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第39話 ジェラルド・コンスタントの極秘任務(一)
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私はジェラルド・コンスタント。
光栄にもこの国の第一王位継承者であるエルベルト・フォンテーヌ殿下の護衛官であるとともに、官長職を拝命している。
エルベルト殿下直属の護衛官に就いて五年となるが、殿下は十代にして数カ国語を自由にお操りになり、歴史学、政治学、帝王学、外交学、経済学といった、ありとあらゆるものに精通されており、また人々への配慮が素晴らしく人格にも優れたお方だ。
もちろん天賦の才もお持ちだが、それに加えて並々ならぬ努力もなさっていることを存じている。
王族ともなるとその栄華ゆえ、周りの人間は敵なる者か、敵には回せないが味方とも言えない者かで溢れかえっている。
そんな人間たちに囲まれながらいいように利用されずに生きるためには、相手に決して弱みを見せないこと。王族として産まれし時よりそれらを本能的に感じ取られている殿下は、表面上は笑顔でおられても、誰に対しても心を開かれることはない。
王家の習わしかもしれないが、職務上の必要事項以外が伝えられないこともその一つだろう。
ただ、殿下は幼少期よりお体が丈夫ではないとのお話で、酷くお疲れになられやすいようだ。周りに気付かせないようにはしておられるが、顔色の悪さを隠すことはできない。それでも無理して動かれるのは、隙を見せられないという思いだけだろう。
恐れ多くも何とかお力になれればと思うが、殿下の一番側に控える私でも殿下の行動をお止めする権限も無ければ、権利もない。ただもどかしく、辛く、そして悔しく思うだけだ。
机に肘を立てて深く考えにふけっていると、不意に入室許可を得るためのノックがされた。
顔を上げて気を取り直す。
「はい、どうぞ」
「失礼いたします」
この場の空気に似つかわしくない、瑞々しい女性の声と共に小柄な二人の人物が入って来た。
すぐに立ち上がる。
「おはようございます、ジェラルド様」
「ロザンヌ様、ユリアさん、おはようございます」
「……おはようございます」
目の前のお方は、殿下直属の侍女に就いたばかりのロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様だ。
このお方に対して殿下が礼に欠けた態度をお取りになられたということで、急遽、殿下付きの侍女として召し上げられた経緯がある。
笑顔がお可愛らしく、快活で、でも謙虚で気遣いのできるお方で、会話の端々に聡明さも窺い知れるが、光と共に淀んだ闇が取り巻く王宮で殿下直属の侍女となるのには、まだお心もお身体も成熟していないのではと危惧してしまう。
しかし、彼女には何らの力があるのだろうということを観察で気付いた。彼女が殿下とお会いした後は、お顔の色が優れなかった殿下に血色が戻っているからだ。
それは超常的な力なのか、あるいは闇を跳ね除けるような彼女の明るさに救われているのか、私には知るよしもない。
「あの、ジェラルド様。昨日は大変失礼いたしました」
小さい体をさらに小さくされて、おずおずと切り出されるロザンヌ様に自然と唇に笑みが浮かぶ。
「いいえ。こちらこそご迷惑をおかけいたしました」
「とんでもありません。――ほ、ほら。ユリア!」
ロザンヌ様は後ろに控えていた彼女の侍女、ユリア・ラドロさんを前に押し出して横に並ばせた。するとユリアさんは特別な感情もない顔で私を見つめる。
こう言っては失礼だが、まるで道ばたの石ころとして見つめられているような気分だ。唯一、目を合わせてくれているのが救いか。
「昨日は事情も知らず、失礼いたしました。昨日の私の非礼をどうぞお許しくださいませ。――それでは」
淡々とそれだけ言うと、瞬く間に身を翻そうとする彼女の腕をロザンヌ様は慌てて捕まえる。
「あ、あの! こんな無器用な態度なのですが、実は昨夜ユリアは大いに、それはもう深く深く反省いたしまして、ジェラルド様に謝罪申し上げずには、胸が痛くて夜も眠れないとのことで、こちらに寄せていただいた次第なのです!」
ロザンヌ様がユリアさんに代わって必死に弁明しようとするお姿があまりにもお可愛らしくて、失礼ながら微笑まずにはいられない。
「そうでしたか。それはありがとうございます」
「そ、そうです。そうよね。わたくしにそう言ったわよね、ユリア!」
「……です」
