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第249話 エスメラルダ様の眠る地
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殿下にお声をかけられて立ち止まった場所は、木々が茂って暗く、整然と手入れされた王宮の庭園とは違って無秩序に草が生えているばかりで、何の目印もない寂しい場所だった。
私は殿下に振り返る。
「エスメラルダ様と思われる影が?」
もしエスメラルダ様が闇に囚われて苦しまれているのならば、解き放って差し上げたい気持ちがある。一方で、ネロにそれをさせるのは残酷にも思う。
けれど、何が幸せかは本人が決めることで他人が決めることではない。だから酷だと思うことは私の驕りなのかもしれない。
「いや。影は見えない。ただ、君の足元にいるネロが寝そべって地に頬を擦り付けているようだ」
影は見えないというけれど、どこかエスメラルダ様の気配を感じて気持ちを寄せているのだろうか。
私にはネロの姿は見えないが、自分の足元を見下ろす。すると殿下がこちらへとやって来たかと思うと、すぐ側の地に両膝と両手をついた。
「殿下」
手と膝をついてエスメラルダ様に謝罪を、と思ったことはあったけれど、まさか本当に実行するとは。
驚きの眼差しで殿下を見つめる。
「私たち王家が過去にあなたにしたことを許してほしいとは言わない。許されるとも思わない。ただ、あなたにこれだけは伝えたい。今はまだ墓碑を建てることも叶わないが、いずれ王家一族で実際に起こった事実を真の歴史として共有し、二度と同じ過ちを繰り返さないことを約束する。そしてあなたの名誉を回復させる。必ず名誉を回復させると――誓う」
「……殿下」
私は殿下に声をかけると鞄から白い花を二輪取り出した。
「それは」
「庭師様に無理を言って頂いたものです。わたくしが悪いのですから、どうか庭師様を咎めないでくださいませ」
私の部屋に飾る花とは別にユアンさんに頂いたものだ。
ちなみにユアンさんとの交渉は、ユリアを相手にするよりはるかに容易かったことだけは言っておこう。
「いや。もちろんそんなことはしないが」
「ありがとうございます。どうぞ、これをエスメラルダ様とネロに手向けてくださいませ」
礼と共に受け取った殿下は地にそれを供え、私たちは殿下同様に身を屈めるとエスメラルダ様とネロのために祈りを捧げた。
「エスメラルダ様、あなた様のネロはわたくしがお預かりしております。どうかもう少しだけお力をお貸しくださいませ。わたくしがきっとあなた様の無念を果たしてみせますから」
「……ロザンヌ嬢」
もしエスメラルダ様の真の願いが王家への呪いだったらどうしよう。――まあ、その時は殿下に泣いてもらうしかないかな。
「ロザンヌ嬢」
今度は恨めし気な声に見上げると、冷めた視線を投げかけてくる殿下に私はにっこり笑みを見せる。
「冗談ですってば。エスメラルダ様がそんな事をお望みになるはずがありません。……多分」
「多分ね」
苦笑いする殿下にさらに慰めの声をおかけしようとしたが、地面に落ちている木片に気を取られた。
「あ。ねえ、ユリア」
私は後ろのユリアに顔だけで振り返る。
「はい」
「あなた、短剣を持っているわよね。少し貸してもらえない?」
「何をなさるのですか?」
目についた木片を手に取って彼女に見せる。
「墓標の代わりに立てたいのだけれど、長すぎるから折りたいの。でもナイフで少し切れ目を入れないと折れそうにないから」
「承知いたしました」
ユリアが右のスカートをたくし上げると、男性陣は慌てた様子で離れて目線を逸らした。
「では、私が致します」
「いいの。わたくしがしたいの。貸してくれる?」
「かしこまりました」
「ありがとう」
私は受け取ると木片に短剣を当てる。
が。
「ロザンヌ様!」
焦りを含んだユリアの声に殿下とジェラルドさんは振り返る。
「何、どうし――指を切ったのか?」
勢いよく左指に走る赤い線とぷくりとした赤い粒に殿下は目を見張る。
「ええ。ですが、大したことではありませ」
って、わぁぁ!? 結構出ている!?
