つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
207 / 315

第207話 大したことではない

しおりを挟む
 私は思わず前のめりになる。

「単刀直入にお尋ねいたします。その賊とはどなたのことでしょうか」

 けれど、デレク管理官は首を振った。

「分かりません。私が出入りしていることを知った貴族が遣わした誰かだとは考えています」
「ただの賊ではないと? なぜ貴族が遣わしたとおっしゃるのですか?」
「はい。ただの賊ではないとは言えます。彼らの家は資産家ではありませんでしたから」

 ユリアも慎ましく生きてきたと言っていた。泥棒が入るほど豊かには見えなかったと言いたいのね。

「貴族は王家の内部情報を知ろうと常日頃から躍起になっております。しかも私が内密に動いているということは、より重要な事だと考えたのでしょう」

 私が目の敵にしている・・・・・・・・ベルモンテ侯爵家以外にも、利するところあれば動く貴族はたくさんいるということかな。だけど、十三年経ってもその犯人は見つかっていない。……積極的に見つけていない。

「そうですか。では、仮にそれを信じるとして。あ、言葉のあやです、あや。信じていないわけではありません。信じているわけでもありませんが」
「……結局信じていないことでは?」

 とりあえず殿下の核心を突くご指摘は無視しておいて。

「ユリアのお父様が資料を奪われそうになって、さつ、殺害されたのは間違いないのですね」
「はい。私はそう考えています。当時、陛下には火事で亡くなったとお伝えしました。世間的にもそのように公表されましたし、陛下は何もご存じない方がいいと判断したからです。ただ、出火させたのはジャンメール氏だったと思われます」
「え!?」

 出火させたのはユリアのお父様?
 どういうこと。ユリアはお父様が殺害された後、放火されたと言っていた気がするけれど。

「捜査に当たった騎士に尋ねたところ、ジャンメールご夫妻のご遺体が焼け跡から発見されました。けれど、直接の死因は火事によるものではなく、ナイフによる刺殺でした。賊は家主を脅すため、または殺害するための手段を持っていたのです。火を放つ必要はない。いえ、そんな危険な手段を取る意味がないのです」

 そうか。もし賊が資料を盗むことを目的とするのならば、盗品を傷つけるような馬鹿な真似はしない。それに秘密裏に動きたいはずの賊が、自らの逃亡を妨げる火事を起こし、周辺が騒いで注目されることを望まなかったはず。

「対してジャンメール氏には火を放つ理由があった。私が持ち込んだ資料を賊に持ち出されないように火を付けたのです。あるいは出火させることで賊を動揺させたかったのかもしれません」

 その推測が確かならば、ユリアのお父様がしたかったのは資料の隠滅ももちろんだが、きっと家族を逃がす時間を稼ぎたかったことだろう。家族を助けたかった。生きてほしかった。生きるつらさを抱えても生き延びてほしかった。……幸せになってもらいたかったはずだ。

「それで」

 自分でもびっくりする程、うなるような低い声が出た。膝の上では強く結んだ手がぶるぶると震えている。

「それで? あなたはユリアの存在は知らなかったのですか? 今の今まで何も知らずにいたのですか? 家に出入りしていたはずなのに?」
「お、お一人。お一人、お子さんがいらっしゃったことは、ぞん、存じておりました」
「火事の跡からは子供の遺体は出なかったでしょう。……探そうと」

 ――ドンッ!

 激しい音が響く。
 気付けば私は作った拳をテーブルに勢いよく叩きつけていた。

「ロザ」
「探そうと思わなかったのですか!?」

 殿下の声が聞こえた気がしたけれど、私は構わずデレク管理官を睨み付けて叫んだ。

「申し訳ございません、申し訳ございません! 王家の秘密を守るために、私がこれ以上お子さんの行方を追うことはできなかったのです」
「あなたは! あなたはユリアから両親を奪い、幸せを奪っただけに飽き足らず、さらに路上生活を強いて感情まで――彼女から感情まで奪ったのですよ。わずか、わずか七歳の子から全てを!」

 再び怒りにまかせて拳を振り上げると、テーブルに叩きつけようとした。
 が、しかし。
 いつの間にか立ち上がり、私の背後に回って来ていた殿下に腕を掴まれてそれは阻止された。

「殿下!」

 王家の前では、この憤りを見せることすらも許されないの!?
 私は振り返って殿下をきつく睨み付ける。けれど、殿下の瞳は穏やかだ。

「ロザンヌ嬢、君だけが痛い思いをすることはない。どうせ拳を振るうなら、デレクに直接ぶつけてやればいい」
「っ。……殿下」

 私の心に寄り添ってくれるような殿下の言動で我に返り、振り上げた拳から力を抜くと、殿下もまた私から手を離す。

「ありがとうございます。おっしゃる通りですね。おかげで冷静さを取り戻すことができました。文字通り体を張って止めてくださって、ありがとうございました」
「ああ。大したことでは……ない」

 私の影ネロに触れて床に膝をついた殿下を見下ろしつつ、私は礼を述べた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...