そっぽを向いて仕方なく話を合わせるユリアさんと、言い方! と焦ってたしなめるロザンヌ様にまた笑顔がこぼれた。
光栄にもこの国の第一王位継承者であるエルベルト・フォンテーヌ殿下の護衛官であるとともに、官長職を拝命している。
エルベルト殿下直属の護衛官に就いて五年となるが、殿下は十代にして数カ国語を自由にお操りになり、歴史学、政治学、帝王学、外交学、経済学といった、ありとあらゆるものに精通されており、また人々への配慮が素晴らしく人格にも優れたお方だ。
もちろん天賦の才もお持ちだが、それに加えて並々ならぬ努力もなさっていることを存じている。
王族ともなるとその栄華ゆえ、周りの人間は敵なる者か、敵には回せないが味方とも言えない者かで溢れかえっている。
そんな人間たちに囲まれながらいいように利用されずに生きるためには、相手に決して弱みを見せないこと。王族として産まれし時よりそれらを本能的に感じ取られている殿下は、表面上は笑顔でおられても、誰に対しても心を開かれることはない。
王家の習わしかもしれないが、職務上の必要事項以外が伝えられないこともその一つだろう。
ただ、殿下は幼少期よりお体が丈夫ではないとのお話で、酷くお疲れになられやすいようだ。周りに気付かせないようにはしておられるが、顔色の悪さを隠すことはできない。それでも無理して動かれるのは、隙を見せられないという思いだけだろう。
恐れ多くも何とかお力になれればと思うが、殿下の一番側に控える私でも殿下の行動をお止めする権限も無ければ、権利もない。ただもどかしく、辛く、そして悔しく思うだけだ。
机に肘を立てて深く考えにふけっていると、不意に入室許可を得るためのノックがされた。
顔を上げて気を取り直す。
「はい、どうぞ」
「失礼いたします」
この場の空気に似つかわしくない、瑞々しい女性の声と共に小柄な二人の人物が入って来た。
すぐに立ち上がる。
「おはようございます、ジェラルド様」
「ロザンヌ様、ユリアさん、おはようございます」
「……おはようございます」
目の前のお方は、殿下直属の侍女に就いたばかりのロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様だ。
このお方に対して殿下が礼に欠けた態度をお取りになられたということで、急遽、殿下付きの侍女として召し上げられた経緯がある。
笑顔がお可愛らしく、快活で、でも謙虚で気遣いのできるお方で、会話の端々に聡明さも窺い知れるが、光と共に淀んだ闇が取り巻く王宮で殿下直属の侍女となるのには、まだお心もお身体も成熟していないのではと危惧してしまう。
しかし、彼女には何らの力があるのだろうということを観察で気付いた。彼女が殿下とお会いした後は、お顔の色が優れなかった殿下に血色が戻っているからだ。
それは超常的な力なのか、あるいは闇を跳ね除けるような彼女の明るさに救われているのか、私には知るよしもない。
「あの、ジェラルド様。昨日は大変失礼いたしました」
小さい体をさらに小さくされて、おずおずと切り出されるロザンヌ様に自然と唇に笑みが浮かぶ。
「いいえ。こちらこそご迷惑をおかけいたしました」
「とんでもありません。――ほ、ほら。ユリア!」
ロザンヌ様は後ろに控えていた彼女の侍女、ユリア・ラドロさんを前に押し出して横に並ばせた。するとユリアさんは特別な感情もない顔で私を見つめる。
こう言っては失礼だが、まるで道ばたの石ころとして見つめられているような気分だ。唯一、目を合わせてくれているのが救いか。
「昨日は事情も知らず、失礼いたしました。昨日の私の非礼をどうぞお許しくださいませ。――それでは」
淡々とそれだけ言うと、瞬く間に身を翻そうとする彼女の腕をロザンヌ様は慌てて捕まえる。
「あ、あの! こんな無器用な態度なのですが、実は昨夜ユリアは大いに、それはもう深く深く反省いたしまして、ジェラルド様に謝罪申し上げずには、胸が痛くて夜も眠れないとのことで、こちらに寄せていただいた次第なのです!」
ロザンヌ様がユリアさんに代わって必死に弁明しようとするお姿があまりにもお可愛らしくて、失礼ながら微笑まずにはいられない。
「そうでしたか。それはありがとうございます」
「そ、そうです。そうよね。わたくしにそう言ったわよね、ユリア!」
「……です」
そっぽを向いて仕方なく話を合わせるユリアさんと、言い方! と焦ってたしなめるロザンヌ様にまた笑顔がこぼれた。
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