記憶喪失から始まる、勘違いLove story

たっこ

文字の大きさ
3 / 42

3 初出勤

しおりを挟む
 翌日、かなり緊張しながら月森と一緒に出社した。
 同じプロジェクトチームのメンバーには、俺の事情について事前に説明があったようで、席に着くなり皆が立ち上がって俺のところまで来て自己紹介をしてくれた。
 後輩は月森の他には二人。あとは皆俺よりも上の人たちばかりで、さらに緊張感が襲った。

「あの、記憶が戻るかどうかもわかりませんが、少しでも皆さんのお役に立てるよう努めますので、どうかよろしくお願いします」
 
 頭を下げて挨拶を返す。
 すると、なぜか皆が驚いた顔をする。
 目を瞬き、口を開け、しばらくすると皆が口々につぶやいた。

「なるほどなぁ」
「これが記憶喪失か……」
「面白いなぁ」
 
 普通に挨拶をしたつもりだったが、どこか変だっただろうか。
 首をかしげて月森を見ると、苦笑いを返された。
 
「しかしまぁ、月森と同じプロジェクトのときでよかったよ。ちょっとでも知ってる顔がいれば心強いだろ」
 
 部長が俺の肩に手を置いて「何か困ったことがあれば月森に言え」と言い残し去っていった。
 てっきり部長も同じフロアで一緒に働くと思っていたから少し驚く。
 それに今の言い方って……。

「月森と同じプロジェクトのとき……って、違うこともあるの?」
「あ、はい。今はたまたま一緒ですけど、今までは別でしたよ。プロジェクトが違えば席も離れるしフロアが変わることもあるし、ずっと現場で作業する場合もあります」
「現場?」
「客先に行くって意味です」
 
 ……なるほど。ということは部長は一緒のプロジェクトではないんだな。
 説明を聞いても、今のところ何も思い出せそうな感じはない。
 職場に来て同僚の顔ぶれを見れば何か思い出せるかもと期待をしたが、どうやらダメそうだ。俺はガッカリして肩を落とした。
 そもそも、家でも職場でも一緒の月森ですら思い出せない。あのケバい母親だってわからないのに、そりゃ無理だ。
 記憶を取り戻すのは長期戦になりそうだなと息をつき、すぐさま気持ちを切り替えた。

 補佐に回れと言われたが、今どきは全てがPC上で、記憶喪失の俺にできる仕事はほとんどなかった。不安が的中する。これじゃ給料泥棒だ……。
 二ヶ月後には新卒者が入社する。そこから数ヶ月は新人研修があり、もしこのまま記憶が戻らなければその研修に俺も参加することになるそうだ。
 部長からメールが届き開いてみると、研修で使用するテキストを送るから暇なら眺めてろと書かれていた。補佐に回れと言いながら、本当は仕事がないことを部長はわかっていたんだ。それでも俺の出社を許してくれた部長に深く感謝した。
 俺はお礼の返信を返し、添付された資料を開く。テキストすらもデータなのか。本当に全てがPC上なんだな。
 俺はそのテキストを見ながら、昨日月森にもらったノートを使って勉強を始める。今の俺にはこれくらいしかすることがない。頑張るしかない。

 途中トイレに立ちフロアを歩いていると、周りからの視線を感じた。ここは別のプロジェクトかな。いや、技術者じゃないかもしれない。やけに女子社員が多い。
 やっぱり第一印象は大事だよなと、俺はその視線に笑顔を返す。
 しかし、返してから気づく。自分だけが初対面のつもりで、皆とはもう何年もの付き合いなんだよなと、微笑みながら内心で自虐的に笑った。



「――――……よね。本当に中村さん? って思っちゃった」
「やっぱり? あれは思うよね」

 トイレの帰り、給湯室から聞こえてきた声に思わず立ち止まる。
 中村って、俺だよな。でも、どうやらいい話じゃなさそうだ。
 聞き耳を立てるなんていいことじゃないとはわかっているが、俺の何を話しているのか……それは気になる。

「私、中村さん苦手だったのよね。なんかあの、俺仕事できるけどなに? って鼻にかけた感じが」
「わかるわかる。仕事早くてミスもないってすごいけどさ、あんなにツンケンしなくてもいいよね」
「ビジュアルはすごくいいのに」
「ほんと、すごい綺麗よね」
「今の中村さんなら完璧じゃない? 物腰柔らかいし笑顔も素敵だし、ずっとあのままならいいなぁ」
「私、中村さんにアプローチしようかな」
「え、でも記憶が戻ったら……あれよ? 怖くない?」
「今の中村さんと足して二で割ったくらいにならないかな?」
「それはどうかしらね」

 これは悪口なのか褒め言葉なのか、いったいどっちだろう。
 前の俺も今の俺も、どちらもどこか他人事のようで、これが俺の話だという実感がわかない。傷つくも喜ぶもない。
 ただ、俺は嫌われていたらしいということはわかった。
 そうか。鼻にかけるほど俺は仕事ができたのか。なるほど。
 ほうほう、と納得していると、給湯室から出てきた二人が俺に気づいてギクリと顔を強ばらせた。

「あ、あの……中村さん……」
「ああ、すみません。コーヒーは仕事中でも入れていいんでしょうか」
「あ、は、はい。もちろんです。ここにコーヒーメーカーがあって――――」

 聞かれていなかった、というようにホッとした表情で、女性がコーヒーについて一生懸命説明をしてくれる。
 アプローチしようかなと言っていたほうかな、と観察した。
 しかし、たとえさっきの話を聞いていなかったとしても、ないな、と思った。外見がどうとかではなく、俺はこの子よりも月森のほうがいい、と思ってしまった。
 いやいや、月森は男だろ。なにバカなこと考えてるんだ……。
 でも、がっしりとした体つきとは裏腹に、優しげな雰囲気でよく笑う月森と一緒にいるだけで癒されて、俺まで心が優しくなっていく感じがするんだ。



「コーヒー飲む?」

 二人分のコーヒーを入れて席に戻り、月森のデスクに一つ置いた。

「あ、ありがとうございます」
「うん」

 紙コップに入ったコーヒーをずずっと一口飲むと、いつものコーヒーの味わいとは異なる苦みが口の中に広がった。

「……月森が淹れてくれるコーヒーのがやっぱり美味いね」
「あれは先輩のお気に入りの豆ですからね」
「月森が淹れてくれるから美味いんだよ」
「えっと……コーヒーメーカーですよ?」
「豆も挽いてくれてるし」
「いや、機械でウイーンですよ……?」

 機械でウイーンに思わずツボる。

「それでも、月森が淹れてくれるから美味しいんだよ」
「え……っと……ありがとうございます……?」

 俺の言葉に照れる月森が可愛い。
 うん、やっぱり俺は、月森のほうがいい。
 とりあえず記憶が戻るまでは、恋愛なんてどうでもいいな。
 
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー

紗々
BL
俺は小さな頃からずっとずっと、そうちゃんのことが大好きだった───。 立本樹と滝宮颯太は、物心ついた頃からの幼なじみ。いつも一緒で、だけど離れて、傷付けあって、すれ違って、また近づいて。泣いたり笑ったりしながら、お互いをずっと想い合い大人になっていく二人の物語です。 ※攻めと女性との絡みが何度かあります。 ※展開かなり遅いと思います。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...