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第299話 ご挨拶
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応接間に再び入った私たちは、殿下を向かい側に三人で横並び座った。
殿下は私を婚約者として王室に迎え入れたいこと、卒業まで公表を控えること、当面は王宮で過ごして状況に応じて実家に帰る旨などを述べられた。
母は、多少は分かっていた気配はありつつも、それでも気持ちの高ぶりを隠せないようだったが、父はありがたきお言葉に感謝し、よろしくお願いいたしますと落ち着いたものだ。
盗み聞きしていたにしても冷静だなと不思議に思って横顔を眺めていると、父は微笑んだ。
「実は以前、殿下がご訪問くださった時にそのような意味合いのお話があったんだよ。もちろん具体的ではなかったのだけれどね」
「え!?」
「え!?」
驚きで口を揃えたのは母と私だ。
母は慌てて、失礼いたしましたと口で手を抑える。
――あ、もしかして政を話すと、父と殿下で部屋にこもった時のこと!?
「確定ではなかったし、かなり内密の話だったからね。イヴリン、君にも言えなかった。ごめんよ」
「いえ。そのような重要なお話、お一人で抱え込まれるのは大変だったでしょう」
「あはは。まあね。だから昼間、ロザンヌたちだけが帰ってきてびっくりしたよ」
そういえば父は困惑した様子で二人だけかと尋ねていた。私の顔には涙の跡が残っていたみたいだし、婚約話は流れたと思ったのだろう。
「申し訳ありません。私の不手際のせいでロザンヌ嬢を傷つけ、ご家族の皆様には多大なご心配とご迷惑をおかけいたしました。その上、これからの行く先が楽な道ばかりだとは申し上げられません。こんな若輩者に大事なご令嬢を預けることはご不安に思われるかもしれません。それでも」
向かい側に座る殿下は私を見る。
「私はこれからの人生において、彼女と苦楽を共にしたいのです」
「っ。殿下」
胸が熱くなっている私に殿下は微笑みを残し、両親に、主に母に真剣な眼差しを向けた。
母からは了解を得ていないからだろう。
「どうかお嬢様との結婚をお許しいただけないでしょうか」
「……エルベルト殿下」
黙って殿下の言葉を聞いていた母が口を開く。
「人間とは皆、未熟な生き物です。未熟だからこそ足りない部分を補いながら、互いに支え合いながら生きていくのです。今回のようにきちんと向き合って会話し、理解し合う気持ちを持つことができるのならば、きっとどんな試練も乗り越えていけると、わたくしは信じております。どうかロザンヌを――娘をよろしくお願いいたします」
母は柔らかな表情で微笑むと目礼した。
殿下から両親への挨拶が終わり、談話室でお待ちいただいていたジェラルドさんと共に準備を済ませていただくと、食事の場へと向かった。
あらためて再配置されたテーブルに誘導されてそれぞれ席に着く。
家族がいて、ユリアがいて、笑顔の殿下とジェラルドさんがいらっしゃる。
あまりにも美しい理想そのもので、果たすことは夢のまた夢のように思われた光景。叶わぬものと分かっていても密やかに望み続けていた幸せな時間。
それが今、この場にあるのだ。
「ロザンヌ嬢……?」
心配げに眉を落とした殿下に声をかけられて、はっと気付く。
私は慌てて目元にハンカチを当てると涙を拭った。
「殿下、わたくしは嬉しいのです。とても嬉しいのです。今、とても幸せなのです」
笑みを見せると、殿下もまた嬉しそうに微笑みを返してくれた。
もう間近で見ることはできないと思っていた殿下の笑顔に、また熱いものがこみ上げてきそうだけれど、せっかく見ることが叶った光景をわざわざ滲ませることはない。
私は唇を引いて目一杯の笑顔をまた返す。
すると。
ゴホンッ。
「ロザンヌ、そろそろいいかな」
いつもは穏やかな父が、少しばかり目を細めて拗ねたように声をかけてきた。
気付けば皆の視線が私たちに集まっていて、赤くなりつつ慌てて身を正す。
「あ、し、失礼いたしました」
「いや。いいんだけどね。いいんだけど……」
「あなた、殿下の御前ですわよ。泣くのは後にしていただけますか」
語尾がどんどん弱くなっていく父の言葉に、母がたしなめるように口を開いた。
「――はっ。失礼いたしました」
そう言われてみれば何だか涙目の父があらためてゴホンと咳払いをして気持ちを切り替えると、きりっとした表情になり、家長としての誇りを取り戻す。
「殿下におかれましては、遠い所まで足をお運びいただき、誠にありがとうございました。また大変光栄なお申し出を賜り感謝……感謝いたし……っ」
「あなた。何もロザンヌが明日、明後日にお嫁入りするわけではないのですから」
言葉に詰まる父をなだめるように母が声をかけると、父はくわっと目を見開いた。
「そ、そうだとも! もちろんだとも! まだ先は長いのだからね!」
わっ! び、びっくりした。
皆、ドン引きし、母は頭が痛そうに目を瞑る。
父自身も興奮してしまったと気付いたのか、一つ大きく息を吐いた。
「し、失礼いたしました。私からの挨拶はここまでとさせていただきます」
ぐたぐたでしたものね……。その方がよろしいかと。
「それでは皆様、お食事を始めましょう」
ようやく落ち着いた父の挨拶の後で、食事が開始された。
殿下は私を婚約者として王室に迎え入れたいこと、卒業まで公表を控えること、当面は王宮で過ごして状況に応じて実家に帰る旨などを述べられた。
母は、多少は分かっていた気配はありつつも、それでも気持ちの高ぶりを隠せないようだったが、父はありがたきお言葉に感謝し、よろしくお願いいたしますと落ち着いたものだ。
盗み聞きしていたにしても冷静だなと不思議に思って横顔を眺めていると、父は微笑んだ。
「実は以前、殿下がご訪問くださった時にそのような意味合いのお話があったんだよ。もちろん具体的ではなかったのだけれどね」
「え!?」
「え!?」
驚きで口を揃えたのは母と私だ。
母は慌てて、失礼いたしましたと口で手を抑える。
――あ、もしかして政を話すと、父と殿下で部屋にこもった時のこと!?