赤い雫は手の平を伝ってぽとりぽとりと地に落ちる具合だ。さすがに焦った。
「ですから私が致しますと」
「説教は後だ。とにかく止血を」
「今、ハンカチを」
眉をひそめるユリア、彼女をなだめて指示する殿下とハンカチを探るジェラルドさん。
「ロザンヌ様、手をこちらに」
ユリアはジェラルドさんを止めて自分のハンカチを取り出すと、私に手を差し伸べる。
「あ。ごめんね。ユリアのハンカチと短剣を汚して」
「そういう問題ではありません。ナイフの扱いに慣れぬ者が無防備に取り扱ってはいけません」
手当をしながら、心なしか怒っているようなユリアに肩をすくめた。
「エスメラルダ様との血の契りをしたの――なんてね」
「ロザンヌ様。皆様にご心配をかけたのですよ」
茶化そうとした私を冷たくたしなめるユリアに、今度こそ反省する。
「ごめんなさい」
「もう二度とこのような真似はされないように」
「はぁい……すみません」
私は身を小さくして謝った。
私は殿下に振り返る。
「エスメラルダ様と思われる影が?」
もしエスメラルダ様が闇に囚われて苦しまれているのならば、解き放って差し上げたい気持ちがある。一方で、ネロにそれをさせるのは残酷にも思う。
けれど、何が幸せかは本人が決めることで他人が決めることではない。だから酷だと思うことは私の驕りなのかもしれない。
「いや。影は見えない。ただ、君の足元にいるネロが寝そべって地に頬を擦り付けているようだ」
影は見えないというけれど、どこかエスメラルダ様の気配を感じて気持ちを寄せているのだろうか。
私にはネロの姿は見えないが、自分の足元を見下ろす。すると殿下がこちらへとやって来たかと思うと、すぐ側の地に両膝と両手をついた。
「殿下」
手と膝をついてエスメラルダ様に謝罪を、と思ったことはあったけれど、まさか本当に実行するとは。
驚きの眼差しで殿下を見つめる。
「私たち王家が過去にあなたにしたことを許してほしいとは言わない。許されるとも思わない。ただ、あなたにこれだけは伝えたい。今はまだ墓碑を建てることも叶わないが、いずれ王家一族で実際に起こった事実を真の歴史として共有し、二度と同じ過ちを繰り返さないことを約束する。そしてあなたの名誉を回復させる。必ず名誉を回復させると――誓う」
「……殿下」
私は殿下に声をかけると鞄から白い花を二輪取り出した。
「それは」
「庭師様に無理を言って頂いたものです。わたくしが悪いのですから、どうか庭師様を咎めないでくださいませ」
私の部屋に飾る花とは別にユアンさんに頂いたものだ。
ちなみにユアンさんとの交渉は、ユリアを相手にするよりはるかに容易かったことだけは言っておこう。
「いや。もちろんそんなことはしないが」
「ありがとうございます。どうぞ、これをエスメラルダ様とネロに手向けてくださいませ」
礼と共に受け取った殿下は地にそれを供え、私たちは殿下同様に身を屈めるとエスメラルダ様とネロのために祈りを捧げた。
「エスメラルダ様、あなた様のネロはわたくしがお預かりしております。どうかもう少しだけお力をお貸しくださいませ。わたくしがきっとあなた様の無念を果たしてみせますから」
「……ロザンヌ嬢」
もしエスメラルダ様の真の願いが王家への呪いだったらどうしよう。――まあ、その時は殿下に泣いてもらうしかないかな。
「ロザンヌ嬢」
今度は恨めし気な声に見上げると、冷めた視線を投げかけてくる殿下に私はにっこり笑みを見せる。
「冗談ですってば。エスメラルダ様がそんな事をお望みになるはずがありません。……多分」
「多分ね」
苦笑いする殿下にさらに慰めの声をおかけしようとしたが、地面に落ちている木片に気を取られた。
「あ。ねえ、ユリア」
私は後ろのユリアに顔だけで振り返る。
「はい」
「あなた、短剣を持っているわよね。少し貸してもらえない?」
「何をなさるのですか?」
目についた木片を手に取って彼女に見せる。
「墓標の代わりに立てたいのだけれど、長すぎるから折りたいの。でもナイフで少し切れ目を入れないと折れそうにないから」
「承知いたしました」
ユリアが右のスカートをたくし上げると、男性陣は慌てた様子で離れて目線を逸らした。
「では、私が致します」
「いいの。わたくしがしたいの。貸してくれる?」
「かしこまりました」
「ありがとう」
私は受け取ると木片に短剣を当てる。
が。
「ロザンヌ様!」
焦りを含んだユリアの声に殿下とジェラルドさんは振り返る。
「何、どうし――指を切ったのか?」
勢いよく左指に走る赤い線とぷくりとした赤い粒に殿下は目を見張る。
「ええ。ですが、大したことではありませ」
って、わぁぁ!? 結構出ている!?
赤い雫は手の平を伝ってぽとりぽとりと地に落ちる具合だ。さすがに焦った。
「ですから私が致しますと」
「説教は後だ。とにかく止血を」
「今、ハンカチを」
眉をひそめるユリア、彼女をなだめて指示する殿下とハンカチを探るジェラルドさん。
「ロザンヌ様、手をこちらに」
ユリアはジェラルドさんを止めて自分のハンカチを取り出すと、私に手を差し伸べる。
「あ。ごめんね。ユリアのハンカチと短剣を汚して」
「そういう問題ではありません。ナイフの扱いに慣れぬ者が無防備に取り扱ってはいけません」
手当をしながら、心なしか怒っているようなユリアに肩をすくめた。
「エスメラルダ様との血の契りをしたの――なんてね」
「ロザンヌ様。皆様にご心配をかけたのですよ」
茶化そうとした私を冷たくたしなめるユリアに、今度こそ反省する。
「ごめんなさい」
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私は身を小さくして謝った。
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