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貴女の命を私に下さい
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(危ない危ない。優しいからすっかり甘えちゃったけど、危うく相手のペースに巻き込まれるところだった……)
若佐先生の言う通り、上司と会社を訴えようかと何度も考えた。でも私には弁護士や裁判に必要な費用を支払えそうになかった。
それに今は冬。もうすぐ本社から来年度の異動希望を聞かれると、他の社員が話しているのを聞いた。それならその時に異動希望を出せばいいだけだった。
ただ、気がかりなのは――。
(もし、異動希望が通らなかったら、どうしよう……)
異動希望はあくまで希望なので、必ずしも異動出来るとは限らない。もしかしたら、異動希望が通らず、また来年も同じ職場かもしれない。
そうなった時、私はまた一年耐えられるだろうか。あの上司に我慢出来るだろうか。
そう考えたら、また胃が痛み出した。ここ最近は仕事の事を考えると、すぐに胃が痛みだす。病院では仕事のストレスと疲労が原因と言われた。異動希望が通らなかったら、この胃痛も続くのかと思うと億劫だった。
早く楽になりたかった。どんな方法でもいい。楽になれるのならなんでも。
その時、廊下の突き当たりに非常口の扉を見つけた。扉には鍵がかかっておらず、扉の先は小さなバルコニーの様になっていた。非常用の防火扉があるので、廊下に火の手が迫った際、各部屋のバルコニーから逃げられるようになっているのだろう。若佐先生の部屋にはバルコニーはなかったが、他の部屋にはあるのかもしれない。
私はバルコニーに出ると、手摺りから下を覗く。十五階だけあって、真下の駐車場までは結構な距離があった。
(今なら、楽になれるかも……)
もう、終わりにしたい。何もかも――。
コンクリートの床にトートバッグを置くと、両手で手摺りを掴む。肘に力を入れて、手摺りに足を掛けようとした時、バルコニーの扉が勢いよく開け放たれたのだった。
「何をしているんですか!?」
振り向くより先に両腕を引っ張られると、後ろに倒れる。顔を上げると、そこには眼鏡がずれて今にも顔から落ちそうになっている若佐先生の顔があったのだった。
「どうして……」
「心配になって追いかけてみれば……自分の命を何だと思っているんだ! 死ぬくらいなら、仕事を辞めてしまえ!」
先程までとは全く違う若佐先生の姿に唖然とすると、不意に両目から涙が溢れてくる。
「仕事に行きたくない! そんな楽に辞められるなら辞めたい! でも、辞めたくないっ……!」
両手で顔を押さえ、涙交じりになりながら、自分の正直な気持ちを吐露する。
「私、今の仕事が好きなんです……! だからこそ、今まで我慢して働いてきたんです。ここで辞めたら、これまで怒らないでずっと耐えてきた事、自分が頑張ってきた事、自分が積み重ねてきたもの……全部が無駄になる気がするから……それが悔しいんです!」
二十歳を越えているにも関わらず、そのまま子供の様に声を上げて泣き出す。そんなみっともない姿を晒している私を、若佐先生は痛ましそうに見ていたが、やがて慰める様にそっと抱き寄せてくれたのだった。
「……そうですね。部外者が仕事を辞めろと言うのは簡単ですが、辞める側はそう簡単には辞められません。今まで積み上げたキャリアや功績を一度捨てる事になるのですから。好きな仕事なら、尚更辛いでしょう……」
まるで子供をあやすかの様に、若佐先生が軽く頭を撫でてくれる。その温もりが心に深く染み入り、私の目からは止めどなく涙が流れ続ける。
やがて私が落ち着いたのを見ると、若佐先生はそっと身体を離したのだった。
若佐先生の言う通り、上司と会社を訴えようかと何度も考えた。でも私には弁護士や裁判に必要な費用を支払えそうになかった。
それに今は冬。もうすぐ本社から来年度の異動希望を聞かれると、他の社員が話しているのを聞いた。それならその時に異動希望を出せばいいだけだった。
ただ、気がかりなのは――。
(もし、異動希望が通らなかったら、どうしよう……)
異動希望はあくまで希望なので、必ずしも異動出来るとは限らない。もしかしたら、異動希望が通らず、また来年も同じ職場かもしれない。
そうなった時、私はまた一年耐えられるだろうか。あの上司に我慢出来るだろうか。
そう考えたら、また胃が痛み出した。ここ最近は仕事の事を考えると、すぐに胃が痛みだす。病院では仕事のストレスと疲労が原因と言われた。異動希望が通らなかったら、この胃痛も続くのかと思うと億劫だった。
早く楽になりたかった。どんな方法でもいい。楽になれるのならなんでも。
その時、廊下の突き当たりに非常口の扉を見つけた。扉には鍵がかかっておらず、扉の先は小さなバルコニーの様になっていた。非常用の防火扉があるので、廊下に火の手が迫った際、各部屋のバルコニーから逃げられるようになっているのだろう。若佐先生の部屋にはバルコニーはなかったが、他の部屋にはあるのかもしれない。
私はバルコニーに出ると、手摺りから下を覗く。十五階だけあって、真下の駐車場までは結構な距離があった。
(今なら、楽になれるかも……)
もう、終わりにしたい。何もかも――。
コンクリートの床にトートバッグを置くと、両手で手摺りを掴む。肘に力を入れて、手摺りに足を掛けようとした時、バルコニーの扉が勢いよく開け放たれたのだった。
「何をしているんですか!?」
振り向くより先に両腕を引っ張られると、後ろに倒れる。顔を上げると、そこには眼鏡がずれて今にも顔から落ちそうになっている若佐先生の顔があったのだった。
「どうして……」
「心配になって追いかけてみれば……自分の命を何だと思っているんだ! 死ぬくらいなら、仕事を辞めてしまえ!」
先程までとは全く違う若佐先生の姿に唖然とすると、不意に両目から涙が溢れてくる。
「仕事に行きたくない! そんな楽に辞められるなら辞めたい! でも、辞めたくないっ……!」
両手で顔を押さえ、涙交じりになりながら、自分の正直な気持ちを吐露する。
「私、今の仕事が好きなんです……! だからこそ、今まで我慢して働いてきたんです。ここで辞めたら、これまで怒らないでずっと耐えてきた事、自分が頑張ってきた事、自分が積み重ねてきたもの……全部が無駄になる気がするから……それが悔しいんです!」
二十歳を越えているにも関わらず、そのまま子供の様に声を上げて泣き出す。そんなみっともない姿を晒している私を、若佐先生は痛ましそうに見ていたが、やがて慰める様にそっと抱き寄せてくれたのだった。
「……そうですね。部外者が仕事を辞めろと言うのは簡単ですが、辞める側はそう簡単には辞められません。今まで積み上げたキャリアや功績を一度捨てる事になるのですから。好きな仕事なら、尚更辛いでしょう……」
まるで子供をあやすかの様に、若佐先生が軽く頭を撫でてくれる。その温もりが心に深く染み入り、私の目からは止めどなく涙が流れ続ける。
やがて私が落ち着いたのを見ると、若佐先生はそっと身体を離したのだった。
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