つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第215話 焚いた煙は

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「何。何、沈んでるわけ?」

 いつの間にかうつむいていたようだ。セリアン様の言葉に顔を上げる。

「沈んでいると言いますか……その」
「マリエル嬢がギヨーム・グリントと付き合っていることが気になる?」
「そう、ですね」
「まあ。いい噂を聞かないから、友達としては心配かな」

 それもあるけれど。

「マリエル様にはご婚約者様がいらっしゃって、学校を卒業すればすぐに嫁がれるのです」
「へえ」

 興味があるのか無いのか、気のない返答だ。

「ですからご婚約者様がいらっしゃるのですよ」
「聞こえたよ。だから何?」
「だから何って。ご婚約者様がいらっしゃるのに、他の男性との逢瀬はどうなのかと」
「ああ、そういうこと」

 セリアン様は事も無げに頷いた。

「別にいいんじゃない? 嫁いだ後でそれじゃ問題だけどさ。学生の間だけでも仮初めの恋愛ぐらいさせてやったら。結婚は本人達の意思を尊重したものじゃなくて、どうせ家同士が決めた政略結婚でしょ? 今ぐらい自由にさせてやったって、罰は当たらないと思うけどね」

 そうかもしれない。貴族の娘は否応なしに親が決めた人の所に嫁がされる運命だから。でも倫理的にはどうなの。……倫理的ってよく分からないけれど。

 何だかもやもやするこの気持ちは何だろう。
 黙り込んでいるとセリアン様は続ける。

「それにマリエル嬢のことなら、心配しなくても大丈夫だよ。ギヨーム・グリントは学生としてあるべく姿の健全な・・・お付き合いまでしかしない」
「そうなのですか?」

 セリアン様が、グリント様は彼女が切れたことがないとか、いい噂を聞かないとか、性格が悪いとか言うものだから、どんなに性悪男なのかと思ってしまった。

「うん。あいつは狡猾だからね。一度、貴族令嬢と事があって大問題になりそうになった以降、懲りたんだろうね、平民の娘にしか手を出さないようになった。彼女らなら金を積んで後始末するからさ」
「普通にクズ男じゃないですか!」

 何が心配しなくても大丈夫なのか。
 セリアン様は肩をすくめる。

「うん。だから言ったでしょ。性格が悪いって。でも貴族令嬢には精神的なお付き合いまでしかしないから、大丈夫ってことだよ。それにマリエル嬢もその辺りはさすがに貴族の娘として弁えているだろうし」

 それでも私は胸につかえたものが取れない。
 彼女は婚約者様との間にたくさんの子供を授かって、子供の笑い声が溢れる家庭にしたいと夢を語っていたから。他の人に心を寄せることは婚約者様への裏切りになるのではないか。

「あまり真面目に考えなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「彼女も学校を卒業すれば親の言う通り、婚約者の元へと嫁ぐ。自由はなくなるわけだ。だったら心ぐらい自由であってもいいと思う。――だから君もさ」

 また深く考え込みそうになったところを引き留めるように、セリアン様は不敵に笑った。

「君もそうしたっていいんだよ?」
「…………は?」

 思わず眉を上げてしまう。

「わたくしが何ですか?」
「君も今のこの時間を大事にして、心自由に生きたっていいってこと」
「わたくしは心自由に生きておりますが?」
「まあ、君は言われなくったって、日常的には好き放題生きていそうだもんね」

 真面目に評価しているのか、からかっているのか、どちらだろう。

「でも恋愛的なことは自制しているんじゃない?」
「誰と誰が恋愛するというのです」
「あれ? 俺の口から言ってほしいの?」
「……うーん。そう言えば、セリアン様。マリアンジェラ様はお元気でしょうか」

 尋ねてみると、セリアン様は片眉を上げた。

「何で俺に今、それを聞くの?」

 あら。不機嫌そうなお顔ですこと。
 私はふふふと唇の上に笑みをのせる。

「セリアン様を見ていましたら、なぜかマリアンジェラ様を思い浮かべてしまいましたの。一体なぜかしら?」

 可愛く小首を傾げてみたものの、セリアン様はふんと鼻を鳴らした。

「俺の弱みを握ったとでも思っているのなら、大いなる勘違いだからね」
「弱み? セリアン様にとって、マリアンジェラ様をお想いになっていらっしゃることは弱みだと思われているのですか?」
「あのねー」

 私は頬に手を当てて首を傾げると、セリアン様は面倒そうに髪の毛をがしがしと掻く。

「君って都合が悪くなると相手を煙に巻くタイプでしょ。――だけどさ」

 彼は一度言葉を切ると真剣な眼差しに変えた。

「その自ら焚いた煙で自分の視界も悪くしていない?」
「――っ!」

 思わず目を見開いて言葉に詰まると、セリアン様はしてやったりと言わんばかりに唇を横に引く。

「やー。君から取った一本は気持ちいいね」
「……悪趣味ですよ。か弱い女性から一本取るだなんて」
「はい? か弱いとか、またまたー! 君は面白いね、本当に」

 君と友達契約して良かったとセリアン様は笑顔で言った。
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