つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
46 / 315

第46話 ユリア・ラドロの過去(二)

しおりを挟む
 物心がつく頃にもなると、自身の身の振り方を考えるようになっていた。
 身体能力が向上し、皮肉にも彼らのおかげで危機察知能力も身に付き、どうやったら逃げ切れるか、何よりもそもそもの危険を回避するためにはどうしたら良いかという思考力もついていた。

 結果、私が出した答えは彼らと手を切ることだった。弱い者を犠牲にして、自分たちは安全を確保するという彼らの浅知恵にいつまでも付き合ってやる義理はない。

 暴挙を繰り返して悪質犯罪者集団に指定されていた私たちのグループを捕まえるべく、とうとう騎士が動き出すという話を小耳にした私は、彼らとの最後の仕事ぬすみの日、まだ信じているフリをして騙し返した。

「ユリアァァーッ! 裏切りやがったのか、このクソ女! 誰が今まで面倒を見てやっていたと思っているんだ! 恩を仇で返しやがって、地獄に落やがれっ!」

 騎士に捕まった彼らは遠方で眺めている私に驚き、暴言をわめき散らす様を静かに見つめ返した。

 ざまあみろとは思わなかった。嬉しさは無かった。かといって後悔も無かった。悲しさも無かった。私には……何も無かった。何も感じることはできなかった。きっと裏切られた日から私の心はゆっくりと時を刻み、今やすっかり止まりきってしまったのだろう。

 でもこの世界で生きるための術を身につけたと思うことにした。

 彼らと決別しても私ができることは、これまで経験で学んできたこと、つまり盗みだけ。ただし彼らのやり方と違って気付かれないように、騒ぎを起こされないように静かに手際よく盗みを働く。

 中には大金が入っていることがあって、そんな時、私は決まって食べ物よりも身を綺麗にし、服を買うことを優先した。
 人は見た目によって扱いが左右される。小汚い格好をしていれば警戒されたり、盗みに気付かれた時、すぐに特定されて捕まりやすくなってしまうことを経験上、知っていたからだ。

 私はいつの間にか、次の盗みのための盗みをしていた。

 財布は一度盗めば、お金が泉のようにあふれ出るものではない。使えば無くなるものだ。全ての日が成功に終わるわけではなく、何も盗れない日も当然あった。
 小さい頃の一日というのは気が遠くなるほど長く、明日のことを思うと眠れない日々もあった。ともかく一日一日を生きぬことに必死だったように思う。

 しかしある時、ふと考えた。
 私はなぜこうまでして生きているのだろうと。泥水をすすってでも、人を傷つけてでも、人の心を失ってまでも、なぜ私は生きたいと思うのだろう。目の前はまっ暗闇で、何一つ道が見えはしないのに。

 何のために、何の目的があって生きようと思っているのだろう。いっそうのこと、この王国に流れる大川に身を委ねて流されてしまった方が楽なのではないだろうかと。

 そんな折りに私はロザンヌ様に出会った。
 小綺麗にした、おそらく貴族と思われる男性から財布を盗み取った後のことだった。路地裏で財布の中身を確認しようとしたその時。

 ガシッ。
 私の腕が取られた。

 まさか!? 誰かに見つかった気配はなかったのに。殺気などなかったのに。

 驚いて捕まれている腕の方向へと視線を上げるとそこには誰もいない。慌てて今度は下を見るとそこにいたのは小さな女の子。

 瑞々しさと柔らかさを感じる白い肌、太陽に透けてきらきら光り、ふんわりカールした髪と薄い緑色のくりくりとした目で、可愛い服に身を包んだ幼女がこちらを見上げている。
 いつかどこかで見たことがあるような、光をまとった天使のような子だ。

「な、何?」
「ロザンヌのおとうさま、しりませんか」

 身なりが良く、お上品な言葉を使うこの子は貴族か、豪商の娘なのだろう。親とはぐれたらしい。

「知らない。離してくれる」
「やだぁぁぁ。おとうさま、どこ!?」
「知らないったら。離しなさいよ」

 手を解こうと振り上げようとした瞬間、彼女は火が付いたように泣き叫んだ。

「おとうさま、おとうさま、おとうさまあぁぁぁ!」
「ちょっ。静かに、だま、黙って」

 まさかまだ十歳程度の私がこの幼女を誘拐するなどとは思われはしないだろうが、彼女の声で人が集まってくるのはまずい。

「だって、おとうさまぁぁ!」
「わ、分かった。分かったから黙って。一緒に探してあげるから」

 そんな義理は全く無いけれど、意外と力強い幼女は私の腕を掴んで離さない。また泣き喚かれても面倒だし、さっさと父親に会わせてやって解放される方がましだろうと思った。

「ほんとう?」
「ええ。どこから来たの」

 彼女の父親も探しているだろうし、下手に歩き回らない方がいい。ただし、元の道にいる方がいいだろう。

「あっち」

 彼女はしっかりと指で方向を示した。
 表通りか。今、そこで財布をすってきたばかりだから戻るのは気が進まないが……。

 ちらりと彼女を見ると、意志の強そうな瞳で私をじっと見つめている。
 振り切って逃げても騒ぎながらついてきそうだ。

 私は分かった行こうと、ため息をついてポケットに財布をしまった。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...