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第48話 ユリア・ラドロの過去(四)
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既に捕まえた気で余裕な態度を見せるところが素人だ。その油断がこの世界では命取りになる。隙を見て彼女の手を振り切りさえすれば、逃げ足が速く、この街の道を知り尽くしている私に分がある。
「おとうさま、わたくしのどーさつりょく。すごいでしょう」
鼻高々に彼女が父親へと振り返った瞬間、私は今だと手を素早く振り払い、逃げだし――だせない!?
ガッチリ掴まれて動きを止められる。
何なのこの幼女のくせに力持ちは!
こちらへと再び振り返った彼女は、私の心中を察したようにんまりと笑った。
「ふっふっふっふ。これだから、とかいの女はダメだというの。木のぼりしたことがないのでしょう。森の中でかけまわったことがないのでしょう。どーくつをたんけんしたことがないのでしょう。こちとら、日び、きびしいしぜんにきたえられているのですからね。子どもだとおもって、ゆだんしたのでしょうが、あなたはまだまだみじゅくものですね」
ふふんと大人ぶって鼻息荒く笑う彼女。
この幼女。……何だかムカつく。
そう思ってふと気付いた。久々に感じる感情だ。
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだい、ロザンヌ……」
彼女の父親は眉を落としての困り顔だ。一方の彼女は構わず、さっきと打って変わって不思議そうに私を見つめた。
「ねえ。ユリアにはあながあいているの?」
「あな……穴?」
「人のものをぬすむのはね、こころにポッカリと、あながあいているからなんだって。おとうさまがおっしゃっていたわ」
「心に穴が」
彼女の言葉に従ったわけではないが、自然と自分の胸に手を当てていた。
「あいていてさみしいから、ぬすんだものをそこにいれて、こころをみたそうとするんだって。でもね。ぬすんだものはじぶんのものじゃないから、すぐにきえちゃうんだって。だからまたぬすむの」
一時的に満たされたとしても、明日は生きられるだろうか。明後日は? 明明後日は?
近い未来ですら希望の光はなく、日々の不安は消えない。だから何度も何度でも盗み続ける。生きるために盗むのか、盗むために生きるのか、それすらもう分からなくなるほどに。
「あなはね、人にきずつけられると大きくなるんだって。ユリアも? ユリアもだれかにきずつけられたのね? きずはいたい? つらいよね? このあたり? このあたりかな? ロザンヌがなおしてあげるからね。いたいのいたいの、とんでいけー。とんでいけー」
彼女は私の胸に小さな手を当てて一生懸命さすってくれる。
痛い。つらい。
そんな感覚はとうの昔に忘れたもの。私の心の時間は止まってしまった。さび付いて止まってしまった時間は誰にも、自分でさえ再び動かすことなどできない。
……だから。
頬に流れる熱いものは私のものではなくて、きっと幼くて何も知らなかったあの頃の私のもの。あの頃の私が何度も流した涙。
「おとうさま。ユリア、いたそう! ど、どうしよう!?」
「そうだね。後は私が何とかしよう。ロザンヌに格好いい所を持って行かれてばかりだからね」
彼女の父親は娘の頭にぽんと手をやると私に優しい目を向け、頬にハンカチを当ててくれた。
「ユリア、ご両親はいるのかい」
私は無言で首を振る。
「そうか。ずっと一人で生きて来たのかい?」
「途中までは仲間……盗みの集団に」
「なるほど。そうだったか。そこで生きる術を嫌でも知ってしまったんだね」
彼女の父親は娘にしたのと同じように、私の頭にぽんと手をやった。
「これまでよく頑張って生きてくれたね」
頑張って生きたのだろうか。私は頑張って生きたのだろうか。生きる目的など見えなかったけれど、それでも頑張って……。
「ユリア。君の心の穴は、君自身の嬉しいとか、楽しいとか、面白いなとか、大好きなどの感情で埋めていくしか治せないんだ。時間もかかるだろう。でもね、それを手伝ってあげられると思う」
「それってロザンヌもてつだえる?」
「もちろん」
口を挟む彼女に父親は大きく頷く。すると彼女はぱっと明るく表情を輝かせた。
「じゃあ、ロザンヌもてつだう! ロザンヌがてつだえば、ひゃく人りきよ! アッというまにうめてあげる!」
「そうだね」
娘に笑顔で答えて、彼女から私に視線を移した。
「ユリア、うちにおいで」
「……え?」
「うちは妻と息子が二人いてね。この通り、跳ねっ返りの娘もいる。この子と一緒に遊んであげてほしいんだ。そして君に教育も施そう。いつか心の穴が埋まった時、君が良い形で生きていけるように。だから。ね、うちにおいで」
「ユリア、うちにくるの!? いこういこうー!」
彼女は満面の笑顔で小さな手を私に差し出した。さっきは握れなかった可愛い綺麗な手だ。
彼女の父親をおずおずと見上げると彼は頷く。
私は意を決すると、子供らしい温かい彼女の手をそっと取った。
「おとうさま、わたくしのどーさつりょく。すごいでしょう」
鼻高々に彼女が父親へと振り返った瞬間、私は今だと手を素早く振り払い、逃げだし――だせない!?
