17 / 315
第17話 殿下の執務室
しおりを挟む
王宮入りし、前に一人でやって来た時と同様に緊張感を持ってジェラルド様の後ろを歩く。ただし、本日は助けられたという気持ちもあって広い彼の背中を見ていると、以前よりは何となく落ち着いている自分もいるけれど。
執務室だろうか。前回とは違う部屋の扉の前でジェラルド様は足を止め、そして拳で扉を叩いた。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様をお連れいたしました」
「入れ」
奥から了承の返事が聞こえ、ジェラルド様は扉を開放するとどうぞと私を促す。どうも彼はすぐにこの場を去るとのことなので、私はあらためてお礼を言って別れを告げる。
やはりこの部屋は殿下の執務室だったようだ。窓際には沢山の書類が山積みにされている殿下のデスク、中央には来客用のソファー、資料でも置かれているのか壁際の本棚にはぎっしり詰まっている。
少しだけ周りを観察していた私だったけれど、後ろで扉が閉まる音に気付き、はっと我に返る。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢。よく来てくれた」
椅子から立ち上がり、少し笑んで私を迎える殿下の容姿は相変わらず透明感があってお美しく、ともすればうっかり見惚れてしまいそうだ。もちろん本日の鬱憤を秘めている私は到底そんな気にはならないのだけれども。
「はい、殿下。こちらこそお迎えを賜り、ありがとうございました。殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく……」
定例通りの挨拶と礼を取ろうとしたが、殿下の顔色はよろしくない。続けるべきか迷ったけれど、殿下は特に気にしなかったようだ。
「いや。まずは迎えが遅くなったことを詫びさせてほしい。君の学校が始まる前に何とか段取りをつけるつもりだったが、遅れてしまった。申し訳なかった」
「そうですね」
遅かったです。とても。ええ、とても遅かったです!
素直に謝られても、いいですよ、などとは言ってやる義理は無い。
「ああ、悪かった」
私の笑みから意地悪さがにじみ出ているのか、苦笑いする殿下だったけれど、ふと私が持つ花に視線が行く。
「その花は?」
「ああ、これですか」
殿下のデスクに近付くと、角の方に花瓶をお淑やかにそっと置いた。
「どうぞ。差し上げます」
「ありがたいが、これは一体?」
「死者に手向ける花です」
「はっ!? 死者!?」
不敬罪で首を落とされてもおかしくない態度と言葉を取ってしまう私は、殿下の弱みを握っているからという思いがあるのか、それとも本日の鬱憤が爆発寸前で恐れるものがないためか。……おそらく後者だ。
目を見開いて視線を花に落とす殿下を前に、私はふてぶてしく腕を組んでみせる。
「今朝、学校に行くと私の机の上に置いてありました。要するに嫌がらせの類いですね。殿下に対して何かしたと早速噂が流れておりましたので、それを聞きつけた学生の嫌がらせですよ。それを始めとして、本日は様々な嫌がらせを受けました。お望みでしたら、一から列挙いたしましょうか。ええ。ぜひそうさせていただきましょう」
「いや、それは結こ――では頼む。でもまずは座ってくれ……」
明らかに嫌そうな顔をして拒否しようとしていたけれど、睨みつける私の迫力に負けたようで、殿下は諦めて頷いてデスクを回ってくると私にソファーを勧めた。
そこで本日あった出来事をずらずらと感性豊かに手振り身振りでご説明上がったところ。
「分かった、もう分かった……。君には本当に済まない事をしたと思っている」
本日顔を合わせた時よりも十は老けたのではないかと言うぐらいげっそりとやつれていた。人はこんな短時間でやつれるものなのだなと冷静な目で見る。
やつれる? あ、やつれる!? ……はっ! 自分のことで一杯一杯だったけれど、顔を合わせた時から顔色が悪かった。もしかして今日も元気に影が取り憑いている状態なのだろうか。
「殿下、ところで本日の体調はいかがでしょうか」
「今さら気付いてくれてありがとう。おかげで絶不調だ。三体は憑いている」
「そうなのですか。大変そうですね」
見えないし、その感覚も分からないから、完全に他人事の言葉になってしまうことはお許しいただきたい。
「早速お掃除いたしますか」
嫌味っぽく言うと、殿下は少し苦笑しつつ頼むと答えた。
「かしこまりました」
私は立ち上がると殿下のすぐ側で膝を落とす。
と言っても、どうやってお掃除したらいいのか分からないし、手をかざすみたいな形を取ればいいのか。そもそも私から殿下の身体に触れて良いものなのか。
