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レスポンスは迅速に
しおりを挟むライの戸惑う声が耳元で熱い息とともに吹き込まれ、背中にゾクゾクと痺れるような感覚が走った。ライの太い腕が腰にまわり、私をぎゅっと抱き締める。
「どうして、はじめてじゃないと、おもうの……」
「いや、だって……え?」
ライの大きな掌が私の頭を優しく撫でた。
子供の頃、何度も私をこうして撫でてくれた優しい手だ。この手があれば、私はずっと幸せだった。
「はじめてだよ……」
かすれた声が情けなく響く。これでまた子供だと思われるだろうか。
「……なんでこの辺りの事詳しいんだ……?」
ライの戸惑った声がくっついた身体を通して響く。うぐうぐと泣いているとまた、ライが優しく頭や背中を撫でた。
「……地図」
「地図?」
「観光客用の地図、書いたから……」
「は? え、あの『大人のための夜の案内図』とかいう案内書で配布してる低俗なやつか!? あのなんかいかがわしい絵も描かれてる!?」
「低俗って言わないで! いかがわしくなんかないよ、私の渾身の作品なんだから!」
「作品て……」
「お店に来るお姉さんたちに頼まれて地図描いただけだよ……ちゃんと報酬も貰ってる」
「……」
今度はライが私の首に顔を埋めて呻いた。
しばらくじっと抱き合っていると、ライがため息をついてそっと身体を離し私の顔を覗き込む。
「ユイ」
優しく名前を呼ぶその声は、意地悪な響きなど持っていない。私を労わり優しさに溢れている。言葉だけじゃない、感情のこもった声。
今度はライがゴクリと音を立てて何かを飲み込んだ。その真剣な眼差しをぼんやりと見つめ返す。
「俺と結婚して欲しい」
「うん」
「おい、返事早えな!?」
「え、だってずっとライのこと好きだったもん……」
「え?」
ライは目を丸くして固まった。細い目でも丸くなるんだな。
――小さな頃からライは私のヒーローだった。
小さな村の男爵家次男のライは、貴族にもかかわらず私たちと一緒に毎日村中を駆け回っていた。
村には同じ年ごろの子供は少なく、五歳年上のライは、いつも私の手を引いて遊んでくれた。森を二人で走り回り湖で泳ぎ、時には読み書きを教えてくれて、私の描く絵を褒めてくれた。
でもそれも、ライが年頃になるまで。
私を守ってくれた男の子はいつの間にか声が低くなり、身長が伸び、肩幅も広く筋肉が厚くなっていく。
身体が大きくなると、男爵家の子息であるライの周囲には常にきれいな女の人がいるようになった。
ライの婚約者候補だと大人たちは言っていた。まだまだ小さな私は、それを遠巻きに見ているだけだった。
ライが好きだとはっきり意識したことはない。ただずっと、ライに守られそばにいて、ずっとそうしていられると思っていただけ。
でもライは私よりも先に大人になり、女性とお付き合いして、私とは違う世界で暮らす人になっていた。小さくて幼くて眼鏡をして、おしゃれとは無縁の私とは違うキラキラした世界。私からライに話しかけてはライが恥ずかしい思いをするのではと、いつしか私は、身を隠すように、ライの目に留まらないように過ごすようになった。
そうしてライは十六歳になると騎士団に入団することになり、言葉を交わすことなく王都へ行ってしまった。
一人になった私は家にこもり絵を描くようになった。
特にしたい事もなく友人もいなかった私。家の手伝いをしながら、いつか誰かと結婚してこの小さな村で暮らしていくのだろうと思っていたが、ある日ライから手紙が来た。
『王都に来ないか』
それは遊びに来ないか、という誘いではなく、自分が保証人になるから王都で仕事を探してみろという内容だった。
男爵家の子息が保証人となることに両親は喜び、私は十八歳で初めて小さな村から飛び出した。
――あれから二年。
今、幼いころから私を大切にしてくれていたライは、なぜか私の上に跨り結婚しようと言う。
顔を赤らめしっとりと汗ばんだライの首筋を、部屋の灯りがオレンジ色に染めている。
「……好きだった? 俺が?」
「え」
そこ確認するかな。
「お前、俺のこと避けてただろう」
「……ライが先に大人になっただけだよ」
「そりゃあ……仕方ないだろ」
「いつから?」
「ん?」
「ライはいつから、私のこと好きだったの」
「……別に、はっきりした記憶はない。でも、お前を王都に呼んで久しぶりに顔を合わせて……きれいになったと、思った」
「顔?」
「中身は知ってるから」
ライはひとつ息を吐きだすと、私の髪を優しく梳いた。
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