を噛みしめ、私はその突きを剣の腹で防ぐ。それしか取れる手段がなかった。

「ぐっ……」

 防ぎきれると思ったものの威力は殺しきれずに体が浮く。そのまま力任せに、背後へと押し出された。重力に従って体が落ち、両靴が地面に触れる。大地を削りながら、ようやく威力を殺しきることが出来たくらいだ。

「ここまで……とは……」

 少し離れたところで息一つ乱さずに立つノヴァに対して感嘆の声が漏れる。どういった仕組みかは分からないが力や体幹、いやそもそも体を流れる力の流れや大きさが一般的な人間よりも優れている。

 それになにより、あらゆる行動に隙が無い。防御は流れるようで何物にも制限されず、まるで水の流れのようにすら感じられる。一方で攻撃は鋭く、隙など一切なく、私が反応しにくいところを的確に狙ってくる。

 体に関しては先天的か、あるいはレティシア様による後天的なものなのかは分からない。けれどそれを活かし切っているのは間違いなくノヴァの技であり、それはすなわち彼がこれまで剣に対して時間をかけてきた歴史でもある。

 強い。今まで私が出会ったあらゆる剣士の中で、確実に誰よりも強い。
 だがそれ以上に美しい。

 無駄なく洗練された動きも、何にも邪魔されずに流れる様も、雷光のように鋭い攻め手も、何もかもが美しい。
 そしてなにより、それらがもはやノヴァの体が勝手に行っているくらい、つまり染みついている程に完成されているのが美しい。

 人は、ここまで美しい剣技を身に着けることが出来るのか。

「久し……ぶりだ」

 実に久しぶりだ。ここまで楽しい剣の打ち合いは。

「本当に……久しぶりだ」

 ここまで打ち込んでも全く通用しなかったのは。

「久しい……久しいな」

 ここまで、心が躍るのは。ああ、忘れていた。あの時の気持ちを。剣に触れ初め、誰か他人と初めて打ち合ったときの感覚だ。これは、喜びだ。私の中にも確かにあった。あるに決まっていた。
 なぜならば私にもまた、フォルス家の血が流れているのだから。

「……?」

 ふと、私は気づいた。自分の口角が上がっていることに。そしてそれが戻らないことに。

「ああ……」

 言葉を漏らす。残念ながら自分がどんな表情をしているのかは分からないけれど。
 それはきっと目の前のノヴァと同じくらい、心から楽しいと思っているような表情なのだろう。

 剣を握る手に、さらに力が入る。願わくば、この時が永く続くことを。
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