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第五話,ブチ切れる
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クラド王子殿下は国王陛下の居室に赴き、父王を寝台から引き摺り出しました。
敬意の欠片も感じられない口調で、
「よくも、私の趣味から両極にかけ離れたような脳内花畑ピンクの姫君を宛てがって下さいましたね? 陛下の脳内もピンクなのですか? 斬ってみたら分かりますか?」
「ま、待て、クラド! 乱心したか?!」
「ご乱心は貴方の方でしょう、父上」
クラド殿下は、抜き身の剣を手にしたままです。その剣の切っ先からは、先程の古代竜討伐戦でついた血の汚れが生々しく残っており、その刀身を伝わって何かが、分厚い絨毯にぽたり、ぽたりと滴り落ちて……
控えめに言っても、悪夢のような光景です。
それでいて、暗がりで見下ろすクラド殿下の端然とした顔には染みひとつなく、真っ直ぐなプラチナブロンドの髪はさらりと額に落ちかかって、先ほどまで討伐に出ていらした方とは思えない、彫像のような整い方です。
体温などないかのような冷たい眼差し。
ですが、私には分かります。
(……滅茶苦茶激怒なさっている)
こんなに怒っているクラド殿下を、私はこれまで一度も見たことがありません。
「『運命』を偽るのは大罪です。この国の王室典範で定められたこと。陛下であろうと許されません」
「な、何を言っている! 余が『運命』を偽るわけがなかろう!」
「……」
クラド殿下は、黙って国王陛下の首筋に剣の腹を押し当てられました。
「ヒッ……な、何を」
「何を? こっちこそ問いたい。こっちは精通以来、夜な夜なエルカをオカズにして来たんだ。他の女ではどうにもならん。私に偽物の運命を宛てがうなら、せめてエルカの血縁、生き別れの姉妹、ドッペルゲンガーぐらいは用意すべきだろう。そんなこともお考えでないとは……全く、愚王にも程がある!」
(え)
今、エルカと……私の名前を叫ばれたような……?
そして、とんでもない内容を堂々と口になさった気がしますが……
(何ですと)
私の頭が真っ白になっている間も、クラド殿下の暴露は止まりません。
「エルカが自分が男だと言うから、そういう趣向なら仕方がないと付き合ってきたが……どう考えても私の『運命』はエルカだろう。それを簡単に引き裂けると思っている浅はかさ、愚かさといい……だから父上は、自分の『運命』に逃げられるんだ」
「ぐっ……に、逃げられてなどいない! 余に『運命』などというものはおらんからな! そんなものに浮かれて、馬鹿げた話に踊らされおって」
「ハッ、自らの『運命』を受け入れたくなくて拗らせた結果、『お前を愛することはない』などと言い放ってお相手に逃げられた方は言うことが違いますね」
「ぐ、ぐうっ……! だ、黙れ、馬鹿息子が!」
……国王陛下が涙目になっていらっしゃいます。
忠臣としては止めに入るべきでしょうが、私は国王陛下の忠臣ではないので……
「エルカ」
私が遠巻きに見守っていると、やがて立ち上がったクラド殿下が振り返り、私に歩み寄って来られました。
放置された国王陛下ですが……よほど堪えたのでしょう、床の上でしくしくと泣いておられます。思わず視線を引き付けられて、そちらを見てしまいますが、慰める気は今のところ起きません。
「あの愚父上のことはどうでもいい。王室典範を破った以上、恐らくは退位なさることになるだろうが……それよりもだ」
手を取られ、肩に腕を回して引き寄せられました。いささか乱暴に抱き締められます。
「私の運命。占術師どもの言うことなどどうでもいい。お前がずっと私の運命だと思っていた。お前だってそうだろう?」
「そうですね……」
頭の中には、先ほどクラド殿下が叫ばれた『夜な夜なエルカをオカズにしてきたんだ』という言葉が鳴り響いていましたが、私は答えました。
「クラド様。貴方は私の運命です」
