つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第15話 情けは人のためならず

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 嫌がらせのいくつかは素直に受けた方が良かったのかもしれない。一向に成功しない彼女らの嫌がらせはもはや目的すら失って、今や意地に変わってしまったに違いない。

 その後も地味に嫌がらせが続き、その度に回避していたけれど、ほとほと疲れてきた。中でもちょっと難易度が高かったのは、御不浄の個室に入った時にすぐさま傘を開いたことだ。
 狭い個室で傘は開きにくく、少し水がかかったし、相手もきっと上から水をかけるのには相当大変だっただろうにと、敵ながら労をねぎらってしまう。

 相手も同じく、いや、私以上に肉体的、とりわけ精神的疲労が溜まっているはず。もういいでしょう? そろそろ諦めてくれないかな。

 いい加減うんざりした頃、ようやく授業が終わり、下校時間となった。
 明日以降もこの調子で続くのだろうか。勘弁して欲しい。彼女たちが始めたことだけれど、同志みたいな絆すら感じてきたし、何なら相打ちという形で終わらせてあげてもいい。

「そう考えてすらいたのですよ、わたくしは!」

 私は無理矢理連れ込まれた校舎裏で、私を取り囲む数人の男子生徒と少し離れた所から眺めているカトリーヌ嬢らに向かって言った。

「それなのに、この恩知らず!」

 勢いで捨てセリフまで吐いてしまう。
 カトリーヌ嬢はちょっと顔をひきつらせつつ、ふんと鼻で笑った。

「話があるのはこっちだよ!」

 低い声で凄まれた私は視線を目の前の男子生徒に戻す。

「お前、俺の妹の机を交換したんだってなあ! おかげで俺が妹の教科書をずたずたに切り裂くことになったじゃねぇか!」

 何だこの逆恨み男。もしや私を笑わせにきていますか?

「ああっ!?」
「――っ!」

 正直なこのお口がまたいらない事まで口走ったことにより、胸ぐらをつかまれて壁に強く押しつけられた。男と女の力の差において敵うべくもなく、この場で挑発などは以ての外だ。今、遅まきながら学習した。

 雄弁は相手を撃退するための剣ではあるけれど、斬られに行く覚悟も必要だ。一方で沈黙は身を守る盾。圧倒的力差があり、傷を少なくするのならば、沈黙の方が身を助ける。……かもしれない。

 でもこの人気の無い場所でこの危機を乗り越えるためには、やはり私の巧みな(?)話術で相手を撃退するしか他はないだろう。むしろ今の私にはそれぐらいしかできない。

「い、今なら。今ならわたくしはこの事を無かったことに致します。あなた方を許しましょう。こう見えて、わたくしは寛大なのですよ。引き返すなら今の内です」
「随分と余裕だな。あ? 立場が分かっているのか? 許してくださいと泣きつくのはお前の方だろ?」

 始めたのもそちらで、やり返されて泣きついたのもあなたの妹だ。他人を傷つけたならやり返される覚悟ぐらいしておくべき。私が許しを請う筋合いはない。

 気持ちだけはまだ強気だけれど、掴まれた胸ぐらに力を入れられたせいで息が詰まり涙目になる。

「ちょ、ちょっと! ら、乱暴な事はよして。少し脅すだけだと言っ――」
「うるせー! 黙ってろ!」

 カトリーヌ嬢が顔色を変えて止めようとするが、男が一喝すると縮み上がった。
 私は抵抗するために、胸ぐらをつかむ男の手を両手でぐっとつかみ返す。

「悪っい、ことは言いませ、ん。わた……くしに謝罪なさい。後悔するの、はあなたの方ですよっ」
「口が減らない奴だな! そんなにお望みなら身体で立場を分からせてやる!」

 苛立ちが頂点に達したらしい男は怒りの形相で拳を振りかぶった。

 殴られるっ!
 思わず目を伏せて歯を食いしばった。

 ――が。
 一向に痛みが襲ってこない。
 恐る恐る目を開くと二十代半ばくらいだろうか、きりっとした貫禄のある背の高い男性が無表情に男子生徒の腕を捻り上げていた。
 捻り上げられた男子生徒は痛みに顔を歪めて悲鳴を上げ、周りの男子生徒もカトリーヌ嬢らも男性から発せられる威圧感に腰が引けている。

「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様ですね。お探しいたしました。エルベルト・フォンテーヌ殿下直属の護衛官、ジェラルド・コンスタントと申します。殿下のご命令の下、お迎えに上がりました」

 茫然としている私と視線が合うと、この場の空気を読まない自己紹介を始めた。そんな私には構わず、彼は少しだけ顔を動かして視線を横に流す。

「――のですが、先にこの者たちを片付けてしまいましょうか」

 笑み一つなく真顔で尋ねる彼に思わず口から出た言葉は。

「お……お手柔らかにお願いいたします」

 気迫あふれる騎士を相手にする彼らに、せめてもの私の情けであった。
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