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第169話 出した言葉は嘘じゃない。けれど
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「おはようございます、殿下」
「ああ、おはよう。来たのか」
「ええ。もちろんですわ。わたくしがお休みでも、殿下はお仕事されるとおっしゃっていましたもの。来ないわけには参りませんでしょう?」
私は口に手を当てて、ほほほと笑う。
「捉え方の問題だな。私は休んで良いと言ったはずだ」
いけしゃしゃあと!
まあ、それは置いておきましょう。
「ごきげんいかがでしょうか」
「ああ。ご覧の通り、動けてはいるといったところか」
「もしかして影が?」
「いや。ただ体が疲れているだけだ。あの後は影に取り憑かれることはなかった」
殿下もダンスに引っ張り出されたり、色々な所に顔を出されたりしたのだろう。
「そうですか。良かったです。お疲れですのに、良かったと言ってよいのか分かりませんが」
あ、そうだ。
殿下が私の両親にご挨拶に来てくださっていたことへのお礼を伝えなくちゃ。
「殿下、わたくしの両親へご挨拶に訪れてくださったそうで、ありがとうございます」
「いや。他にも回らなければならない所があって、短い挨拶でかえって失礼したが」
「いいえ。両親共に喜んでおりました」
「そうか。またよろしく伝えておいてくれ。そういえば、君はまだ部屋に帰っていなかったんだな」
「ええ。あの後、友人と談話しておりまして」
クラウディア嬢の事を伝えておいた方がいいだろうか。でも殿下にとっては関係のないお話だし、ただの告げ口か愚痴みたいにも聞こえるかな。やっぱり止めよう。
「ところで、クラウディア嬢と一悶着あったと聞いた」
「そうなのです。――はっ!? な、なぜそれを!?」
殿下はため息をついた。
「私が話に出さなければ、言わないつもりだったのか?」
「だって陰口に聞こえますもの。これはクラウディア様とわたくしたちの間だけの揉め事だったわけですので。殿下はどなたからお聞きになったのですか」
「……セリアンだ」
「まあ。セリアン様が。お二人は仲が良ろしいのですね」
「仲が良い?」
殿下は眉をひそめて複雑そうな顔をした。
なるほど。それだけで二人の関係性が分かろうというものである。
「歳が近いから人より話すことはある……とでも言っておこうか」
昨日のセリアン様の言動を見ていると、マイペースな方だから一方的に話をして気が済んだら、じゃあねと去ってそうだ。
思わず想像して私も苦笑いしてしまった。
「それより災難だった」
「あ、いえ」
話を戻されて私はすぐに頭を切り換える。
「災難だったのは巻き込まれたマリアンジェラ様です。わたくし共を庇ってくださるために自らドレスにジュースをかけられたのですから」
「そうか。主催者側として晩餐会の場を収めてくれた礼を言っておくべきだな」
ドレスは大丈夫だったかしら。それに気がかりがもう一つ。マリアンジェラ様がクラウディア嬢にハンカチを差し出されたことだ。
ただ、仮にクラウディア嬢がよからぬ事を考えていたとしても公爵令嬢様相手に、うかつに手を出さないだろう。それに万が一、行使したとしてもマリアンジェラ様が心に闇を抱えていたり、心身が弱っているご様子ではなかった。だから、影が取り憑くことにはならないはず。しかし、やはり殿下にお伝えはしてお――。
「それにしても、あの物静かなマリアンジェラが表舞台に出るとは驚きだ」
「え?」
殿下は微笑ましそうに笑みを作る一方で、私は殿下の柔らかな表情とその発言にどきりとした。
親しげに、女性に対する儀礼称号抜きのお名前でマリアンジェラ様をお呼びしたからだ。
「マリアンジェラ様とも、な、仲が良ろしいのですか?」
よく尋ねられたと自分でも思う。でも聞かずにはいられなかった。
「仲が良いというよりは婚約者候補の筆頭だからな。昔からの知り合いだ」
婚約者候補の筆頭!
そうか。マリアンジェラ様は公爵令嬢様だ。誰よりも殿下の婚約者になる可能性が高い。
「第一婚約者候補なのですね」
「ああ。公爵家はいくつかあるが、娘がいても既に嫁いでいたり、逆に幼すぎたりしている中、マリアンジェラとは年齢が近いから第一候補とされてきた。もちろん決定ではないが」
「そ、そうでしたか。マリアンジェラ様は品がとても良ろしいですし、お優しい方でいらっしゃいますものね。マリアンジェラ様こそ婚約者候補に相応しいお方です。わ、わたくしがお薦めするのですから間違いありません」
冗談っぽく上から目線で言ってみた。
私は今、ちゃんと笑えているだろうか。嘘を言っているつもりはない。殿下に相応しいお方だと心から思っている。けれど、自分で出した言葉がちゃんと顔に反映されているだろうか。
「……そうかもな」
私の顔を真っ直ぐ見ていた殿下は薄く唇を引くと、視線をすっと逸らした。
「ああ、おはよう。来たのか」
「ええ。もちろんですわ。わたくしがお休みでも、殿下はお仕事されるとおっしゃっていましたもの。来ないわけには参りませんでしょう?」
私は口に手を当てて、ほほほと笑う。
「捉え方の問題だな。私は休んで良いと言ったはずだ」
いけしゃしゃあと!