「確定ではなかったし、かなり内密の話だったからね。イヴリン、君にも言えなかった。ごめんよ」
「いえ。そのような重要なお話、お一人で抱え込まれるのは大変だったでしょう」
「あはは。まあね。だから昼間、ロザンヌたちだけが帰ってきてびっくりしたよ」
そういえば父は困惑した様子で二人だけかと尋ねていた。私の顔には涙の跡が残っていたみたいだし、婚約話は流れたと思ったのだろう。
「申し訳ありません。私の不手際のせいでロザンヌ嬢を傷つけ、ご家族の皆様には多大なご心配とご迷惑をおかけいたしました。その上、これからの行く先が楽な道ばかりだとは申し上げられません。こんな若輩者に大事なご令嬢を預けることはご不安に思われるかもしれません。それでも」
向かい側に座る殿下は私を見る。
「私はこれからの人生において、彼女と苦楽を共にしたいのです」
「っ。殿下」
胸が熱くなっている私に殿下は微笑みを残し、両親に、主に母に真剣な眼差しを向けた。
母からは了解を得ていないからだろう。
「どうかお嬢様との結婚をお許しいただけないでしょうか」
「……エルベルト殿下」
黙って殿下の言葉を聞いていた母が口を開く。
「人間とは皆、未熟な生き物です。未熟だからこそ足りない部分を補いながら、互いに支え合いながら生きていくのです。今回のようにきちんと向き合って会話し、理解し合う気持ちを持つことができるのならば、きっとどんな試練も乗り越えていけると、わたくしは信じております。どうかロザンヌを――娘をよろしくお願いいたします」
母は柔らかな表情で微笑むと目礼した。
殿下から両親への挨拶が終わり、談話室でお待ちいただいていたジェラルドさんと共に準備を済ませていただくと、食事の場へと向かった。
あらためて再配置されたテーブルに誘導されてそれぞれ席に着く。
家族がいて、ユリアがいて、笑顔の殿下とジェラルドさんがいらっしゃる。
あまりにも美しい理想そのもので、果たすことは夢のまた夢のように思われた光景。叶わぬものと分かっていても密やかに望み続けていた幸せな時間。
それが今、この場にあるのだ。
「ロザンヌ嬢……?」
心配げに眉を落とした殿下に声をかけられて、はっと気付く。
私は慌てて目元にハンカチを当てると涙を拭った。
「殿下、わたくしは嬉しいのです。とても嬉しいのです。今、とても幸せなのです」
笑みを見せると、殿下もまた嬉しそうに微笑みを返してくれた。
もう間近で見ることはできないと思っていた殿下の笑顔に、また熱いものがこみ上げてきそうだけれど、せっかく見ることが叶った光景をわざわざ滲ませることはない。
私は唇を引いて目一杯の笑顔をまた返す。
すると。
ゴホンッ。
「ロザンヌ、そろそろいいかな」
いつもは穏やかな父が、少しばかり目を細めて拗ねたように声をかけてきた。
気付けば皆の視線が私たちに集まっていて、赤くなりつつ慌てて身を正す。
「あ、し、失礼いたしました」
「いや。いいんだけどね。いいんだけど……」
「あなた、殿下の御前ですわよ。泣くのは後にしていただけますか」
語尾がどんどん弱くなっていく父の言葉に、母がたしなめるように口を開いた。
「――はっ。失礼いたしました」
そう言われてみれば何だか涙目の父があらためてゴホンと咳払いをして気持ちを切り替えると、きりっとした表情になり、家長としての誇りを取り戻す。
「殿下におかれましては、遠い所まで足をお運びいただき、誠にありがとうございました。また大変光栄なお申し出を賜り感謝……感謝いたし……っ」
「あなた。何もロザンヌが明日、明後日にお嫁入りするわけではないのですから」
言葉に詰まる父をなだめるように母が声をかけると、父はくわっと目を見開いた。
「そ、そうだとも! もちろんだとも! まだ先は長いのだからね!」
わっ! び、びっくりした。
皆、ドン引きし、母は頭が痛そうに目を瞑る。
父自身も興奮してしまったと気付いたのか、一つ大きく息を吐いた。
「し、失礼いたしました。私からの挨拶はここまでとさせていただきます」
ぐたぐたでしたものね……。その方がよろしいかと。
「それでは皆様、お食事を始めましょう」
ようやく落ち着いた父の挨拶の後で、食事が開始された。
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