つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第206話 昔語りは長い

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 陛下は呆気に取られておられたようだけれど、咳払いをして国王としての威厳を取り戻された。

「そうか。正直なお嬢さんだ。エルベルトの事を別にしても、我々も包み隠さず真実を話さなければならないね」
「お願いいたします」
「ああ。おそらく君が考えている通りだよ」

 ではやはり。

「私がアルベルク・ジャンメールに依頼した」
「陛下! それは違います」

 護衛官を務めていたデレク管理官だ。陛下の言葉に口を挟むことは不敬と分かっているにもかかわらず、デレク管理官は叫んで否定した。

「いいや。私が依頼した仕事だ」
「違います! ロザンヌ様。私がアルベルク・ジャンメールさんに直接依頼した張本人です」

 それはそうでしょうね。まさか陛下御自ら、お忍びで城下町の一庶民のお宅へと足をお運びするはずがないのだから。
 黙っている私を見て、デレク管理官は息を吐いて肩を落とした。

「初めからお話しします。私は若い頃、陛下がまだ王太子殿下だった頃から護衛官長として務めておりました。当時の国王陛下はお若くしてご逝去され、殿下は若干十八歳で王位に就かれました」

 戻りすぎです。昔語りは長い。実に長いのです。
 私は座り直して覚悟を決めた。

「陛下が王座に就かれた時、周りに集う人間同士の軋轢や、年齢の若さを理由に側近が事実上の実権を握ったりと、日々ご苦労が絶えない毎日でした。そして王座就任から二年後、現王妃殿下との間に第一子としてご誕生されたのがエルベルト殿下です。エルベルト殿下はお産まれになった頃より奇病に見舞われておりました。しかし陛下はその症状をご存知でした」

 私が陛下に視線をやると、重く頷かれる。

「私の父、前国王が同じ症状を患っていたからだ。それが呪いであることは代々伝わっていたので、父王もご存知だった」

 ――たとえ死してもあなたの気魂を辿り、どこまでも追い続ける。

 エスメラルダ様の呪いの言葉を思い出す。
 気魂を辿り、とのことだけれど、前国王様も影に取り憑かれていたのならば、つまりエルベルト殿下と同じ気魂ってこと? 同じ気魂の人ってそんなに早く生まれ変わるものなのかな?

「陛下。少しお尋ねしたいのですが、エルベルト殿下は前国王様と似ていらっしゃるのですか?」
「いや。エルベルトの顔立ちは母親似だし、気性も似ていないな。父は元々体が弱く、ひたすら穏やかな人だったが、エルベルトは同じ症状を患いながらも活発的だ」
「そうですか」

 では、同じ気魂の定義とは何ぞや?
 ひとまず疑問を置いてデレク管理官を見ると、話の再開を促す。

「では続けます。謎の奇病は代々伝えられていたため、陛下は前国王様の頃より間隙を縫って書庫室へ頻繁に出入りされては、呪いの解明に尽力されておりました。しかし前任者の書庫番は特に堅物で、王族の者とは言え、書物の持ち出しは一切禁じていました。当然解明が進みませんでした」

 任務に忠実なのは必ずしもいいとは言えない。多少の融通がきかないと、王家のためにはならないのに。頑固者ね!
 顔も知らぬ相手を心の中で罵ってみる。

 いや、ちょっと待ってよ。いくら規則とは言え、王族相手にそこまで頑なになる? そもそも誰がそんな誰の得にもならない規則を……あ、そっか。ルイス王時代を少し紐解いただけでも黒歴史だったものね。外に持ち出されるわけにはいかなかったのかな。

 あるいは。
 その事で得をするのはベルモンテ家。前任者はもしかしたらベルモンテ家の息がかかっている人物だったかもしれない。――なんてね。私の勝手な妄想です妄想。

 深く考え込んでいる私をご覧になって、話を中断してくださっていたようだ。視線を感じて失礼いたしましたと目礼すると、デレク管理官は話を再開する。

「そこで前国王様がご逝去された際、書庫番の前任者を当時高齢でもあったため退任させ、陛下が私をその座に指名したのです」
「書物を外に持ち出させるためにでしょうか?」
「その通りです。もちろん原本を持ち出すことはできませんでしたから、写したものですが」

 となると、ユリアのお家に持ち込まれた資料もデレク管理官が書き写したものになるのね。

「それを手にほうぼう当たりましたが、著名な歴史学者や言語学者すら難しいと、引き受けてはもらえませんでした。ところがある時、城下町に外国の言葉を翻訳する言語学者がいると耳にしたのです。最後の拠でした」

 それがアルベルク・ジャンメール。ユリアのお父様。

「持ち込んだ資料を前に、彼は水を得た魚のようでした。彼ならきっと解読できる。確信を覚えました。ですが――解読が終盤を迎える頃、彼の家に賊が入ったのです」

 賊。ユリアのお父様の命を奪った賊、お母様の命を奪った賊、ユリアの幸せの全てを奪った賊。
 私はいつの間にか手を固く握りしめていた。
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