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本編
③
しおりを挟む夕飯を食べたあと、今宵もヴァーデンと閨を共にした。
リリアンヌは穏やかに眠るヴァーデンの腕から抜け出し、水を飲もうとサイドテーブルにある水差しへと手を伸ばす。すると突然目眩を起こし、掴み損ねたグラスが床で弾ける音がした。
その音に目を覚ましたヴァーデンはぐったりしたリリアンヌを見て驚愕の表情を浮べた。
「誰か!侍医を呼べ!」
すぐ様呼ばれた侍医がリリアンヌの容態を確認し、満面な笑顔で言った。
「謹んでお慶び申し上げます。ご懐妊でございます」
「誠か!クロエ、よくやった!」
ここ最近色々考えてしまうことや、胸が焼けるような感覚は懐妊のせいだったようだ。
ヴァーデンは大層喜んでいるが、リリアンヌは複雑な心境だった。
ーー私はいつ、親戚夫婦の元に戻れるのだろう・・・
誰もが望むであろう王太子妃という地位。
しかしリリアンヌにとってはちっとも魅力を感じない。
そして更なる懐妊。
傍から見ると順風満帆な生活を送っているように見えるが、全てクロエとしての人生だ。
リリアンヌとしての人生ではない。
「クロエ、大事な身体だ。ゆっくり休みなさい」
考え込んでいたリリアンヌを不安がっていると思ったのか、ヴァーデンは気遣いそっと寝台に寝かせた。
「殿下ありがとうございます。暫く閨はご一緒できませんから側室の元へ・・・」
「そなたを放って側室の元など通えるか。今は自分のことだけ考えていなさい」
そんな気遣いいらないのに。その言葉を飲み込み、リリアンヌは静かに目を閉じた。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
「お兄様!見て!とっても綺麗なちょうちょよ!」
「こらリリィ。急に走ったら危ないよ」
幼いリリアンヌと手を繋いでいる少年は困ったように笑っている。
「あ~蟻さん!何か運んでいるわ!」
「そうだね、蟻はとっても働き者なんだ」
「偉いのね!」
「ははっ間違いないね。リリィも見習わないとだね」
リリアンヌの頭を撫で優しく微笑むその顔がすごく好きだった。
「リリアンヌ、本当に行くのかい?」
「えぇ。それしか方法がないの」
「まだ決めるには早い!何かいい方法があるかもしれない」
「駄目よ!もしお父様とお母様に何かあったら・・・それにお兄様もただじゃすまないわ」
「僕はどうなってもいい!ただ、リリアンヌに全て背負わせるなんて・・・!!」
「お兄様・・・・・・ありがとう。私、お兄様と・・・ここの家族で良かった。私の分も絶対幸せになってね」
少年から青年へと成長した彼の頬に涙が一筋流れた。すまない、すまないと何度も言う彼。
リリアンヌは彼が好きだった。愛してた。
しかし兄妹だからと諦めていた。
傍にいられればいい。隣にはいられなくても一生家族として傍にいられれば・・・
そんなささやかな願いも叶わなかった。
リリアンヌはゆっくり目を開けた。
あれから朝まで眠ってしまったようだ。懐妊がわかった日に見る夢にしてはなんと残酷な夢だろう。
隣を見るとヴァーデンの姿はなく、既に執務室に向かったようだった。
リリアンヌは頬に流れていた涙を手で拭い、侍女を呼ぶためベルを鳴らした。
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