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1話
記憶喪失と決断<1>
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僕が二十七歳で、希美が二十五歳の時に結婚し、自宅は東京都江戸川区にある六階建ての中古マンションの一室を購入した。
江戸川区は子育て支援が充実しているし、公園や学校も沢山あることから選んだ街だった。
結婚して七年。まだ子どもはいないが、それは妊活にあまり積極的ではなかったからだ。
まずは二人だけの生活を楽しみたいと希美に言われ、希美が三十歳になったら、積極的に妊活を始めようと二人で話していた。
だが、ここ一年は希美が大好きだった推しが音楽活動を休止したり、お亡くなりになったりでそれどころではなくなっていた。
しかし、朝食の席で希美は「涼くん、妊活再開しよっか」と、怒ったような顔で言った。それは恥ずかしい時の希美の表情だった。
向かい側の席でトーストを食べていた僕は思わず「えっ」と低い声で口にした。
途端に希美が不満そうに頬を膨らます。丸顔がさらに丸くなり、あまりの可愛らしさに笑いそうになるが、笑ったらさらに叱られると思って我慢した。
「えって何よ」
「あまりにも唐突だったから」
「嫌なの?」
嫌ではない。
希美とそういうことを最後にしたのは半年前だ。この半年は希美が落ち込み過ぎて、何もできなかったというのが正直な所だ。
「嫌じゃないが」
「じゃあ、今夜しよう」
胸が高鳴り、急に目の前の部屋着姿の希美が色っぽく見える。
肩までの長さの栗色の髪、色白の丸顔、二重瞼の大きな目、本人は低いと気にしている可愛らしい鼻、そして小さな口を改めて見つめて、希美のことを好きだと思った。出会った時から、ずっと彼女に夢中だった。
僕は広告代理店でグラフィックデザインの仕事をしていて、希美はフリーでイラストレーターの仕事をしている。
一緒に作った広告の縁で、食事をすることになり、そこで初めて希美と顔を合わせた。それまでは希美とはメールだけのやり取りだったが、毎回希美のメールは好感が持てていたので、どんな人が来るか僕は密かに楽しみだった。そしてひと目、希美を見て僕は恋に落ちた。希美の顔も、話し方も、声も、小柄な体型も、着ている服も、全てが僕のタイプだった。
恋愛に奥手だった僕は勇気を出して、食事会の後に希美に声をかけた。
『今度は二人きりでどこかに行きませんか?』
希美は僕の顔を見ながら、少し考え『いいですよ』と答えてくれた。
それが希美との交際の始まりだった。
「ねえ涼くん、聞いてる?」
テーブル向こうの希美が黙ったままの僕を見る。
「ごめん。今夜は取引先との会食があって帰りが遅くなるんだ」
「そっか」
希美が残念そうな表情を浮かべる。
嘘をついたことに胸がチクリと痛む。
まだ僕は余命宣告されたことを希美に伝えていなかった。
江戸川区は子育て支援が充実しているし、公園や学校も沢山あることから選んだ街だった。
結婚して七年。まだ子どもはいないが、それは妊活にあまり積極的ではなかったからだ。
まずは二人だけの生活を楽しみたいと希美に言われ、希美が三十歳になったら、積極的に妊活を始めようと二人で話していた。
だが、ここ一年は希美が大好きだった推しが音楽活動を休止したり、お亡くなりになったりでそれどころではなくなっていた。
しかし、朝食の席で希美は「涼くん、妊活再開しよっか」と、怒ったような顔で言った。それは恥ずかしい時の希美の表情だった。
向かい側の席でトーストを食べていた僕は思わず「えっ」と低い声で口にした。
途端に希美が不満そうに頬を膨らます。丸顔がさらに丸くなり、あまりの可愛らしさに笑いそうになるが、笑ったらさらに叱られると思って我慢した。
「えって何よ」
「あまりにも唐突だったから」
「嫌なの?」
嫌ではない。
希美とそういうことを最後にしたのは半年前だ。この半年は希美が落ち込み過ぎて、何もできなかったというのが正直な所だ。
「嫌じゃないが」
「じゃあ、今夜しよう」
胸が高鳴り、急に目の前の部屋着姿の希美が色っぽく見える。
肩までの長さの栗色の髪、色白の丸顔、二重瞼の大きな目、本人は低いと気にしている可愛らしい鼻、そして小さな口を改めて見つめて、希美のことを好きだと思った。出会った時から、ずっと彼女に夢中だった。
僕は広告代理店でグラフィックデザインの仕事をしていて、希美はフリーでイラストレーターの仕事をしている。
一緒に作った広告の縁で、食事をすることになり、そこで初めて希美と顔を合わせた。それまでは希美とはメールだけのやり取りだったが、毎回希美のメールは好感が持てていたので、どんな人が来るか僕は密かに楽しみだった。そしてひと目、希美を見て僕は恋に落ちた。希美の顔も、話し方も、声も、小柄な体型も、着ている服も、全てが僕のタイプだった。
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『今度は二人きりでどこかに行きませんか?』
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それが希美との交際の始まりだった。
「ねえ涼くん、聞いてる?」
テーブル向こうの希美が黙ったままの僕を見る。
「ごめん。今夜は取引先との会食があって帰りが遅くなるんだ」
「そっか」
希美が残念そうな表情を浮かべる。
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まだ僕は余命宣告されたことを希美に伝えていなかった。
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