つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第294話 私は間違っていない

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 殿下が私を追って我が家に訪れてくれた。
 夕方のこのお時間ということは、外出から戻ってほぼ時間を経たずして、王宮を出たのではないだろうか。

 相談の一つもせず自分勝手に出てきたくせに、私を追いかけてきてくれた嬉しさと黙って出てきた気まずさとで動揺する。
 殿下を喜んで出迎える権利は私には……ない。私は殿下の気持ちを確かめようともせずに、身勝手に出てきただけなのだから。

「そうか。では私がお話し」

 父は硬直して動かぬ私の様子をご覧になって席を立とうとしたが、一瞬早く席を立ったのは――母だ。

「え? イ、イヴリン……?」
「わたくしが参りましょう」
「い、いや。それは待とうか。君は今、目が据わっている。怖いよ……」
「ご冗談を」

 母は冷たい目で父を見下ろすと黙って身を翻し、部屋を出て玄関へ向かおうとする。

「こ、こら。待ちなさい」

 慌てて席を立つ父の後に続いてユリアも立ち、さらに兄様方も立ち上がり、部屋を出た。
 途端にがらんとした部屋の状況に、茫然としていた私も我に返ると慌てて席を立ち、皆の背を追う。

 しかしやはりお顔を合わせづらいため玄関までは行かず、壁からこっそりと覗き込むと、殿下とジェラルドさんのお姿が見えた。
 影憑きではない平常時は煌びやかで一糸乱れぬ王子そのものなのに、今の殿下は表情には焦燥が見られ、額から汗が流れ、髪は乱れており、服にはところどころ泥の跳ね返りがついている。

 現在、対応しているのは母だが、その横にはいつ口を挟もうかと状況を見守る父と、その父の後ろに兄様方とユリアがいる。
 ユリアの姿を認めたお二人は眉を落とされた。私がここにいることを確信なさったようだ。

「エルベルト殿下。尊きご身分の御身でこちらのような田舎町に足をお運びいただき、誠に畏れ多いことにございます。御下命一つで、何を置きましても直ちにこちらから馬を飛ばせましたものを。このようなお時間にお越しですと丁重なお迎えをすぐにご準備することが難しく、ご無礼を働きますこと、何とぞご容赦くださいませ」

 母は今、笑顔を浮かべているのだろうか。もし浮かべていたとしても、それは冷たい笑みだろう。以前と違ってかなり淡々とした口調の慇懃無礼な態度の母に、殿下は気圧されているご様子だが、顔を引き締められた。

「いいえ。私の方がこのような時間に突然の訪問をしてしまい、誠に申し訳ありません。ご迷惑かと存じておりましたが、急ぎロザンヌ嬢の安否をご確認したくお伺いいたしました。どうか礼を失した行為をお許しください」

 殿下がこんなことをおっしゃるなんて。この国の王位第一継承者のエルベルト殿下が、一介の臣下に対して。
 そんな言葉を言わせているのは他ならぬ私だ。罪悪感で体から血の気が引く。

 母もまた殿下のご様子に対応を少し改める気になったようだ。

「ロザンヌなら王宮でのお務めを終えたと戻って参りました。この度、娘は殿下の侍女・・・・・としてお仕えしていたと記憶しておりましたが、娘の任が解かれましたことをご承知ではなかったのでしょうか」
「はい。恥ずかしながら私の不手際のせいで、彼女に帰郷の決意をさせてしまった上、それを察することができずにこのような事態を招いてしまいました」

 殿下に不手際など何もなかった。ただ、私が王命に従ったのみだ。
 母は殿下のご様子に一つ息を吐いた。

「そうですか。娘に落ち度があったのならばお詫びに参上し、何も無かったのならば、たとえ君主からでも娘を守ろうと考えておりました。しかし、どうやら落ち度は無かったものの、悪かったのは娘のようですね。失礼な態度を取りましたことをお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 え。お、お母様……。
 今のお話からなぜその結論を導き出すのですか!? それは言い過ぎです! わたくしはただ王命にですね。
 先ほどの殊勝な態度はどこへやら、気持ちが弁解に走ってしまう。

「いいえ、そのようなことは決して。先ほども申し上げましたが、落ち度があったのは私です。ロザンヌ嬢にも直接謝罪したいのですが、彼女にお会いさせていただくことは……可能でしょうか」

 控えめにお尋ねする殿下に母は承知いたしましたと頷く。

「――ロザンヌ!」

 ひいっ。
 母が私の名を呼びながら振り返り、視線をこちらに向けるのを感じて私はとっさに身を潜めた。

「そこにいるのでしょう。いつまで隠れているつもり。自分がしたことは正しいと信じているのならば、自分の行為を恥じていないのならば、堂々とした態度で出ていらっしゃい」

 私は自分がしたことは間違っていたなどとは思わない。セリアン様に求婚されたという話をした時には、殿下は私との未来を何も語ってはくれなかったのだから。
 エルベルト殿下は王位第一継承者であり、私はたくさんいる貴族の娘にすぎないのだから、私には何一つ決定権がない。いえ、選ぶことができたのは、選ばなければならなかったのは王宮を出るというただ一つの選択肢のみだった。

 たとえ殿下が何の相談も口にせず王宮を出た私に怒っていようとも、私は間違ったことはしていない。
 拳を作ると隠れていた壁から離れて、殿下たちの前に出た。
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