40 / 50
五度目の人生
第40話 これからの輝かしい未来のために
しおりを挟む
王太子殿下から次にかけられる言葉は、午後からの処刑のことだろう。私はただ黙って受け入れようと頭を垂れたままでいた。すると。
「――アリシア。顔を上げなさい」
明らかに王太子殿下とは違う人物から声をかけられた。
……え? この声は。この聞き馴染みのある声は。気高く凛とした女性の声は。
高鳴る鼓動を抱えて顔を上げると、そこに立っていたのはミラディア王女殿下だった。
「ミラ、ディア……王女、殿下。ああ、ミラディア王女殿下……王女殿下」
目覚めていらっしゃった。ミラディア王女殿下もご無事でいらっしゃった……。
まだお目覚めになったばかりなのか、頬がこけたお顔で顔色もいいとは言えず、ミラディア王女殿下の側に仕える護衛騎士によって体を支えられている。ただ、それでもこうしてご自分の足で立つことができる状態にまで回復してくださっていた。
心が震えて名をお呼びする以上の言葉が出ず、ただひたすらに滲む王女殿下を見つめるばかりの私に、王女殿下もそれ以上は声をかけない。やがて視線をすっと横に流した。
「リッチャレッリ卿、調査は間違いないのね」
王女殿下の護衛騎士の姓は、リッチャレッチ、いや、リッチャレッリと言うのか。知らなかった。王女殿下はいつもレイモンドとおっしゃっていたから。確かにリッチャレッリでは舌を噛みそうだ。
この場にふさわしくないそんなことをぼんやりと考えてしまう。
「――は」
「その通りです、姉上!」
護衛騎士の言葉を遮って答えたのは王太子殿下だ。
「目の前のアリシア・トラヴィスが、いえ、昨日付けでトラヴィス侯爵による除籍願いが受理されたため、現在、名無しとなったアリシアが、姉上のお茶に毒を盛った卑劣な犯人です!」
「トラヴィス侯爵がアリシアを除籍に?」
王太子殿下に視線を移したミラディア王女殿下は、目を細め、眉をぴくりと上げる。
すると、リーチェが胸に手を当てた。
「ええ、ミラディア王女殿下! そうです! お父様――父もアリシアはトラヴィス侯爵家とはもう一切無関係だから、しっかりと厳罰を与えてほしいと言っていました!」
「トラヴィス侯爵がそんなことを。侯爵もそのような意見で一致しているのね」
「はい! ですからトラヴィス侯爵家のことはお構いなく!」
リーチェは喜々として答える。
トラヴィス侯爵家は、高位貴族で財力も発言力もあり、王家とは持ちつ持たれつの密接な関係にもある。王家が私を厳罰に処する場合、その関係にヒビが入ってしまうことになると危惧したのだろう。だから私を除籍し、無関係になった人間だから忌憚なく処分してくれて良いと私を差し出したということだ。父もまた、人生を何度繰り返しても私を助けるために動いてくれることはなかった。
「そう。――リッチャレッリ卿?」
「はい、ミラディア王女殿下。調査に相違ありません」
ミラディア王女殿下がリーチェから護衛騎士に視線を戻すと彼は頷いた。
……ああ、そうか。
ミラディア王女殿下は事件のことをうろ覚えだったようだ。無理もない。毒を服されて苦しまれ、長らく臥せていらっしゃったのだから。夢か現か、事件の前後のことはもはや曖昧になってしまわれたのだろう。
シメオン様は王太子殿下とリーチェのみならず、ご回復されたミラディア王女殿下もお連れして皆で私を裁きに来たらしい。当然ながら、シメオン様を責めるつもりは全くない。
「アリシア、最後にあなたから何か言いたいことはない?」
私に向き直ったミラディア王女殿下はそう尋ねた。
聡明で慈愛に満ちた王女殿下は、私にも最後の申し開きの機会を与えてくださるらしい。
――けれど。
これからのシメオン様の輝かしい未来のために、このまま私に騙されたと憎んでいてほしい。一欠片の同情も後悔も残してほしくない。シメオン様の知る悪女の姿のままで去って行きたい。だから私は。
「いいえ。……何も。何もありません」
王女殿下のご厚情を無下にして静かに首を振った。
「そう。残念だわ。こんな命令をわたくしの口から下さなければならないとはね」
ミラディア王女殿下はため息をつくと改めて私を見つめる。
王女殿下は痩せ細ったお姿でも威厳は一切失われておらず、その瞳にはためらいの揺らぎはなく、ただ冷徹に命令を下そうとする光だけが宿っていた。
