つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
248 / 315

第248話 案内するのは

しおりを挟む
 ユリアは私よりやや先行しつつ横並びに歩く。私の後ろには殿下、ユリアの後ろにはジェラルドさんがいる状態だ。

 足元はやはり整備されておらず、けもの道すらない。大きな野生動物がこの辺りを通っていないことと、この森には人も長らく入っていないことが窺い知れる。
 もちろん自然の中においては常に油断してはならないけれど。

「あ。少しお待ちください」

 私は念の為に用意しておいたリボンの切れ端を枝に括り付けようと背伸びしたら、横からリボンを抜き取って殿下が付けてくれた。

「……ありがとう。何と言うか情けないな。帰り道の目印まで用意してくれているとは」
「お気になさらずに。わたくしたちは森を庭として育っておりますもの。都会っ子の殿下より慣れていましてよ」
「都会っ子……」

 せめてリボンは付けさせてくれということで、全てのリボンを殿下の手の平に落とすようにして手渡す。

「ところで殿下、この方向で間違いないのですか?」

 先ほどから地図すら確認していないようだけれど。
 振り返って尋ねてみると、殿下は私の足元に視線をやる。

「ああ。ネロが案内してくれている」
「……ネロが」

 エスメラルダ様を感じているのだろうか。それにエスメラルダ様と共に火にかけられたとあったから、ネロ自身も一緒に眠っているはず。
 と、その時。

「――っ!」

 ユリアが突如、顔を強ばらせてびくりと足を止め、その異変をすぐに感じ取ったジェラルドさんが彼女の腕を引いて背中で庇った。

「ユリアさん、一体何が。――わっ!? ロ、ロザンヌ様、いけません!」

 しゃがみ込み、唯一目に入った蛙を地面に落ちている枝でツンツンとつつく私にジェラルドさんが驚きの声を上げる。

「うーん。特に罠もないみたいですし、生物はこの蛙しか見当たりませんよ。これも毒がないごくごく普通の蛙ですし。ユリア、一体どうしたの?」

 ジェラルドさんの背後にいるユリアへと視線を送ると、珍しく瞳が動揺に揺れたきまりが悪そうな表情を浮かべていた。

「お騒がせして申し訳ありません。生憎と蛙だけは苦手でして」
「あら。そうだったかしら。……ん? 蛙?」

 蛙は横道へと跳んで逃げて行ったので、スカートを払って立ち上がると首を傾げて古い記憶を引っ張り出す。

「まさかユリアの驚く顔が見たかったからといって、わたくしが幼い頃、あなたの鞄に蛙を十数匹仕込んだせいではないわよね?」
「悪魔か君は……。むしろそれ以外に何がある」

 悪魔呼ばわりする殿下に私はむっと唇を尖らした。

「まあ! 悪魔とは失礼ですね」

 表情が乏しかったユリアに、何とか違う感情を生み出してほしかっただけなのに。

「子供なりに必死に考えた苦肉の策だったのですよ」
「それを言うなら愚策だ」
「殿下にはこのわたくしの親心が分かりませんか」

 胸に手をやる私に殿下は白けた視線を寄越す。

「子供の時に親心は分かっていなかっただろう、普通に」
「わたくしの心は早熟でしたから分かっていましたぁー」
「ないない」

 殿下と私が言い争いをしていると。

「ジェラルド様、申し訳ありません。もう大丈夫ですから」
「――あ。こ、こちらこそ失礼いたしました」

 ユリアがおずおずとジェラルドさんの背中から出てきた。いつもより明らかに覇気がない。

「お恥ずかしい所を見せました」
「いえ。とんでもないことです。誰にでも苦手なものくらいありますから」

 穏やかに微笑むジェラルドさんにユリアはさらに気まずそうだ。
 ここまで追い込まれている彼女の姿を見るのは楽しいし、嬉しい気持ちになる。
 思わぬ彼女の弱点と彼とのやり取りに自然と笑みがこぼれた。

「悪い顔をしているぞ」
「ですから失礼ですね。わたくしは微笑ましく見ているのですよ」

 殿下の指摘に私は眉を上げて、また臨戦態勢に入ろうかとしたところ。

「ロザンヌ様。ありがとうございます。行きましょう」

 ユリアに声をかけられて私は息を吐き、気持ちを切り替えた。

「ええ。参りましょう」

 その後、再び私たちは先頭に立ち、時には影を祓いながら歩く。
 ジェラルドさんやユリアから見える私は、ただ殿下の指示した場所に突っ立っている姿だけだろう。私も何らかの仕草をしてみせた方が良いだろうか。……悩む。

 影は開けた場所にいるのではなく、木々のひっそりした場所にいるようだ。つまり殿下のお言葉通り、この地に埋葬された人々は墓標一つ立てられず、うち捨てられた形になっているということだ。

 殿下は、ネロの影祓いは闇の足枷が外れるともおっしゃっていた。自我すら失われて、ただ自らの闇に囚われて苦しんでいた魂が解放されていることを願うばかりだ。

「どうやら……ここのようだ」

 殿下の言葉に私たちは足を止めた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...