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第31話 日中の身の置き所は
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「殿下、お呼びでしょうか」
私は殿下のデスクの前に立つ。
もちろん何かご用があるから執務室に呼び出されたわけだけれども、定例の挨拶として尋ねてしまう。
「ああ。君が休む部屋は用意したが、日中、控えてもらう部屋が用意できなくてな」
そう言いながら殿下は視線を流すので、私も釣られて同じ方向に視線をやる。そこには殿下のデスクよりも小ぶりだが、机が置かれていた。
はて。さっきまでこんな所に机が置いてあっただろうか。そういえば、微妙に部屋の配置が変わっている。
「そこで、その場所にいてもらうことにした」
…………は!?
「こ、ここにですか?」
「ああ」
「つ、常に?」
「ああ」
「絶対?」
「ああ」
ああしか言わない殿下に少しいらっとする。
「ですが、ここは執務室ですし、色んな方が出入りなさるのでは」
「そうだな。だからここで憑かれることが多い」
「分かります。分かりますとも。ですが、ここでは重要なお話があることでしょうし、たくさんのお偉い方々がお見えになるではありませんか。こんな小娘が常駐していてはおかしいでしょう」
そんな人たちが入ってくるこんな所で、しがない下級貴族の小娘がいるなんて不自然だし、何よりも私が落ち着かない。唯一、デスクが壁に向かって配置されていることだけが救いか。
「これまでも侍女が常時付いていることもあったから、特例というわけではない。場合によっては席を外してもらうことになるかもしれないが。それに私より偉い人間は早々入って来ないから心配することはない」
「え?」
一拍置いて、私はぱちりと手を打った。
「ああ! そう言えば、すっかり忘れておりましたが、殿下はお偉い人なのでした」
「……どうやらクロエの教育の成果はまだ出ていないようだな」
殿下は顔を引きつらせて笑う。
「ですが、わたくしはここで何をすればよろしいのでしょうか」
「そうだな。まずは君の学業を優先して、学校の予習や復習をしていてくれればいいが、来客があった時は給仕してもらうことになる」
「はい。かしこまりました」
ええ。私にだってそれぐらいはできます。
「それと来客した人間の顔をしっかり見ておいてくれ。どういう人間が憑かれやすいのか説明しておきたい。憑かれる人間にはある程度の規則性がある」
「――っ!」
そちらが私の本業かな。私には影が見えないから、外観から目安をつけるようにしておけということだろう。
「はい、承知いたしました。――あ。あの、殿下。お伺いしたいことが」
「何だ」
「はい。わたくしは今回殿下の侍女付きを務めさせていただくわけですが、国王陛下や王妃殿下へのご挨拶などはどのようにしたらよろしいでしょうか」
普通の事情ではないから、ご挨拶しないのは失礼ではないだろうか。
「ああ、すまない。私の配慮が足りなかった。今回の事は内密にしたいので、謁見という形を取るのは避けたい。だからその内、私が機会を作ろう。――他に何か要望は?」
「他に……」
あ。そうだ。学習の件、お願いしてみよう。
「殿下。一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「何だ」
「お恥ずかしいお話なのですが、わたくしは勉強があまり得意ではありません」
「そうなのか? なかなか頭が、いや舌が回るようだが」
殿下は少々からかうように手の甲で頬杖をつきながらそうおっしゃったので、私はお言葉をそのまま受け取って笑顔で応えた。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「うん。あんまり褒めてないかな」
私は殿下の言葉を軽く流して続ける。
「ですので、できましたら分からない所を教えてくださる人をご紹介いただければと思うのですが。――あ、クロエさんだけは除いて!」
私は強く強く力拳を作ると、殿下はクロエは駄目かとまた苦笑した。
駄目です、駄目駄目。マナー指導だけで散々いたぶられているのに、苦手な勉強まで彼女の指導なら、ますます勉強嫌いになってしまう。
指名できるならジェラルドさん一択ね。優しく教えてくれそうだから、できればジェラルドさんがいいなあ。無理かな。殿下の護衛官だし、お忙しそうだものね。
「分かった。では、私が教えよう」
「……ん。は、はいぃっ?」
「時間が空いた時に私が教える」
「で、殿下御自らですか!? い、いえ。恐れ多くも殿下に教わるだなんて、とんでもないことです! それにとてもお忙しい身の中、さらにお手を煩わせることなんてできません。お気持ちだけ賜ります」
殿下は殿下で、馬鹿にされそうで嫌です。ええ、それが本音です!
