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第29話 世界は広いもの
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王宮に到着し、宮殿内に入ったユリアはさすがにその広さと豪華さに圧倒されたようだ。目を見張りながら、時に目を細めながら興味深そうに辺りを見回している。
うん、完全にお上りさんだ。
「ロザンヌ様はここで生活なさるのですね」
「ええ。あなたもね」
そう言うとあらためて嫌な気持ちになったらしい。ユリアはため息の代わりに眉をぴくりと動かした。
「ロザンヌ様がお持ちになった生活用品は、後ほどお部屋に運び入れさせていただきます。まずはエルベルト殿下にご挨拶をよろしくお願いいたします」
「はい。分かりました」
ユリアを紹介しないといけないしね。それにあれから一日経っているし、殿下の様子も窺わないといけない。
「私は殿下の執務室のすぐ横のお部屋を官長室として頂いておりますので、何かございましたらいつでも足をお運びくださいませ」
「ありがとうございます」
ジェラルドさんは私たちを執務室前に連れてきてくれると、扉の前に立っていた護衛官が彼にびしりと敬礼する。彼もまた答礼で応えた後、執務室への入室許可を取ってくれた。
「それではここで失礼いたします」
「はい。ご案内ありがとうございました」
ジェラルドさんは私たちに礼を取ると去って行った。
彼を見送っていた視線を扉の前に戻すと、失礼いたしますと呟いて足を踏み入れる。すると驚いたことに殿下はもう立ち上がっていて、気が逸っているようでこちらへと歩み寄ってきていた。
お顔の色が優れない。どうやら憑いているらしい。
「殿下、ただいま戻りま」
「ああ、挨拶は後でいい。まずは」
挨拶を遮って殿下はいきなり私を抱きしめた。
私もさすがにびっくり戸惑ってしまうけれど、後ろに控えているユリアは態度にこそ出さないが、殿下のいきなりの行動にもっと驚いているようだ。
それはそうね。この場面だけを切り取ってみると、愛する人の帰りを今か今かと待ち焦がれていた人のような行動だもの。まあ、そんな色気のある話では全然ないのですけれどもね。
ぼんやり考えていると、影祓いが終了したらしい。今度は弾かれたように殿下が離れた。
だから、こういう態度は腹が立つのですが。……いや。仕方ないことだ。大人になれ、私!
深呼吸した後、私は殿下ににっこりと笑みを見せた。
「終わりましたか」
「ああ。ありがとう」
「お顔の色も良くなられました」
「そうだな。気分もすっきりしたし、体も軽くなった。今回は一体だけだったんだが、強力な奴で参っていたところだ」
「それは大変でございましたね」
そんな会話をしていたけれど、殿下はようやく私の後ろに控えるユリアに目が入ったようだ。切羽詰まっていたとはいえ、人に見られてしまった失態を少し悔やんだように目を細めた。
「彼女は……」
「我が家で勤めてくれている侍女、ユリア・ラドロです」
「ああ、そうか。一人連れ来ていいと言ったな」
私としても正直、秘密の職務を自分一人だけで抱えるには荷が重すぎる。殿下が期を急いてこの現場を見られたわけだし、今後も何かの拍子ごとに説明するのも大変だし、ユリアにも知っておいてもらいたい。けれど、それを決めるのは殿下だ。
すると殿下も話しておくべきかと考えたようで、私に尋ねてきた。
「彼女は信頼に足る人間か?」
「もちろんです! 意志を持って悪態はつきますが、口は硬いです!」
それって信用に足ると言っていいのかと殿下は苦笑いする。
「でもまあ、君がそう言うなら信頼して彼女に事情を説明しよう。もっともこの現場を見られて説明しないわけにもいかないからな」
殿下はそう切り出すと、私の社交界デビューでの出来事から今回の事まで順を追って説明し始める。
全て話し終えると、ユリアはいとも簡単に頷いた。
「さようでございましたか。承知いたしました」
何の感情も無く淡々とした返事をするユリアに、殿下は訝しげに眉をひそめた。
「君はこの話を信じたのか?」
ユリアは一瞬答えるかどうか迷ったようだったけれど、すぐに口を開く。
「私は自分が見たことがないものを存在すると言い切るほど、物事を知らないわけではありません」
「そうか」
うわぁぁぁ。
ユリアがユリアしている。私に向かって、人を選ぶから大丈夫とか言っちゃって、全然大丈夫ではないじゃない!
人のこととなると、得てして冷静に見られるものである。自分の普段の言動を棚上げにして、私はあわあわと狼狽える。
「ちょ、ちょっと、ユリア」
「――ですが。自分が見たことがないものを存在しないと言い切るほど、世界を知っているわけでもございません」
止めようとする私の上に被せてユリアが続けて言うと、殿下はわずかに目を見開いた。
「……なるほど」
殿下は面白そうにふっと笑った。
「物怖じしない口調といい、態度といい、考え方といい、さすがロザンヌ嬢の侍女だ」
うん? これって褒められているのかな。よし、褒められていることにしましょう。
「ユリア・ラドロ。君を歓迎しよう。ロザンヌ嬢の生活を補助してやってくれ」
「仰せのままに、エルベルト殿下」
ユリアはこれまで私には見せたこともない美しい所作で恭しく頭を垂れた。
うん、完全にお上りさんだ。
「ロザンヌ様はここで生活なさるのですね」
「ええ。あなたもね」
そう言うとあらためて嫌な気持ちになったらしい。ユリアはため息の代わりに眉をぴくりと動かした。
「ロザンヌ様がお持ちになった生活用品は、後ほどお部屋に運び入れさせていただきます。まずはエルベルト殿下にご挨拶をよろしくお願いいたします」
「はい。分かりました」
ユリアを紹介しないといけないしね。それにあれから一日経っているし、殿下の様子も窺わないといけない。
「私は殿下の執務室のすぐ横のお部屋を官長室として頂いておりますので、何かございましたらいつでも足をお運びくださいませ」
「ありがとうございます」
ジェラルドさんは私たちを執務室前に連れてきてくれると、扉の前に立っていた護衛官が彼にびしりと敬礼する。彼もまた答礼で応えた後、執務室への入室許可を取ってくれた。
「それではここで失礼いたします」
「はい。ご案内ありがとうございました」
ジェラルドさんは私たちに礼を取ると去って行った。
彼を見送っていた視線を扉の前に戻すと、失礼いたしますと呟いて足を踏み入れる。すると驚いたことに殿下はもう立ち上がっていて、気が逸っているようでこちらへと歩み寄ってきていた。
お顔の色が優れない。どうやら憑いているらしい。
「殿下、ただいま戻りま」
「ああ、挨拶は後でいい。まずは」
挨拶を遮って殿下はいきなり私を抱きしめた。
私もさすがにびっくり戸惑ってしまうけれど、後ろに控えているユリアは態度にこそ出さないが、殿下のいきなりの行動にもっと驚いているようだ。
それはそうね。この場面だけを切り取ってみると、愛する人の帰りを今か今かと待ち焦がれていた人のような行動だもの。まあ、そんな色気のある話では全然ないのですけれどもね。
ぼんやり考えていると、影祓いが終了したらしい。今度は弾かれたように殿下が離れた。
だから、こういう態度は腹が立つのですが。……いや。仕方ないことだ。大人になれ、私!
深呼吸した後、私は殿下ににっこりと笑みを見せた。
「終わりましたか」
「ああ。ありがとう」
「お顔の色も良くなられました」
「そうだな。気分もすっきりしたし、体も軽くなった。今回は一体だけだったんだが、強力な奴で参っていたところだ」
「それは大変でございましたね」
そんな会話をしていたけれど、殿下はようやく私の後ろに控えるユリアに目が入ったようだ。切羽詰まっていたとはいえ、人に見られてしまった失態を少し悔やんだように目を細めた。
「彼女は……」
「我が家で勤めてくれている侍女、ユリア・ラドロです」
「ああ、そうか。一人連れ来ていいと言ったな」
私としても正直、秘密の職務を自分一人だけで抱えるには荷が重すぎる。殿下が期を急いてこの現場を見られたわけだし、今後も何かの拍子ごとに説明するのも大変だし、ユリアにも知っておいてもらいたい。けれど、それを決めるのは殿下だ。
すると殿下も話しておくべきかと考えたようで、私に尋ねてきた。
「彼女は信頼に足る人間か?」
「もちろんです! 意志を持って悪態はつきますが、口は硬いです!」
それって信用に足ると言っていいのかと殿下は苦笑いする。
「でもまあ、君がそう言うなら信頼して彼女に事情を説明しよう。もっともこの現場を見られて説明しないわけにもいかないからな」
殿下はそう切り出すと、私の社交界デビューでの出来事から今回の事まで順を追って説明し始める。
全て話し終えると、ユリアはいとも簡単に頷いた。
「さようでございましたか。承知いたしました」
何の感情も無く淡々とした返事をするユリアに、殿下は訝しげに眉をひそめた。
「君はこの話を信じたのか?」
ユリアは一瞬答えるかどうか迷ったようだったけれど、すぐに口を開く。
「私は自分が見たことがないものを存在すると言い切るほど、物事を知らないわけではありません」
「そうか」
うわぁぁぁ。
ユリアがユリアしている。私に向かって、人を選ぶから大丈夫とか言っちゃって、全然大丈夫ではないじゃない!
人のこととなると、得てして冷静に見られるものである。自分の普段の言動を棚上げにして、私はあわあわと狼狽える。
「ちょ、ちょっと、ユリア」
「――ですが。自分が見たことがないものを存在しないと言い切るほど、世界を知っているわけでもございません」
止めようとする私の上に被せてユリアが続けて言うと、殿下はわずかに目を見開いた。
「……なるほど」
殿下は面白そうにふっと笑った。
「物怖じしない口調といい、態度といい、考え方といい、さすがロザンヌ嬢の侍女だ」
うん? これって褒められているのかな。よし、褒められていることにしましょう。
「ユリア・ラドロ。君を歓迎しよう。ロザンヌ嬢の生活を補助してやってくれ」
「仰せのままに、エルベルト殿下」
ユリアはこれまで私には見せたこともない美しい所作で恭しく頭を垂れた。
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