つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
226 / 315

第226話 あなたの味方でいさせてください

しおりを挟む
「ロザンヌ様。昨日お休みしていた授業の分を書き写して参りましたの。どうぞお使いください」

 マリエル嬢はそう言って鞄の中からまとめた物を手渡してくれた。

「え。まとめてくださったのですか? こんなに……大変でしたでしょうに」

 枚数としては三、四枚だが、それでもこれだけのものを書き写すのは大変だっただろうと思う。

「いいえ。わたくしも復習できますし、苦ではありませんでした」
「フクシューですと? 何それ……新しいお菓子ですか」

 聞き慣れぬ言葉に、一瞬戸惑いを感じてしまいました。
 あ、いけない。お礼お礼。

「本当にありがとうございました、マリエル様」
「はい。お安い御用ですわ。いつもロザンヌ様には良くしていただいておりますもの」

 マリエル嬢はとてもご機嫌が良さそうだ。大人しい印象しかなかった彼女だが、何だか輝いて見えるような気がする。それも例の彼との一件のせいなのだろうか。

 ――はっ。もしかして私も輝いていたりする?
 思わず頬に手をやると。

「それにしても、本日もロザンヌ様はいつもとお変わりなく明るくお元気で、ほっといたしました」
「……ですよねー」

 知ってた。


 昼食もそろそろ終えようとした頃、マリエル嬢がそわそわしだした。
 もしかしたら本日はどんな用事で席を立とうかと考えているのかもしれない。

 辺りはもう既に昼食を終えて大半の男子生徒が出ていき、テーブルにたくさんの空きができていた。女子生徒たちはおのおの自分たちのお喋りに一生懸命で、他のグループの会話を気にしている様子はない。

「マリエル様」
「は、はい!」

 声をかけるとびくりと反応する彼女。
 私は小さく笑った。

「今日も先生にお願いされた用事があるのでしょう?」
「っ! ロザンヌ様……もしかしてご存知だったのですか」
「ええ。実は噂好きの方から耳に入りまして」
「そうですか」

 マリエル嬢は諦めたように肩を落としてため息をついた。

「ロザンヌ様は清廉潔白なお方だから、わたくしのことがとても汚らわしく見えるのでしょうね」
「そんなことは。……いえ。正直に申し上げますと、最初はご婚約者様に対して不義理ではないのかと思いました」
「そう、ですよね。おっしゃる通りです」

 暗い表情で微笑むマリエル嬢を見ながら私は続ける。

「ある方に政略結婚を強いられるわたくしたちだって、今のこの時間ぐらい自由になってもいいはずだと言われました。けれどその言葉も、わたくしを納得させるものではありませんでした」
「そうですか」
「はい。ですが、一度生まれてしまった感情を無かったことにする難しさは分かります」

 分かりました。分かってしまいました。
 私もいつからか、器から溢れてしまった感情を見なかったことにはできなくなってしまっていた。――いつかお別れする人だったとしても。

「……え?」

 半ば目を伏せていたマリエル嬢が私の言葉に視線を上げる。

「もしかしてロザンヌ様もどなた」
「ですから、マリエル様」

 私はマリエル嬢の言葉を遮る。
 何が清廉潔白か。私はずるい人間だ。

「ですから大っぴらに応援することはできませんが、わたくしはマリエル様のご意思を尊重したいです。正しい道理かどうかは、わたくしが決められるものではありません。だって、心自由に生きる今のマリエル様はとてもお幸せそうで、お美しいですから」
「――っ。ロザンヌ様。ありがとう、ございます」

 背徳感に高揚感を覚えると共に、罪悪感も抱いて一人苦しかったと彼女は涙した。

「相手のお方は、マリエル様の今のお気持ちはご存知なのですか」
「いいえ。申し上げておりません。あの方にとってわたくしなど、学生の内のご遊戯の一つですから、お話ししたところで気にも留めないでしょう」
「なっ」
「いいのです。わたくしがそう望んだのですから」

 マリエル様もご卒業すればすぐに嫁がれる身。彼とどうこうなりたいわけではなく、ただ、親から決められた結婚の前に恋をしたかったのだろう。誰かの指示ではなくて、自分の意志で誰かを好きになりたかった。その気持ちを大事に育てたかった。心自由に生きたかった。
 マリエル様の感情が伝播したように切ない思いになった。

「わたくしはマリエル様の味方です。いえ。味方でいさせてください」
「ロザンヌ様、ありがとうございます」
「で・す・が!」

 指を一本びしりと立て、風紀指導の先生の声真似をしてみる。

「節度は守りましょうね、マリエル様。清く正しいお付き合いを!」
「まあ。ロザンヌ様ったら」
「……って、どこまでが清く正しいお付き合いなのでしょう。どこまでですか。どこまでが範囲なのですか? マリエル様はどこまでのお付き合いをされているのですか?」

 教えてくださいと詰め寄って、マリエル嬢を困らせた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...