つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
39 / 315

第39話 ジェラルド・コンスタントの極秘任務(一)

しおりを挟む
 私はジェラルド・コンスタント。
 光栄にもこの国の第一王位継承者であるエルベルト・フォンテーヌ殿下の護衛官であるとともに、官長職を拝命している。

 エルベルト殿下直属の護衛官に就いて五年となるが、殿下は十代にして数カ国語を自由にお操りになり、歴史学、政治学、帝王学、外交学、経済学といった、ありとあらゆるものに精通されており、また人々への配慮が素晴らしく人格にも優れたお方だ。
 もちろん天賦の才もお持ちだが、それに加えて並々ならぬ努力もなさっていることを存じている。

 王族ともなるとその栄華ゆえ、周りの人間は敵なる者か、敵には回せないが味方とも言えない者かで溢れかえっている。
 そんな人間たちに囲まれながらいいように利用されずに生きるためには、相手に決して弱みを見せないこと。王族として産まれし時よりそれらを本能的に感じ取られている殿下は、表面上は笑顔でおられても、誰に対しても心を開かれることはない。
 王家の習わしかもしれないが、職務上の必要事項以外が伝えられないこともその一つだろう。

 ただ、殿下は幼少期よりお体が丈夫ではないとのお話で、酷くお疲れになられやすいようだ。周りに気付かせないようにはしておられるが、顔色の悪さを隠すことはできない。それでも無理して動かれるのは、隙を見せられないという思いだけだろう。

 恐れ多くも何とかお力になれればと思うが、殿下の一番側に控える私でも殿下の行動をお止めする権限も無ければ、権利もない。ただもどかしく、辛く、そして悔しく思うだけだ。

 机に肘を立てて深く考えにふけっていると、不意に入室許可を得るためのノックがされた。
 顔を上げて気を取り直す。

「はい、どうぞ」
「失礼いたします」

 この場の空気に似つかわしくない、瑞々しい女性の声と共に小柄な二人の人物が入って来た。
 すぐに立ち上がる。

「おはようございます、ジェラルド様」
「ロザンヌ様、ユリアさん、おはようございます」
「……おはようございます」

 目の前のお方は、殿下直属の侍女に就いたばかりのロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様だ。
 このお方に対して殿下が礼に欠けた態度をお取りになられたということで、急遽、殿下付きの侍女として召し上げられた経緯がある。

 笑顔がお可愛らしく、快活で、でも謙虚で気遣いのできるお方で、会話の端々に聡明さも窺い知れるが、光と共に淀んだ闇が取り巻く王宮で殿下直属の侍女となるのには、まだお心もお身体も成熟していないのではと危惧してしまう。

 しかし、彼女には何らの力があるのだろうということを観察で気付いた。彼女が殿下とお会いした後は、お顔の色が優れなかった殿下に血色が戻っているからだ。
 それは超常的な力なのか、あるいは闇を跳ね除けるような彼女の明るさに救われているのか、私には知るよしもない。

「あの、ジェラルド様。昨日は大変失礼いたしました」

 小さい体をさらに小さくされて、おずおずと切り出されるロザンヌ様に自然と唇に笑みが浮かぶ。

「いいえ。こちらこそご迷惑をおかけいたしました」
「とんでもありません。――ほ、ほら。ユリア!」

 ロザンヌ様は後ろに控えていた彼女の侍女、ユリア・ラドロさんを前に押し出して横に並ばせた。するとユリアさんは特別な感情もない顔で私を見つめる。
 こう言っては失礼だが、まるで道ばたの石ころとして見つめられているような気分だ。唯一、目を合わせてくれているのが救いか。

「昨日は事情も知らず、失礼いたしました。昨日の私の非礼をどうぞお許しくださいませ。――それでは」

 淡々とそれだけ言うと、瞬く間に身を翻そうとする彼女の腕をロザンヌ様は慌てて捕まえる。

「あ、あの! こんな無器用な態度なのですが、実は昨夜ユリアは大いに、それはもう深く深く反省いたしまして、ジェラルド様に謝罪申し上げずには、胸が痛くて夜も眠れないとのことで、こちらに寄せていただいた次第なのです!」

 ロザンヌ様がユリアさんに代わって必死に弁明しようとするお姿があまりにもお可愛らしくて、失礼ながら微笑まずにはいられない。

「そうでしたか。それはありがとうございます」
「そ、そうです。そうよね。わたくしにそう言ったわよね、ユリア!」
「……です」

 そっぽを向いて仕方なく話を合わせるユリアさんと、言い方! と焦ってたしなめるロザンヌ様にまた笑顔がこぼれた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...