つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
313 / 315
【番外編:ユリア編】

第313話 伝えている言葉。届かない思い(五)

しおりを挟む
 本日はまた露天商が開かれるらしい。
 私は特に今必要としているものはないが、同室のコレットさんが買いたい物があるそうで、荷物持ちとして請われているので一緒に行くことになった。
 ロザンヌ様も学校から戻ってきたらお声がけしよう。夕方頃までやっているといいが。
 二人で門へと向かっていると、前方からジェラルド様が何か袋を抱えてやって来た。

「ユリアさん、こんにちは」
「こんにちは」

 ジェラルド様は隣のコレットさんにも目礼する。名前をご存知ないからだろう。
 コレットさんは礼を取ると、私を見て微笑んだ。

「先に行っているわね。ではお先に失礼いたします。ジェラルド様」

 再び礼を取るとコレットさんは去って行く。
 やはりジェラルド様のお名前は知られているのか。殿下の護衛騎士官長で有名だから当然かもしれない。

「足を止めて申し訳ありません。ご用があったのではないのですか?」
「露天商に行く最中でしたが、私は荷物持ちです。私は買い物するものはありませんので、大丈夫です。……ジェラルド様もお買い物をなさったのですか」

 袋から赤いリンゴが顔を出しているのが見えた。

「あ、ええ。私はリンゴが好きで、特に稀に開かれる露天商でしか手に入らないリーデン産のものは瑞々しくて甘さと酸味のバランスが良いので、とても好きなのです。よろしければユリアさんもお一つどうぞ」

 ジェラルド様は袋の中から艶のある赤く成熟したリンゴを取り出すと、笑顔で私に差し出した。だが、すぐにはっとした表情になる。

「すみません。ユリアさんはリンゴがお嫌いでしたね。失礼いたしました」

 ジェラルド様は私の好きな物も嫌いな物も覚えてくださっている。
 私は、慌てて引っ込めようとしたジェラルド様の手を取った。

「え」

 目を丸くするジェラルド様に構わず私は口を開く。

「リンゴが嫌いになったのは私が路上生活者となり、初めて盗みの実行要員にされた時です。仲間は、仲間だと信じていた人は逃走途中、まだ何も事情が分かっていなかった私にリンゴを投げ寄越したのです。店主から逃げ切るための囮役でした。人生で初めて裏切られた瞬間です。私にとってリンゴは裏切りの象徴です。裏切りの味です。だから生涯口になどしない」

 ジェラルド様の瞳には不快そうな色も、憐憫の色も見えない。ただ、私の話を黙って受け止めようとしてくださっているのだけが分かる。

「そう思っていました。ですが」

 私は手を離すと、まだジェラルド様の手の中にあるリンゴにそっと触れる。

「好きな人が好きだと言う果実の味が知りたくなりました。私も好きになりたいと思いました。私はジェラルド様が好きな果実を自分の好きなものの一つにしたいです」
「――っ」
「ですからこのリンゴを頂けますか」
「は、い……」

 低く掠れた声のジェラルド様は、リンゴを握った手を緩めて開いてくださった。
 両手でそのリンゴを包み込んで受け取り、胸に寄せるとお礼を述べる。

「ありがとうございます。ジェラルド様」
「っ。ユ、ユリアさん! 私――」
「あ」

 そういえば忘れていた。

「ジェラルド様。私はこれから露天商に行かなければいけませんでした。申し訳ありませんが、後であらためて頂いても良いでしょうか」

 このままリンゴを持って行ったら、盗んだと思われるに違いない。気付いてよかった。

「あ、はい……」
「ありがとうございます。ではまた後ほど」

 私は再びジェラルド様の大きな手の平にリンゴを乗せた。


「ねえ、ユリア。ジェラルド様のことなのだけれど」

 学校から帰り、部屋に戻ってお着替えを手伝っていると、ロザンヌ様が顔だけ振り返った。

「何でしょう」
「今日のジェラルド様、何だかいつもと違わなかった? その、いつもと同じく穏やかで仕事ぶりは完璧なのだけれど、どこか。うーん。言葉で説明するのは難しいわ」
「そうでしょうか」

 いや。そうかもしれない。今日は好きだと言ってもらえなかった。

「ユリア、何、拗ねた顔をしているの?」
「……拗ねていません」

 着替えを済ませたロザンヌ様は振り返り、腰に手をやる。そして目を細めると身を乗り出して私を仰ぎ見てきた。

「今日、ジェラルド様と何かあった?」
「特に何もなかったと思いますが。リンゴを頂いた以外は」
「リンゴですって!? ユリア、あなたリンゴが嫌いでしょう? なぜもらったの?」

 驚くロザンヌ様を見ながら、ロザンヌ様もまた私の嫌いなものを覚えてくれていることに嬉しい気持ちになる。

「諸事情で」
「諸事情って何よ。いいからお話ししてごらんなさいよ」

 目を細めて手をくいくいと動かして要請してくるので、簡潔にお話しをすると。

「――男心を軽々ともてあそぶ手練れの悪女コワイ!」

 ロザンヌ様はひぃぃぃと青ざめて両手を頬に当てる。
 誰が。

「無自覚もコワイ。そ、それで? そのリンゴは食べたの?」
「はい。申し訳ありません。一人で食べてしまいました」
「良かった。そのリンゴだけは分けてほしくないわ……」

 苦い笑いされたロザンヌ様はさらに興味深そうに、首を傾げて尋ねてきた。

「リーデン産だっけ。味はどうだった?」
「思わず泣いてしまいました」
「えっ。泣くほど美味しかったの?」
「はい。美味しかったです」

 瑞々しく甘酸っぱくて、爽やかさで心を浄化してくれるような――まるでジェラルド様そのもののような味だった。

「とても美味しかったです。好きに……なりました」
「――お。女心も手玉に取る魔性の女コワイヨー」

 ロザンヌ様は目を見開くと、真っ赤に染めた顔を両手で覆って伏せた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...