もう嘘をつかずにすむのだ、と思うと、他のことはとりあえず忘れられそうな気がします。
敬意の欠片も感じられない口調で、
「よくも、私の趣味から両極にかけ離れたような脳内花畑ピンクの姫君を宛てがって下さいましたね? 陛下の脳内もピンクなのですか? 斬ってみたら分かりますか?」
「ま、待て、クラド! 乱心したか?!」
「ご乱心は貴方の方でしょう、父上」
クラド殿下は、抜き身の剣を手にしたままです。その剣の切っ先からは、先程の古代竜討伐戦でついた血の汚れが生々しく残っており、その刀身を伝わって何かが、分厚い絨毯にぽたり、ぽたりと滴り落ちて……
控えめに言っても、悪夢のような光景です。
それでいて、暗がりで見下ろすクラド殿下の端然とした顔には染みひとつなく、真っ直ぐなプラチナブロンドの髪はさらりと額に落ちかかって、先ほどまで討伐に出ていらした方とは思えない、彫像のような整い方です。
体温などないかのような冷たい眼差し。
ですが、私には分かります。
(……滅茶苦茶激怒なさっている)
こんなに怒っているクラド殿下を、私はこれまで一度も見たことがありません。
「『運命』を偽るのは大罪です。この国の王室典範で定められたこと。陛下であろうと許されません」
「な、何を言っている! 余が『運命』を偽るわけがなかろう!」
「……」
クラド殿下は、黙って国王陛下の首筋に剣の腹を押し当てられました。
「ヒッ……な、何を」
「何を? こっちこそ問いたい。こっちは精通以来、夜な夜なエルカをオカズにして来たんだ。他の女ではどうにもならん。私に偽物の運命を宛てがうなら、せめてエルカの血縁、生き別れの姉妹、ドッペルゲンガーぐらいは用意すべきだろう。そんなこともお考えでないとは……全く、愚王にも程がある!」
(え)
今、エルカと……私の名前を叫ばれたような……?
そして、とんでもない内容を堂々と口になさった気がしますが……
(何ですと)
私の頭が真っ白になっている間も、クラド殿下の暴露は止まりません。
「エルカが自分が男だと言うから、そういう趣向なら仕方がないと付き合ってきたが……どう考えても私の『運命』はエルカだろう。それを簡単に引き裂けると思っている浅はかさ、愚かさといい……だから父上は、自分の『運命』に逃げられるんだ」
「ぐっ……に、逃げられてなどいない! 余に『運命』などというものはおらんからな! そんなものに浮かれて、馬鹿げた話に踊らされおって」
「ハッ、自らの『運命』を受け入れたくなくて拗らせた結果、『お前を愛することはない』などと言い放ってお相手に逃げられた方は言うことが違いますね」
「ぐ、ぐうっ……! だ、黙れ、馬鹿息子が!」
……国王陛下が涙目になっていらっしゃいます。
忠臣としては止めに入るべきでしょうが、私は国王陛下の忠臣ではないので……
「エルカ」
私が遠巻きに見守っていると、やがて立ち上がったクラド殿下が振り返り、私に歩み寄って来られました。
放置された国王陛下ですが……よほど堪えたのでしょう、床の上でしくしくと泣いておられます。思わず視線を引き付けられて、そちらを見てしまいますが、慰める気は今のところ起きません。
「あの愚父上のことはどうでもいい。王室典範を破った以上、恐らくは退位なさることになるだろうが……それよりもだ」
手を取られ、肩に腕を回して引き寄せられました。いささか乱暴に抱き締められます。
「私の運命。占術師どもの言うことなどどうでもいい。お前がずっと私の運命だと思っていた。お前だってそうだろう?」
「そうですね……」
頭の中には、先ほどクラド殿下が叫ばれた『夜な夜なエルカをオカズにしてきたんだ』という言葉が鳴り響いていましたが、私は答えました。
「クラド様。貴方は私の運命です」
もう嘘をつかずにすむのだ、と思うと、他のことはとりあえず忘れられそうな気がします。
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