この崇高なミラディア王女殿下に処分されるのならば本望だ。
「では、ブルシュタイン王国の第一王女、ミラディア・アン・カルロッテ・クリーヴランドが命じます」
私は王女殿下の命令を前に再び頭を垂れ、目を閉じた。
「――アリシア。顔を上げなさい」
明らかに王太子殿下とは違う人物から声をかけられた。
……え? この声は。この聞き馴染みのある声は。気高く凛とした女性の声は。
高鳴る鼓動を抱えて顔を上げると、そこに立っていたのはミラディア王女殿下だった。
「ミラ、ディア……王女、殿下。ああ、ミラディア王女殿下……王女殿下」
目覚めていらっしゃった。ミラディア王女殿下もご無事でいらっしゃった……。
まだお目覚めになったばかりなのか、頬がこけたお顔で顔色もいいとは言えず、ミラディア王女殿下の側に仕える護衛騎士によって体を支えられている。ただ、それでもこうしてご自分の足で立つことができる状態にまで回復してくださっていた。
心が震えて名をお呼びする以上の言葉が出ず、ただひたすらに滲む王女殿下を見つめるばかりの私に、王女殿下もそれ以上は声をかけない。やがて視線をすっと横に流した。
「リッチャレッリ卿、調査は間違いないのね」
王女殿下の護衛騎士の姓は、リッチャレッチ、いや、リッチャレッリと言うのか。知らなかった。王女殿下はいつもレイモンドとおっしゃっていたから。確かにリッチャレッリでは舌を噛みそうだ。
この場にふさわしくないそんなことをぼんやりと考えてしまう。
「――は」
「その通りです、姉上!」
護衛騎士の言葉を遮って答えたのは王太子殿下だ。
「目の前のアリシア・トラヴィスが、いえ、昨日付けでトラヴィス侯爵による除籍願いが受理されたため、現在、名無しとなったアリシアが、姉上のお茶に毒を盛った卑劣な犯人です!」
「トラヴィス侯爵がアリシアを除籍に?」
王太子殿下に視線を移したミラディア王女殿下は、目を細め、眉をぴくりと上げる。
すると、リーチェが胸に手を当てた。
「ええ、ミラディア王女殿下! そうです! お父様――父もアリシアはトラヴィス侯爵家とはもう一切無関係だから、しっかりと厳罰を与えてほしいと言っていました!」
「トラヴィス侯爵がそんなことを。侯爵もそのような意見で一致しているのね」
「はい! ですからトラヴィス侯爵家のことはお構いなく!」
リーチェは喜々として答える。
トラヴィス侯爵家は、高位貴族で財力も発言力もあり、王家とは持ちつ持たれつの密接な関係にもある。王家が私を厳罰に処する場合、その関係にヒビが入ってしまうことになると危惧したのだろう。だから私を除籍し、無関係になった人間だから忌憚なく処分してくれて良いと私を差し出したということだ。父もまた、人生を何度繰り返しても私を助けるために動いてくれることはなかった。
「そう。――リッチャレッリ卿?」
「はい、ミラディア王女殿下。調査に相違ありません」
ミラディア王女殿下がリーチェから護衛騎士に視線を戻すと彼は頷いた。
……ああ、そうか。
ミラディア王女殿下は事件のことをうろ覚えだったようだ。無理もない。毒を服されて苦しまれ、長らく臥せていらっしゃったのだから。夢か現か、事件の前後のことはもはや曖昧になってしまわれたのだろう。
シメオン様は王太子殿下とリーチェのみならず、ご回復されたミラディア王女殿下もお連れして皆で私を裁きに来たらしい。当然ながら、シメオン様を責めるつもりは全くない。
「アリシア、最後にあなたから何か言いたいことはない?」
私に向き直ったミラディア王女殿下はそう尋ねた。
聡明で慈愛に満ちた王女殿下は、私にも最後の申し開きの機会を与えてくださるらしい。
――けれど。
これからのシメオン様の輝かしい未来のために、このまま私に騙されたと憎んでいてほしい。一欠片の同情も後悔も残してほしくない。シメオン様の知る悪女の姿のままで去って行きたい。だから私は。
「いいえ。……何も。何もありません」
王女殿下のご厚情を無下にして静かに首を振った。
「そう。残念だわ。こんな命令をわたくしの口から下さなければならないとはね」
ミラディア王女殿下はため息をつくと改めて私を見つめる。
王女殿下は痩せ細ったお姿でも威厳は一切失われておらず、その瞳にはためらいの揺らぎはなく、ただ冷徹に命令を下そうとする光だけが宿っていた。