色々うだうた考えてなかなか行動を移せずにいる私に痺れを切らしたのか、殿下は手を伸ばして私の手を取った。
執務室だろうか。前回とは違う部屋の扉の前でジェラルド様は足を止め、そして拳で扉を叩いた。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様をお連れいたしました」
「入れ」
奥から了承の返事が聞こえ、ジェラルド様は扉を開放するとどうぞと私を促す。どうも彼はすぐにこの場を去るとのことなので、私はあらためてお礼を言って別れを告げる。
やはりこの部屋は殿下の執務室だったようだ。窓際には沢山の書類が山積みにされている殿下のデスク、中央には来客用のソファー、資料でも置かれているのか壁際の本棚にはぎっしり詰まっている。
少しだけ周りを観察していた私だったけれど、後ろで扉が閉まる音に気付き、はっと我に返る。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢。よく来てくれた」
椅子から立ち上がり、少し笑んで私を迎える殿下の容姿は相変わらず透明感があってお美しく、ともすればうっかり見惚れてしまいそうだ。もちろん本日の鬱憤を秘めている私は到底そんな気にはならないのだけれども。
「はい、殿下。こちらこそお迎えを賜り、ありがとうございました。殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく……」
定例通りの挨拶と礼を取ろうとしたが、殿下の顔色はよろしくない。続けるべきか迷ったけれど、殿下は特に気にしなかったようだ。
「いや。まずは迎えが遅くなったことを詫びさせてほしい。君の学校が始まる前に何とか段取りをつけるつもりだったが、遅れてしまった。申し訳なかった」
「そうですね」
遅かったです。とても。ええ、とても遅かったです!
素直に謝られても、いいですよ、などとは言ってやる義理は無い。
「ああ、悪かった」
私の笑みから意地悪さがにじみ出ているのか、苦笑いする殿下だったけれど、ふと私が持つ花に視線が行く。
「その花は?」
「ああ、これですか」
殿下のデスクに近付くと、角の方に花瓶をお淑やかにそっと置いた。
「どうぞ。差し上げます」
「ありがたいが、これは一体?」
「死者に手向ける花です」
「はっ!? 死者!?」
不敬罪で首を落とされてもおかしくない態度と言葉を取ってしまう私は、殿下の弱みを握っているからという思いがあるのか、それとも本日の鬱憤が爆発寸前で恐れるものがないためか。……おそらく後者だ。
目を見開いて視線を花に落とす殿下を前に、私はふてぶてしく腕を組んでみせる。
「今朝、学校に行くと私の机の上に置いてありました。要するに嫌がらせの類いですね。殿下に対して何かしたと早速噂が流れておりましたので、それを聞きつけた学生の嫌がらせですよ。それを始めとして、本日は様々な嫌がらせを受けました。お望みでしたら、一から列挙いたしましょうか。ええ。ぜひそうさせていただきましょう」
「いや、それは結こ――では頼む。でもまずは座ってくれ……」
明らかに嫌そうな顔をして拒否しようとしていたけれど、睨みつける私の迫力に負けたようで、殿下は諦めて頷いてデスクを回ってくると私にソファーを勧めた。
そこで本日あった出来事をずらずらと感性豊かに手振り身振りでご説明上がったところ。
「分かった、もう分かった……。君には本当に済まない事をしたと思っている」
本日顔を合わせた時よりも十は老けたのではないかと言うぐらいげっそりとやつれていた。人はこんな短時間でやつれるものなのだなと冷静な目で見る。
やつれる? あ、やつれる!? ……はっ! 自分のことで一杯一杯だったけれど、顔を合わせた時から顔色が悪かった。もしかして今日も元気に影が取り憑いている状態なのだろうか。
「殿下、ところで本日の体調はいかがでしょうか」
「今さら気付いてくれてありがとう。おかげで絶不調だ。三体は憑いている」
「そうなのですか。大変そうですね」
見えないし、その感覚も分からないから、完全に他人事の言葉になってしまうことはお許しいただきたい。
「早速お掃除いたしますか」
嫌味っぽく言うと、殿下は少し苦笑しつつ頼むと答えた。
「かしこまりました」
私は立ち上がると殿下のすぐ側で膝を落とす。
と言っても、どうやってお掃除したらいいのか分からないし、手をかざすみたいな形を取ればいいのか。そもそも私から殿下の身体に触れて良いものなのか。
色々うだうた考えてなかなか行動を移せずにいる私に痺れを切らしたのか、殿下は手を伸ばして私の手を取った。
50
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる