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第106話 心が乱れているから
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「もう! また目が腫れちゃったじゃないの」
涙もろくなったのはユリアのせいだ。私は彼女に文句をつけた。
「申し訳ありません。冷やす物を持って来ます」
申し訳ないと思っているのか、いないのか彼女は相変わらず淡々と答え、そのまま奥へと姿を消す。
前回はこうしてユリアを待っていると、殿下がこちらに入って来ようとしたっけ。結局開けてしまったけど。
そう考えた矢先、殿下の部屋に繋がる扉で鍵が回るような音が聞こえた。
え。嘘。まさか、また!?
私は走り寄ると慌ててノブを掴んだ。
「で、殿下ですか!?」
「ああ。開けてくれ」
いつもいつもタイミングが悪すぎます!
「また影ですか!?」
「それ以外に何がある。執務室に少し用事があって寄ったら、影が憑いている人に会って、私に取り憑いた」
たとえ影だとしても、うら若き婦女子の部屋に勝手に入ってこようとするな!
「今は取り込んでいます!」
「悪いが急ぎではないのなら、そちらを後にしてもらえないか」
殿下は前と同じセリフを言った。
「き、着替え中です! そう、わたくしは着替え中なのです! 待てますか?」
「正直厳しいな」
厳しいから了承もせずに入って来ようとしていたのかもしれない。
私はため息をつく。
「分かりました。でしたら、今から手だけお出しいたしましょう。それでいいですか?」
「……分かった」
やや不満そうだけれど、了承されたので私はノブを離すと扉をわずかに開き、手を伸ばす。
直後、大きくて熱い手でがしりと掴まれ、思わずびくりと肩が跳ねた。
「あ、熱い手ですね」
「ああ」
殿下の影祓いを始めて分かったことだけれど、殿下の手が冷たい時と熱い時がある。影の力の差かと思っていたが、殿下が言うには影にも種類があるかもしれないとのことだ。
人間と同じように煮えたぎるような感情や、凍り付くような冷え冷えとした感情のように、それぞれの思いによって体感が違うとか。前者は主に熱っぽくなって寝込むような不調が起こり、後者は精神的に追い詰められて息苦しくなるそうだ。
どちらにしても恐ろしいものには違いない。
ルイス王太子殿下の恋人だった魔術師様は、本当に何を思ってこんな呪いをかけたのだろう。それほど憎く思っていたのだろうか。子々孫々に至るまで?
一度は好きになった人を苦しめたくなるほど、激しい恋だったのだろうか。でもそれほど強い思いなら、同じくらいルイス王太子殿下の婚約者様にも憎しみを向けてもおかしくないと思うのに、なぜ婚約者様にはその思いを向けなかったのだろう。
もし私が同じ立場だったなら……私なら何でしょうか。
ぼーっと考えていると不意に手をぐいっと引っ張られる。
「なっ!?」
あまりにも突然の事態に踏ん張ることもできずに、扉を自らの体で押し開ける形で部屋に引き込まれた。
手はすぐ離され、思わず殿下を見上げると。
「やはり着替えではな――また泣いていたのか」
泣き顔をまた見られたと気付いた私は慌てて下を向いた。
「どうした? ……やはり家族が恋しくて泣いていたのか?」
殿下がご家族と楽しそうにしている様子を、私はそんなに羨ましく見ていたのだろうか。しかし全くの見当違いだ。
「いいえ。違います。ユリアの話を聞いていたのです」
「そうか」
少しほっとしているような口調は何なのだろうか。ユリアの話だったらいいと言うのか。
意味もなく、むっとしてしまう。
「と言いますか、殿下。本当にわたくしがお着替え中だったらどうするのです。大問題ですよ!」
「……悪い。多分嘘だろうと思ったからだが、本当だったらまずかったな。しかし何と言うか、手だけ借りて影祓いというのも物足りないというか、味気ないというか、単なる事務的というか」
しどろもどろと、どうにも歯切れ悪そうに答える殿下に私は首を傾げる。
「実際、掃除婦としての業務ではありますが?」
「確かにそうだが……君という存在を感じないと何とも」
「え?」
「あ。いや」
殿下は何かを誤魔化そうとするように咳払いをした。
「とにかくだ。私に嘘はつかないように」
「……それは。ご命令ですか?」
「え?」
殿下は目を見張り、私自身も自分の言葉にびっくりする。
なぜ私はこんな嫌な言葉で尋ねるのだろう。自分でも分からない。
「いや。命令ではない。……私からのお願いだ」
「申し訳ございません。不躾な事を申しました。ご無礼をお詫びいたします。ユリアの話を聞いて心乱れているようです。影祓いが終了しましたのならば、本日はここで失礼いたします」
「あ、待っ。……いや、ゆっくり休んでくれ」
一度は止めようとした殿下だったが、言葉を切ると労りの言葉をかけてくださった。
「ありがとう存じます。それでは」
私は礼を取ると部屋を出て、殿下の部屋に繋がる扉をばたりと閉じた。
涙もろくなったのはユリアのせいだ。私は彼女に文句をつけた。
「申し訳ありません。冷やす物を持って来ます」
申し訳ないと思っているのか、いないのか彼女は相変わらず淡々と答え、そのまま奥へと姿を消す。
前回はこうしてユリアを待っていると、殿下がこちらに入って来ようとしたっけ。結局開けてしまったけど。
そう考えた矢先、殿下の部屋に繋がる扉で鍵が回るような音が聞こえた。
え。嘘。まさか、また!?
私は走り寄ると慌ててノブを掴んだ。
「で、殿下ですか!?」
「ああ。開けてくれ」
いつもいつもタイミングが悪すぎます!
「また影ですか!?」
「それ以外に何がある。執務室に少し用事があって寄ったら、影が憑いている人に会って、私に取り憑いた」
たとえ影だとしても、うら若き婦女子の部屋に勝手に入ってこようとするな!
「今は取り込んでいます!」
「悪いが急ぎではないのなら、そちらを後にしてもらえないか」
殿下は前と同じセリフを言った。
「き、着替え中です! そう、わたくしは着替え中なのです! 待てますか?」
「正直厳しいな」
厳しいから了承もせずに入って来ようとしていたのかもしれない。
私はため息をつく。
「分かりました。でしたら、今から手だけお出しいたしましょう。それでいいですか?」
「……分かった」
やや不満そうだけれど、了承されたので私はノブを離すと扉をわずかに開き、手を伸ばす。
直後、大きくて熱い手でがしりと掴まれ、思わずびくりと肩が跳ねた。
「あ、熱い手ですね」
「ああ」
殿下の影祓いを始めて分かったことだけれど、殿下の手が冷たい時と熱い時がある。影の力の差かと思っていたが、殿下が言うには影にも種類があるかもしれないとのことだ。
人間と同じように煮えたぎるような感情や、凍り付くような冷え冷えとした感情のように、それぞれの思いによって体感が違うとか。前者は主に熱っぽくなって寝込むような不調が起こり、後者は精神的に追い詰められて息苦しくなるそうだ。
どちらにしても恐ろしいものには違いない。
ルイス王太子殿下の恋人だった魔術師様は、本当に何を思ってこんな呪いをかけたのだろう。それほど憎く思っていたのだろうか。子々孫々に至るまで?
一度は好きになった人を苦しめたくなるほど、激しい恋だったのだろうか。でもそれほど強い思いなら、同じくらいルイス王太子殿下の婚約者様にも憎しみを向けてもおかしくないと思うのに、なぜ婚約者様にはその思いを向けなかったのだろう。
もし私が同じ立場だったなら……私なら何でしょうか。
ぼーっと考えていると不意に手をぐいっと引っ張られる。
「なっ!?」
あまりにも突然の事態に踏ん張ることもできずに、扉を自らの体で押し開ける形で部屋に引き込まれた。
手はすぐ離され、思わず殿下を見上げると。
「やはり着替えではな――また泣いていたのか」
泣き顔をまた見られたと気付いた私は慌てて下を向いた。
「どうした? ……やはり家族が恋しくて泣いていたのか?」
殿下がご家族と楽しそうにしている様子を、私はそんなに羨ましく見ていたのだろうか。しかし全くの見当違いだ。
「いいえ。違います。ユリアの話を聞いていたのです」
「そうか」
少しほっとしているような口調は何なのだろうか。ユリアの話だったらいいと言うのか。
意味もなく、むっとしてしまう。
「と言いますか、殿下。本当にわたくしがお着替え中だったらどうするのです。大問題ですよ!」
「……悪い。多分嘘だろうと思ったからだが、本当だったらまずかったな。しかし何と言うか、手だけ借りて影祓いというのも物足りないというか、味気ないというか、単なる事務的というか」
しどろもどろと、どうにも歯切れ悪そうに答える殿下に私は首を傾げる。
「実際、掃除婦としての業務ではありますが?」
「確かにそうだが……君という存在を感じないと何とも」
「え?」
「あ。いや」
殿下は何かを誤魔化そうとするように咳払いをした。
「とにかくだ。私に嘘はつかないように」
「……それは。ご命令ですか?」
「え?」
殿下は目を見張り、私自身も自分の言葉にびっくりする。
なぜ私はこんな嫌な言葉で尋ねるのだろう。自分でも分からない。
「いや。命令ではない。……私からのお願いだ」
「申し訳ございません。不躾な事を申しました。ご無礼をお詫びいたします。ユリアの話を聞いて心乱れているようです。影祓いが終了しましたのならば、本日はここで失礼いたします」
「あ、待っ。……いや、ゆっくり休んでくれ」
一度は止めようとした殿下だったが、言葉を切ると労りの言葉をかけてくださった。
「ありがとう存じます。それでは」
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