「私も仕事に没頭ばかりでは疲れる。気晴らしがしたい」
勉強を教えることが気張らしだなんて、嫌味ですか。うん、嫌味ですね。
「それに君に関わる人間をあまり増やしたくないからな」
気を許した私が、うっかり口を滑らせたりしないかと懸念した政治的な側面もあるのでしょう。ここは従うしかなさそうだ。
「分かりました。ではどうぞよろしくお願いいたします」
私は殿下の申し出を渋々ありがたく頂くことにした。
私は殿下のデスクの前に立つ。
もちろん何かご用があるから執務室に呼び出されたわけだけれども、定例の挨拶として尋ねてしまう。
「ああ。君が休む部屋は用意したが、日中、控えてもらう部屋が用意できなくてな」
そう言いながら殿下は視線を流すので、私も釣られて同じ方向に視線をやる。そこには殿下のデスクよりも小ぶりだが、机が置かれていた。
はて。さっきまでこんな所に机が置いてあっただろうか。そういえば、微妙に部屋の配置が変わっている。
「そこで、その場所にいてもらうことにした」
…………は!?
「こ、ここにですか?」
「ああ」
「つ、常に?」
「ああ」
「絶対?」
「ああ」
ああしか言わない殿下に少しいらっとする。
「ですが、ここは執務室ですし、色んな方が出入りなさるのでは」
「そうだな。だからここで憑かれることが多い」
「分かります。分かりますとも。ですが、ここでは重要なお話があることでしょうし、たくさんのお偉い方々がお見えになるではありませんか。こんな小娘が常駐していてはおかしいでしょう」
そんな人たちが入ってくるこんな所で、しがない下級貴族の小娘がいるなんて不自然だし、何よりも私が落ち着かない。唯一、デスクが壁に向かって配置されていることだけが救いか。
「これまでも侍女が常時付いていることもあったから、特例というわけではない。場合によっては席を外してもらうことになるかもしれないが。それに私より偉い人間は早々入って来ないから心配することはない」
「え?」
一拍置いて、私はぱちりと手を打った。
「ああ! そう言えば、すっかり忘れておりましたが、殿下はお偉い人なのでした」
「……どうやらクロエの教育の成果はまだ出ていないようだな」
殿下は顔を引きつらせて笑う。
「ですが、わたくしはここで何をすればよろしいのでしょうか」
「そうだな。まずは君の学業を優先して、学校の予習や復習をしていてくれればいいが、来客があった時は給仕してもらうことになる」
「はい。かしこまりました」
ええ。私にだってそれぐらいはできます。
「それと来客した人間の顔をしっかり見ておいてくれ。どういう人間が憑かれやすいのか説明しておきたい。憑かれる人間にはある程度の規則性がある」
「――っ!」
そちらが私の本業かな。私には影が見えないから、外観から目安をつけるようにしておけということだろう。
「はい、承知いたしました。――あ。あの、殿下。お伺いしたいことが」
「何だ」
「はい。わたくしは今回殿下の侍女付きを務めさせていただくわけですが、国王陛下や王妃殿下へのご挨拶などはどのようにしたらよろしいでしょうか」
普通の事情ではないから、ご挨拶しないのは失礼ではないだろうか。
「ああ、すまない。私の配慮が足りなかった。今回の事は内密にしたいので、謁見という形を取るのは避けたい。だからその内、私が機会を作ろう。――他に何か要望は?」
「他に……」
あ。そうだ。学習の件、お願いしてみよう。
「殿下。一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「何だ」
「お恥ずかしいお話なのですが、わたくしは勉強があまり得意ではありません」
「そうなのか? なかなか頭が、いや舌が回るようだが」
殿下は少々からかうように手の甲で頬杖をつきながらそうおっしゃったので、私はお言葉をそのまま受け取って笑顔で応えた。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「うん。あんまり褒めてないかな」
私は殿下の言葉を軽く流して続ける。
「ですので、できましたら分からない所を教えてくださる人をご紹介いただければと思うのですが。――あ、クロエさんだけは除いて!」
私は強く強く力拳を作ると、殿下はクロエは駄目かとまた苦笑した。
駄目です、駄目駄目。マナー指導だけで散々いたぶられているのに、苦手な勉強まで彼女の指導なら、ますます勉強嫌いになってしまう。
指名できるならジェラルドさん一択ね。優しく教えてくれそうだから、できればジェラルドさんがいいなあ。無理かな。殿下の護衛官だし、お忙しそうだものね。
「分かった。では、私が教えよう」
「……ん。は、はいぃっ?」
「時間が空いた時に私が教える」
「で、殿下御自らですか!? い、いえ。恐れ多くも殿下に教わるだなんて、とんでもないことです! それにとてもお忙しい身の中、さらにお手を煩わせることなんてできません。お気持ちだけ賜ります」
殿下は殿下で、馬鹿にされそうで嫌です。ええ、それが本音です!
「私も仕事に没頭ばかりでは疲れる。気晴らしがしたい」
勉強を教えることが気張らしだなんて、嫌味ですか。うん、嫌味ですね。
「それに君に関わる人間をあまり増やしたくないからな」
気を許した私が、うっかり口を滑らせたりしないかと懸念した政治的な側面もあるのでしょう。ここは従うしかなさそうだ。
「分かりました。ではどうぞよろしくお願いいたします」
私は殿下の申し出を渋々ありがたく頂くことにした。
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