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一度目の人生
第2話 婚約者は王太子殿下
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「ごきげんよう、バーナード卿」
私は王宮の庭に佇んでいた王太子殿下の護衛騎士、シメオン・バーナード卿に挨拶した。
振り返った彼は礼を取る。
「アリシア侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう。今日、殿下とお約束していたのですが、少し早めに着いてしまいました。あなたがこちらにいらっしゃるということは、殿下もこちらにいらっしゃるのですか?」
「――いえ」
視線を奥に流そうとしたが、バーナード卿は即座に否定する。
「アリシア様がお見えになったらガゼボへお先にご案内するよう、申しつかっております」
「そうですか。ではお願いいたします」
「はい。かしこまりました。こちらへどうぞ」
彼は多くを語らず、庭の奥にあるガゼボへと案内してくれた。
「では私は、アリシア様がお見えになったことを殿下にお伝えしてまいります」
「ええ。ありがとうございます」
一礼する彼の大きな背中を見送る。やがて彼の姿が消えた頃。
「あら、アリシア!」
馴染みのある明るい女性の声が聞こえて、私はすぐさま立ち上がる。
「ミラディア王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
近付いてきたミラディア王女殿下にスカートを広げて礼を取った。
「ああ、堅苦しい挨拶は止めて。わたくしとあなたの仲じゃないの」
気さくなミラディア王女殿下は、からからと笑うと私のすぐ側に座り、私にも椅子を勧めてきたので腰を下ろした。
ミラディア王女殿下はブルシュタイン王国の第一王女で、オースティン王太子殿下の一つ上である。隣国の王太子とのご結婚で、一年後にこの国を発つご予定だ。
王女殿下は侍女と護衛騎士に少し離れて待機するように指示すると、私に向き直った。
「今日はオースティンと約束?」
「はい」
「そう。……あのね。聡明なあなたが王室に入ってくれたら、それは嬉しいことよ。だけれどね。姉のわたくしが言うのも何だとは思うけれど、あんな奴にあなたはもったいなさすぎるわ。ここだけの話、正直、玉座にだってふさわしくないと思っている。王位継承者はユリウスのほうがずっとふさわしい。あの子、素直で誠実で優秀な子なのよ」
ユリウスとは第二王子のことだ。
「……ミラディア王女殿下。僭越でございますが、あまり外であけすけにお話しされないほうが」
「もう! アリシアは真面目ね。だけれどね、悪いことは言わないわ。婚約を解消したらどう? あなたが望むなら手助けするわよ」
「ミラディア王女殿下、この婚姻は王命でございます」
これは王室と貴族の契約なのだ。いくら王女殿下でもそれを覆すことは難しいだろう。
私は小さく笑って流す。
「わたくしはこの結婚には同意できないわ。あなたにはもっとふさわしい人物がいると思うわよ。例えばそうね――シメオン・バーナード卿とかね」
「は、はい!?」
思わずびくりと肩を揺らした私を見て、また王女殿下はからからと笑う。
「彼の名前を出した途端、あなたのその取り繕ったお澄まし顔が崩れたわね」
「お戯れを」
思わず苦笑いしてしまう自分の頬を押さえた。
「――あら、ようやく来たみたいね」
王女殿下の視線の方向に私も顔を向けると、先頭に王太子殿下、その後ろに控えるバーナード卿が見えた。
「では、わたくしはもう行くわ」
そう言って王女殿下が立つので私も立ち上がる。王女殿下は私の肩をぽんと叩くと耳元に囁く。
「さっきの話、真剣に考えておいてね」
「ミラディア王女殿下」
王女殿下はにこりと笑うと足を進め、王太子殿下に軽く挨拶して去って行った。
「すまない、待たせたな」
「いいえ」
オースティン王太子殿下を礼で迎えた私は、座るように促されて再び腰を下ろした。一方、彼はお茶を準備するように侍女に命じた。
王太子殿下の背後にはバーナード卿が静かに控えている。どこを見つめているのだろう。彼とは視線が合わない。
「姉上とは何を話していたんだ?」
王太子殿下の言葉にはっと我に返る。
「……ミラディア王女殿下のご結婚についてです」
「ああ。あんな姉上でも少しぐらいは感傷的になるのかな」
ミラディア王女殿下も王太子殿下を酷評されていたし、王太子殿下も皮肉気だし、あまり姉弟仲は良くないらしい。
「ミラディア王女殿下は繊細なお心をお持ちでいらっしゃいますので」
そうでなければ、ひた隠しにしているバーナード卿への想いに気付かれるわけがない。
「――はっ! 姉上が? 君の目は節穴かな」
私との会話はいつも冷えびえとしている。このお茶会も義務的に行っていることがありありと分かる。第三者が見守る中でのこのお茶会は、苦痛でしかない。早く切り上げたい気持ちは私も同じだ。
