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忘れ物を届けに
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そこからは腕を振りながら早口で英語を話し始めたので、全く聞き取れなかった。私はただスマートフォンを落とさないようにしっかり両手で掴む事しか出来なかったのだった。
(う、腕が痛い……! どうしよう……楓さん……!)
両腕が痛くなってきた頃、受付近くのエレベーターの扉が開いたかと思うと、「小春!」と名前を呼ばれたのだった。
「楓さん!」
エレベーターから降りて足早にやって来たのは、目的の楓さんだった。女性は楓さんの姿に気がつくと、ようやく両手首を離してくれたのだった。
「カエデ! Wife is coming!」
「I understand, calm down」
楓さんが流暢な英語で話すと、女性はようやく落ち着いたのか、ひまわりの様な大輪の笑みを浮かべたのだった。
そんな女性に何やら英語で話しかけている楓さんの横顔は、どこか楽しそうに見えなくもなかったのだった。
私と話している時は、そこまで楽しそうな顔をしないので、一抹の寂しさを覚える。
(やっぱり、楓さんだって、私と話すよりもあの人と話した方が楽しいよね……)
私はただ単に成り行きで知り合って、たまたま独身で契約結婚をするのに都合が良かっただけ。取り立てて可愛くなければ、楽しい話題や楓さんにとって有益な話も出来ない、更に言えば顔だって整っていない。
私が男性だったら、私じゃなくて彼女を選ぶだろう。
すると、急に楓さんが振り向いたので、私は勝手に外出した事を怒られると思い、首を竦めた。ところが、楓さんはそっと目を細めただけだった。
「悪い。さっきまでクライアントと打ち合わせをしていたんだ。メッセージに気づくのが遅くなった。……何事も無く、無事にここまで辿り着いて安心した」
「いえ……あの、これ忘れ物です。リビングルームのソファーの上にありました」
予想外の言葉に戸惑いつつも、カバンから手帳を取り出すと、両手で持って楓さんに差し出す。
手帳を受け取った楓さんは、そっと口元を緩めたのだった。
「届けてくれてありがとう。昨晩、映画を観る前に今日の予定を確認していて、そのまま忘れたんだな……。クライアントとの打ち合わせの時間や連絡先を書いていたから、無くて困っていたんだ。昼休憩に取りに行こうかと思っていた」
「そ、そうですか。お役に立てたなら良かったです……」
じゃあ、と帰ろうとしたところで、先程の女性が「もう!」と日本語で話し始めたのだった。
「カエデ、せっかく奥さんが来てくれたのに紹介してくれないの?」
「ジェニファー。それはまたの機会にしてくれないか……」
「え~! いいじゃない! せっかく事務所まで来てくれたのに、このまま帰しちゃうの~!?」
そう言って、ジェニファーと呼ばれた女性は小さく頬を膨らませた。その姿が頬袋に餌を沢山詰め込んだ子リスに似ていたので、その愛くるしい姿に、つい私は笑ってしまう。すると、私につられてジェニファーも笑い、楓さんは呆れた様に銀縁眼鏡の位置を直したのだった。
(う、腕が痛い……! どうしよう……楓さん……!)
両腕が痛くなってきた頃、受付近くのエレベーターの扉が開いたかと思うと、「小春!」と名前を呼ばれたのだった。
「楓さん!」
エレベーターから降りて足早にやって来たのは、目的の楓さんだった。女性は楓さんの姿に気がつくと、ようやく両手首を離してくれたのだった。
「カエデ! Wife is coming!」
「I understand, calm down」
楓さんが流暢な英語で話すと、女性はようやく落ち着いたのか、ひまわりの様な大輪の笑みを浮かべたのだった。
そんな女性に何やら英語で話しかけている楓さんの横顔は、どこか楽しそうに見えなくもなかったのだった。
私と話している時は、そこまで楽しそうな顔をしないので、一抹の寂しさを覚える。
(やっぱり、楓さんだって、私と話すよりもあの人と話した方が楽しいよね……)
私はただ単に成り行きで知り合って、たまたま独身で契約結婚をするのに都合が良かっただけ。取り立てて可愛くなければ、楽しい話題や楓さんにとって有益な話も出来ない、更に言えば顔だって整っていない。
私が男性だったら、私じゃなくて彼女を選ぶだろう。
すると、急に楓さんが振り向いたので、私は勝手に外出した事を怒られると思い、首を竦めた。ところが、楓さんはそっと目を細めただけだった。
「悪い。さっきまでクライアントと打ち合わせをしていたんだ。メッセージに気づくのが遅くなった。……何事も無く、無事にここまで辿り着いて安心した」
「いえ……あの、これ忘れ物です。リビングルームのソファーの上にありました」
予想外の言葉に戸惑いつつも、カバンから手帳を取り出すと、両手で持って楓さんに差し出す。
手帳を受け取った楓さんは、そっと口元を緩めたのだった。
「届けてくれてありがとう。昨晩、映画を観る前に今日の予定を確認していて、そのまま忘れたんだな……。クライアントとの打ち合わせの時間や連絡先を書いていたから、無くて困っていたんだ。昼休憩に取りに行こうかと思っていた」
「そ、そうですか。お役に立てたなら良かったです……」
じゃあ、と帰ろうとしたところで、先程の女性が「もう!」と日本語で話し始めたのだった。
「カエデ、せっかく奥さんが来てくれたのに紹介してくれないの?」
「ジェニファー。それはまたの機会にしてくれないか……」
「え~! いいじゃない! せっかく事務所まで来てくれたのに、このまま帰しちゃうの~!?」
そう言って、ジェニファーと呼ばれた女性は小さく頬を膨らませた。その姿が頬袋に餌を沢山詰め込んだ子リスに似ていたので、その愛くるしい姿に、つい私は笑ってしまう。すると、私につられてジェニファーも笑い、楓さんは呆れた様に銀縁眼鏡の位置を直したのだった。
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