この崇高なミラディア王女殿下に処分されるのならば本望だ。
「では、ブルシュタイン王国の第一王女、ミラディア・アン・カルロッテ・クリーヴランドが命じます」
私は王女殿下の命令を前に再び頭を垂れ、目を閉じた。
276
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
[完結]出来損ないと言われた令嬢、実は規格外でした!
青空一夏
恋愛
「おまえなど生まれてこなければ良かったのだ!」そうお父様に言われ続けた私。高位貴族の令嬢だったお母様は、お父様に深く愛され、使用人からも慕われていた。そのお母様の命を奪ってこの世に生まれた私。お母様を失ったお父様は、私を憎んだ。その後、お父様は平民の女性を屋敷に迎え入れ、その女性に子供ができる。後妻に屋敷の切り盛りを任せ、私の腹違いの妹を溺愛するお父様は、私を本邸から追い出し離れに住まわせた。私は、お父様からは無視されるか罵倒されるか、使用人からは見下されている。そんな私でも家庭教師から褒められたことは嬉しい出来事だった。この家庭教師は必ず前日に教えた内容を、翌日に試験する。しかし、その答案用紙さえも、妹のものとすり替えられる。それは間違いだらけの答案用紙で、「カーク侯爵家の恥さらし。やはりおまえは生まれてくるべきじゃなかったんだな」と言われた。カーク侯爵家の跡継ぎは妹だと言われたが、私は答案用紙をすり替えられたことのほうがショックだった。やがて学園に入学するのだがーー
これは父親から嫌われたヒロインが、後妻と腹違いの妹に虐げられたり、学園でも妹に嫌がらせされるなか、力に目覚め、紆余曲折ありながらも幸せになる、ラブストーリー。
※短編の予定ですが、長編になる可能性もあります。
(完)イケメン侯爵嫡男様は、妹と間違えて私に告白したらしいー婚約解消ですか?嬉しいです!
青空一夏
恋愛
私は学園でも女生徒に憧れられているアール・シュトン候爵嫡男様に告白されました。
図書館でいきなり『愛している』と言われた私ですが、妹と勘違いされたようです?
全5話。ゆるふわ。
(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)
青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。
けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。
マルガレータ様は実家に帰られる際、
「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。
信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!!
でも、それは見事に裏切られて・・・・・・
ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。
エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。
元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。
(完)婚約解消からの愛は永遠に
青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。
両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・
5話プラスおまけで完結予定。
[完結]だってあなたが望んだことでしょう?
青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。
アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。
やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー
(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる