神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
5 / 61
1話

記憶喪失と決断<4>

しおりを挟む
 戸惑っていると、医師と看護師がやって来て、診察を始めた。
 希美はすぐに一般病棟に移された。怪我は軽い打撲と、後頭部を2針縫っただけだった。ある1点を除けば脳に異常もなかった。


「逆行性健忘症って、どういうことですか?」

 僕は希美の主治医から診察室で、律子さんと一緒に説明を受けていた。

「奥さんは、頭を強く打ち、病院に運ばれて来た時は意識はありませんでしたから、その後遺症として、ご主人のことを忘れてしまったのだと思います。しかし、CTの画像を見る限りは大きな損傷は見られませんし、その他の検査でも異常は見られませんでしたので、深刻な障害を心配する必要はないでしょう」

 恵比須様によく似た丸顔の脳神経外科医はそう言って、微笑むが、希美が僕だけを忘れていることに対して腑に落ちない。

 さらに恵比須様に質問すると、「もしかしたら、精神的なものもあるかもしれませんね」と付け足した。
 精神的なものと言われて、希美と最後に交わした会話を思い出す。

 ――嘘……。涼くんまでいなくなるの……
 ――何言ってるんだよ。希美
 ――嫌、そんなの絶対に嫌!

 もし精神的な理由で僕のことを忘れているのだとしたら、間違いなく僕の病気のことだ。

「ご主人、何か思い当たることが?」

 沈黙した僕を恵比須様が真剣な表情で見る。

「あ、ありませんよ」

 律子さんがいる前で僕の病気のことは言えないので、誤魔化した。

「そうですか。まあ、日常生活に戻ればそのうち思い出すでしょう。最初はご主人とぎこちないかもしれませんが、新しくご主人のことを知っていけば、問題はありませんから。大事なのは過去の出来事よりも今ですよ」

 励ますように言われた言葉が胸に突き刺さる。

 今の僕の状態を知って、また希美が悲しむと思ったら耐えられない。一層のこと、このまま僕のことを忘れたままでいてくれた方が希美にとってはいいのではないかと思った。

 *

「律子さん、希美の身の周りのものです。渡して下さい」

 診察室から出て、希美の病室に向かう律子さんにお願いした。
 律子さんは意外そうに瞬きをして僕を見る。

「涼介くん、希美には会っていかないの?」
「会えませんよ。希美は僕のことがわからないんですから。昨日なんて、白いTシャツを着ていたからか、看護師と間違えられました。今、僕が側にいると希美が混乱しますから。律子さんに面倒をかけますが、希美の面倒を見てやってください」

 紙袋を差し出しながら、深々と頭を下げる。

「それは構わないけど。でも、このままって訳には……」
「少し時間を下さい。希美が退院するまでに考えたいことがあるんです」

 医者の話では、二、三日中には退院できそうな気配だった。

「そうね。涼介くんもショックよね。希美がよりにもよって涼介くんの存在を忘れるなんて。わかった。希美のことは任せてね」
「それから僕の話はあまりしないで下さい。希美を刺激したくないので。先生も無理矢理、思い出させるのはよくないと言ってましたし」
「うん、わかった」

 律子さんはそう言うと、僕が差し出した紙袋を受け取り、希美の病室に入って行った。
 僕は廊下に立ち、中から聞こえる希美の声に耳を澄ませる。

『お姉ちゃん、ありがとう。あー、これ、お気に入りのパジャマ!』
『病院で借りたパジャマよりも、着慣れた物の方が落ち着くと思って持って来たのよ』

 僕が思ったことを律子さんは希美に言ってくれた。

『ありがとう! 助かる』

 希美の弾んだ声を聞いて、頬が緩んだ。
 パジャマは病院で借りることができるので、余計なことかと思ったが喜んでくれたようだ。
 律子さんが出てくるまで廊下で二人の会話を聞いていた。
 通りかかる看護師や見舞い客から不審な目で見られたが、構わなかった。側に行けないからこそ、希美の声が聞きたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

秋月の鬼

凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

君の声を、もう一度

たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。 だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。 五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。 忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。 静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。

処理中です...