つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第196話 書庫は危険が一杯

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 謎しかない。新しい情報が出てきても、謎が解けるばかりか増えるばかりだ。
 ああ、頭が痛い。
 しかし殿下とデレク管理官の会話はまだ続く。

「それにしても箱はともかく、よく規程書が傷まずに引き継がれてきたな」

 あ。確かに。
 ルイス王時代の文字が書かれた規程書があったということは、そこから少なくとも四百年ほどは続いているわけだものね。

「さすがに何代もの人の手に渡れば規程書は傷んでしまいますからね。ジェラルドも行ったと思いますが、新しく護衛官長になった人間は前任者立ち会いのもと、任務初日に規程書を身を正して写しながら条文を頭に叩き込むのが通例です。それを任務期間中、保管しておきます」
「つまり箱の中に自分が書いた規程書を収めておくということか?」

 じゃあ、ジェラルドさんの机に広げられていた規程書はご自分で書かれたものということかな。

「ええ。その通りです。そしてまたそれを次世代に繋ぐわけです」
「では、前任者が書いた規程書はどこに行く?」
「退任時に前任者が自身で持ち帰ります。一応、保存期間は十年となっておりますが、中には無くしたり捨ててしまった人もいるそうですよ」
「いいのか、それで……」

 苦笑いする殿下に、デレク管理官は釣られて苦笑いを浮かべる。

「けしからんことですがね。まあ、規程内容自体は引き継がれていますからね」

 意外といい加減だ。ジェラルドさんは十年と言わず、一生涯保管しそうだけれど。ともかく、原文の存在を知らないデレク管理官からこれ以上の情報を引き出すことはできないだろう。
 殿下もそう判断したらしい。なるほど興味深かったと話を切った。

「では、そろそろ書庫室に行く」
「はい。承知いたしました」
「行ってらっしゃいませ」

 デレク管理官に続いて、ジェラルドさんがそう言ったので私は首を傾げた。

「ジェラルド様は入られないのですか?」
「私も元騎士でまだ若い者に負けるつもりはないが、さすがにジェラルドを相手にするとなると厳しいですからね」

 ジェラルドさんの代わりにデレク管理官が冗談っぽく笑って答えた。

「殿下の指示とは言え、ジェラルド様が書物を強奪していくような方だとは思われていないのですよね?」
「もちろんですとも」
「でしたら入室をお許しになっても構わないのではないでしょうか」

 純粋な疑問だ。
 また首を傾げてみるとデレク管理官は殿下に視線を流し、ジェラルドさんは微笑んだ。

「私は殿下の護衛官ですから」

 つまり殿下の護衛以外の任務には立ち入れないということだろうか。だけど殿下がジェラルドさんに秘密を打ち明けていなかった時とは違って、お許しになれば可能なはず。殿下も本当はお呼びになりたいだろうし、何よりも仲間はずれしているみたいで気が咎める。
 私が切っ掛けを作ろう。頬に手を当てて困った表情を浮かべてみる。

「そうなのですか。ですが、書庫にはとてもたくさんの本がありまして、先日など、分厚い本を取り損ねてわたくしの頭に降ってきたのですよ。恐れ多くも殿下に庇っていただいたのです。危うく殿下にお怪我をさせるところでした」
「え?」

 ジェラルドさんが目を見張る。
 嘘です。ごめんなさい。

「梯子を使えば足を踏み外しかけましたし。書庫も危険で一杯です。ですわよね、殿下」

 この娘、何平気で嘘をついているんだという視線を私に送りつつ殿下は頷いた。

「ああ。ジェラルド頼む」
「……承知いたしました」

 ジェラルドさんは殿下に目礼すると私に視線を移し、微笑まれた。

 あら、嘘だってばれちゃったかしら。まあ、いいや。誰かを傷つける嘘ではないし。と、自分で自分を庇ってみる。

「では入ろう」

 殿下の一言で皆、それぞれ動き出す。

「ねえねえ。ユリアユリア」

 私は手を上下にパタパタと振る。

「はい」
「この扉ね、押して入ると後は反動で勝手に閉まるのよ。勢いよく開けて、後ろのジェラルド様にぶつけないよう気をつけてね」
「承知いたしました」

 私は知ったかぶりで扉を指さしながらユリアに説明すると、彼女は無表情に頷いた。
 するとなぜか振り返った殿下がふっと笑う。

「何でしょうか?」
「幼い子供が目新しい物を母親に説明するみたいだなと」

 悪かったですね!
 と言うか、幼子って失礼な。子供には違いないけれど。

「いいから早く入ってください。後ろが詰まっておりますよ」
「分かった分かった。入ろう」

 子供を宥めるような殿下の物言いが、さらに私をむっとさせた。
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