私は反論せず、ただ黙って用意されたお茶に口をつけた。
私は王宮の庭に佇んでいた王太子殿下の護衛騎士、シメオン・バーナード卿に挨拶した。
振り返った彼は礼を取る。
「アリシア侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう。今日、殿下とお約束していたのですが、少し早めに着いてしまいました。あなたがこちらにいらっしゃるということは、殿下もこちらにいらっしゃるのですか?」
「――いえ」
視線を奥に流そうとしたが、バーナード卿は即座に否定する。
「アリシア様がお見えになったらガゼボへお先にご案内するよう、申しつかっております」
「そうですか。ではお願いいたします」
「はい。かしこまりました。こちらへどうぞ」
彼は多くを語らず、庭の奥にあるガゼボへと案内してくれた。
「では私は、アリシア様がお見えになったことを殿下にお伝えしてまいります」
「ええ。ありがとうございます」
一礼する彼の大きな背中を見送る。やがて彼の姿が消えた頃。
「あら、アリシア!」
馴染みのある明るい女性の声が聞こえて、私はすぐさま立ち上がる。
「ミラディア王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
近付いてきたミラディア王女殿下にスカートを広げて礼を取った。
「ああ、堅苦しい挨拶は止めて。わたくしとあなたの仲じゃないの」
気さくなミラディア王女殿下は、からからと笑うと私のすぐ側に座り、私にも椅子を勧めてきたので腰を下ろした。
ミラディア王女殿下はブルシュタイン王国の第一王女で、オースティン王太子殿下の一つ上である。隣国の王太子とのご結婚で、一年後にこの国を発つご予定だ。
王女殿下は侍女と護衛騎士に少し離れて待機するように指示すると、私に向き直った。
「今日はオースティンと約束?」
「はい」
「そう。……あのね。聡明なあなたが王室に入ってくれたら、それは嬉しいことよ。だけれどね。姉のわたくしが言うのも何だとは思うけれど、あんな奴にあなたはもったいなさすぎるわ。ここだけの話、正直、玉座にだってふさわしくないと思っている。王位継承者はユリウスのほうがずっとふさわしい。あの子、素直で誠実で優秀な子なのよ」
ユリウスとは第二王子のことだ。
「……ミラディア王女殿下。僭越でございますが、あまり外であけすけにお話しされないほうが」
「もう! アリシアは真面目ね。だけれどね、悪いことは言わないわ。婚約を解消したらどう? あなたが望むなら手助けするわよ」
「ミラディア王女殿下、この婚姻は王命でございます」
これは王室と貴族の契約なのだ。いくら王女殿下でもそれを覆すことは難しいだろう。
私は小さく笑って流す。
「わたくしはこの結婚には同意できないわ。あなたにはもっとふさわしい人物がいると思うわよ。例えばそうね――シメオン・バーナード卿とかね」
「は、はい!?」
思わずびくりと肩を揺らした私を見て、また王女殿下はからからと笑う。
「彼の名前を出した途端、あなたのその取り繕ったお澄まし顔が崩れたわね」
「お戯れを」
思わず苦笑いしてしまう自分の頬を押さえた。
「――あら、ようやく来たみたいね」
王女殿下の視線の方向に私も顔を向けると、先頭に王太子殿下、その後ろに控えるバーナード卿が見えた。
「では、わたくしはもう行くわ」
そう言って王女殿下が立つので私も立ち上がる。王女殿下は私の肩をぽんと叩くと耳元に囁く。
「さっきの話、真剣に考えておいてね」
「ミラディア王女殿下」
王女殿下はにこりと笑うと足を進め、王太子殿下に軽く挨拶して去って行った。
「すまない、待たせたな」
「いいえ」
オースティン王太子殿下を礼で迎えた私は、座るように促されて再び腰を下ろした。一方、彼はお茶を準備するように侍女に命じた。
王太子殿下の背後にはバーナード卿が静かに控えている。どこを見つめているのだろう。彼とは視線が合わない。
「姉上とは何を話していたんだ?」
王太子殿下の言葉にはっと我に返る。
「……ミラディア王女殿下のご結婚についてです」
「ああ。あんな姉上でも少しぐらいは感傷的になるのかな」
ミラディア王女殿下も王太子殿下を酷評されていたし、王太子殿下も皮肉気だし、あまり姉弟仲は良くないらしい。
「ミラディア王女殿下は繊細なお心をお持ちでいらっしゃいますので」
そうでなければ、ひた隠しにしているバーナード卿への想いに気付かれるわけがない。
「――はっ! 姉上が? 君の目は節穴かな」
私との会話はいつも冷えびえとしている。このお茶会も義務的に行っていることがありありと分かる。第三者が見守る中でのこのお茶会は、苦痛でしかない。早く切り上げたい気持ちは私も同じだ。
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