人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻

文字の大きさ
3 / 13
本編

しおりを挟む

夕飯を食べたあと、今宵もヴァーデンと閨を共にした。
リリアンヌは穏やかに眠るヴァーデンの腕から抜け出し、水を飲もうとサイドテーブルにある水差しへと手を伸ばす。すると突然目眩を起こし、掴み損ねたグラスが床で弾ける音がした。

その音に目を覚ましたヴァーデンはぐったりしたリリアンヌを見て驚愕の表情を浮べた。

「誰か!侍医を呼べ!」

すぐ様呼ばれた侍医がリリアンヌの容態を確認し、満面な笑顔で言った。

「謹んでお慶び申し上げます。ご懐妊でございます」
「誠か!クロエ、よくやった!」

ここ最近色々考えてしまうことや、胸が焼けるような感覚は懐妊のせいだったようだ。
ヴァーデンは大層喜んでいるが、リリアンヌは複雑な心境だった。

ーー私はいつ、親戚夫婦の元に戻れるのだろう・・・

誰もが望むであろう王太子妃という地位。
しかしリリアンヌにとってはちっとも魅力を感じない。

そして更なる懐妊。
傍から見ると順風満帆な生活を送っているように見えるが、全てクロエとしての人生だ。
リリアンヌとしての人生ではない。

「クロエ、大事な身体だ。ゆっくり休みなさい」

考え込んでいたリリアンヌを不安がっていると思ったのか、ヴァーデンは気遣いそっと寝台に寝かせた。

「殿下ありがとうございます。暫く閨はご一緒できませんから側室の元へ・・・」
「そなたを放って側室の元など通えるか。今は自分のことだけ考えていなさい」

そんな気遣いいらないのに。その言葉を飲み込み、リリアンヌは静かに目を閉じた。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「お兄様!見て!とっても綺麗なちょうちょよ!」
「こらリリィ。急に走ったら危ないよ」

幼いリリアンヌと手を繋いでいる少年は困ったように笑っている。

「あ~蟻さん!何か運んでいるわ!」
「そうだね、蟻はとっても働き者なんだ」
「偉いのね!」
「ははっ間違いないね。リリィも見習わないとだね」

リリアンヌの頭を撫で優しく微笑むその顔がすごく好きだった。





「リリアンヌ、本当に行くのかい?」
「えぇ。それしか方法がないの」
「まだ決めるには早い!何かいい方法があるかもしれない」
「駄目よ!もしお父様とお母様に何かあったら・・・それにお兄様もただじゃすまないわ」
「僕はどうなってもいい!ただ、リリアンヌに全て背負わせるなんて・・・!!」
「お兄様・・・・・・ありがとう。私、お兄様と・・・ここの家族で良かった。私の分も絶対幸せになってね」

少年から青年へと成長した彼の頬に涙が一筋流れた。すまない、すまないと何度も言う彼。

リリアンヌは彼が好きだった。愛してた。
しかし兄妹だからと諦めていた。
傍にいられればいい。隣にはいられなくても一生家族として傍にいられれば・・・

そんなささやかな願いも叶わなかった。





リリアンヌはゆっくり目を開けた。
あれから朝まで眠ってしまったようだ。懐妊がわかった日に見る夢にしてはなんと残酷な夢だろう。

隣を見るとヴァーデンの姿はなく、既に執務室に向かったようだった。

リリアンヌは頬に流れていた涙を手で拭い、侍女を呼ぶためベルを鳴らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

知らぬが花

鳥柄ささみ
恋愛
「ライラ・アーデ嬢。申し訳ないが、キミとの婚約は破棄させてもらう」 もう何度目かわからないやりとりにライラはショックを受けるも、その場では大人しく受け入れる。 これでもう婚約破棄と婚約解消あわせて十回目。 ライラは自分に非があるのではと自分を責めるも、「お義姉様は何も悪くありません。相手の見る目がないのです」と義弟であるディークハルトにいつも慰められ、支えられていた。 いつもライラに親身になって肯定し、そばにいてくれるディークハルト。 けれど、ある日突然ディークハルトの訃報が入ってくる。 大切な義弟を失い、泣き崩れて塞ぎ込むライラ。 そんなライラがやっと立ち直ってきて一年後、とある人物から縁談の話がやってくるのだった。

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

処理中です...