まあ、それは置いておきましょう。
「ごきげんいかがでしょうか」
「ああ。ご覧の通り、動けてはいるといったところか」
「もしかして影が?」
「いや。ただ体が疲れているだけだ。あの後は影に取り憑かれることはなかった」
殿下もダンスに引っ張り出されたり、色々な所に顔を出されたりしたのだろう。
「そうですか。良かったです。お疲れですのに、良かったと言ってよいのか分かりませんが」
あ、そうだ。
殿下が私の両親にご挨拶に来てくださっていたことへのお礼を伝えなくちゃ。
「殿下、わたくしの両親へご挨拶に訪れてくださったそうで、ありがとうございます」
「いや。他にも回らなければならない所があって、短い挨拶でかえって失礼したが」
「いいえ。両親共に喜んでおりました」
「そうか。またよろしく伝えておいてくれ。そういえば、君はまだ部屋に帰っていなかったんだな」
「ええ。あの後、友人と談話しておりまして」
クラウディア嬢の事を伝えておいた方がいいだろうか。でも殿下にとっては関係のないお話だし、ただの告げ口か愚痴みたいにも聞こえるかな。やっぱり止めよう。
「ところで、クラウディア嬢と一悶着あったと聞いた」
「そうなのです。――はっ!? な、なぜそれを!?」
殿下はため息をついた。
「私が話に出さなければ、言わないつもりだったのか?」
「だって陰口に聞こえますもの。これはクラウディア様とわたくしたちの間だけの揉め事だったわけですので。殿下はどなたからお聞きになったのですか」
「……セリアンだ」
「まあ。セリアン様が。お二人は仲が良ろしいのですね」
「仲が良い?」
殿下は眉をひそめて複雑そうな顔をした。
なるほど。それだけで二人の関係性が分かろうというものである。
「歳が近いから人より話すことはある……とでも言っておこうか」
昨日のセリアン様の言動を見ていると、マイペースな方だから一方的に話をして気が済んだら、じゃあねと去ってそうだ。
思わず想像して私も苦笑いしてしまった。
「それより災難だった」
「あ、いえ」
話を戻されて私はすぐに頭を切り換える。
「災難だったのは巻き込まれたマリアンジェラ様です。わたくし共を庇ってくださるために自らドレスにジュースをかけられたのですから」
「そうか。主催者側として晩餐会の場を収めてくれた礼を言っておくべきだな」
ドレスは大丈夫だったかしら。それに気がかりがもう一つ。マリアンジェラ様がクラウディア嬢にハンカチを差し出されたことだ。
ただ、仮にクラウディア嬢がよからぬ事を考えていたとしても公爵令嬢様相手に、うかつに手を出さないだろう。それに万が一、行使したとしてもマリアンジェラ様が心に闇を抱えていたり、心身が弱っているご様子ではなかった。だから、影が取り憑くことにはならないはず。しかし、やはり殿下にお伝えはしてお――。
「それにしても、あの物静かなマリアンジェラが表舞台に出るとは驚きだ」
「え?」
殿下は微笑ましそうに笑みを作る一方で、私は殿下の柔らかな表情とその発言にどきりとした。
親しげに、女性に対する儀礼称号抜きのお名前でマリアンジェラ様をお呼びしたからだ。
「マリアンジェラ様とも、な、仲が良ろしいのですか?」
よく尋ねられたと自分でも思う。でも聞かずにはいられなかった。
「仲が良いというよりは婚約者候補の筆頭だからな。昔からの知り合いだ」
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そうか。マリアンジェラ様は公爵令嬢様だ。誰よりも殿下の婚約者になる可能性が高い。
「第一婚約者候補なのですね」
「ああ。公爵家はいくつかあるが、娘がいても既に嫁いでいたり、逆に幼すぎたりしている中、マリアンジェラとは年齢が近いから第一候補とされてきた。もちろん決定ではないが」
「そ、そうでしたか。マリアンジェラ様は品がとても良ろしいですし、お優しい方でいらっしゃいますものね。マリアンジェラ様こそ婚約者候補に相応しいお方です。わ、わたくしがお薦めするのですから間違いありません」
冗談っぽく上から目線で言ってみた。
私は今、ちゃんと笑えているだろうか。嘘を言っているつもりはない。殿下に相応しいお方だと心から思っている。けれど、自分で出した言葉がちゃんと顔に反映されているだろうか。
「……そうかもな」
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