ガッチリ掴まれて動きを止められる。
何なのこの幼女のくせに力持ちは!
こちらへと再び振り返った彼女は、私の心中を察したようにんまりと笑った。
「ふっふっふっふ。これだから、とかいの女はダメだというの。木のぼりしたことがないのでしょう。森の中でかけまわったことがないのでしょう。どーくつをたんけんしたことがないのでしょう。こちとら、日び、きびしいしぜんにきたえられているのですからね。子どもだとおもって、ゆだんしたのでしょうが、あなたはまだまだみじゅくものですね」
ふふんと大人ぶって鼻息荒く笑う彼女。
この幼女。……何だかムカつく。
そう思ってふと気付いた。久々に感じる感情だ。
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだい、ロザンヌ……」
彼女の父親は眉を落としての困り顔だ。一方の彼女は構わず、さっきと打って変わって不思議そうに私を見つめた。
「ねえ。ユリアにはあながあいているの?」
「あな……穴?」
「人のものをぬすむのはね、こころにポッカリと、あながあいているからなんだって。おとうさまがおっしゃっていたわ」
「心に穴が」
彼女の言葉に従ったわけではないが、自然と自分の胸に手を当てていた。
「あいていてさみしいから、ぬすんだものをそこにいれて、こころをみたそうとするんだって。でもね。ぬすんだものはじぶんのものじゃないから、すぐにきえちゃうんだって。だからまたぬすむの」
一時的に満たされたとしても、明日は生きられるだろうか。明後日は? 明明後日は?
近い未来ですら希望の光はなく、日々の不安は消えない。だから何度も何度でも盗み続ける。生きるために盗むのか、盗むために生きるのか、それすらもう分からなくなるほどに。
「あなはね、人にきずつけられると大きくなるんだって。ユリアも? ユリアもだれかにきずつけられたのね? きずはいたい? つらいよね? このあたり? このあたりかな? ロザンヌがなおしてあげるからね。いたいのいたいの、とんでいけー。とんでいけー」
彼女は私の胸に小さな手を当てて一生懸命さすってくれる。
痛い。つらい。
そんな感覚はとうの昔に忘れたもの。私の心の時間は止まってしまった。さび付いて止まってしまった時間は誰にも、自分でさえ再び動かすことなどできない。
……だから。
頬に流れる熱いものは私のものではなくて、きっと幼くて何も知らなかったあの頃の私のもの。あの頃の私が何度も流した涙。
「おとうさま。ユリア、いたそう! ど、どうしよう!?」
「そうだね。後は私が何とかしよう。ロザンヌに格好いい所を持って行かれてばかりだからね」
彼女の父親は娘の頭にぽんと手をやると私に優しい目を向け、頬にハンカチを当ててくれた。
「ユリア、ご両親はいるのかい」
私は無言で首を振る。
「そうか。ずっと一人で生きて来たのかい?」
「途中までは仲間……盗みの集団に」
「なるほど。そうだったか。そこで生きる術を嫌でも知ってしまったんだね」
彼女の父親は娘にしたのと同じように、私の頭にぽんと手をやった。
「これまでよく頑張って生きてくれたね」
頑張って生きたのだろうか。私は頑張って生きたのだろうか。生きる目的など見えなかったけれど、それでも頑張って……。
「ユリア。君の心の穴は、君自身の嬉しいとか、楽しいとか、面白いなとか、大好きなどの感情で埋めていくしか治せないんだ。時間もかかるだろう。でもね、それを手伝ってあげられると思う」
「それってロザンヌもてつだえる?」
「もちろん」
口を挟む彼女に父親は大きく頷く。すると彼女はぱっと明るく表情を輝かせた。
「じゃあ、ロザンヌもてつだう! ロザンヌがてつだえば、ひゃく人りきよ! アッというまにうめてあげる!」
「そうだね」
娘に笑顔で答えて、彼女から私に視線を移した。
「ユリア、うちにおいで」
「……え?」
「うちは妻と息子が二人いてね。この通り、跳ねっ返りの娘もいる。この子と一緒に遊んであげてほしいんだ。そして君に教育も施そう。いつか心の穴が埋まった時、君が良い形で生きていけるように。だから。ね、うちにおいで」
「ユリア、うちにくるの!? いこういこうー!」
彼女は満面の笑顔で小さな手を私に差し出した。さっきは握れなかった可愛い綺麗な手だ。
彼女の父親をおずおずと見上げると彼は頷く。
私は意を決すると、子供らしい温かい彼女の手をそっと取った。
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