【第三幕完結】奴隷から王になった少女が紡ぐ物語

香口 深衣

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第ニ幕

第七章 過去と説話

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 結局、その後、綾が雪の部屋を訪れて、彼女には雪がまだ克服できていないことを気付かれてしまった。ただ、彼女は雪の気持ちを汲んでくれて、隆盛には秘密にしてくれた。目の腫れも化粧で隠してくれて、雪はいつも通りに振る舞い隆盛たちと朝餉を共にした。
 食事のあとは、念願の書庫札をもらったので翠を連れて書庫へと出かけたのだった。

 書庫で本を数冊見繕って、庭園へとやって来た。雪達の目の前に広がる庭園は日差しがまぶしく、少し暑さを感じた。だけど時折吹く冷たい風が気持ち良く、日陰に行けば問題ないと、雪は本を手に翠と花々で彩られた道を歩いていて日陰を探した。
 少し歩いて見つけたのは、庭園の片隅にある屋根付きの休憩場所。
 そこに翠と並んで腰を掛け、雪は借りた本の一冊を開いた。
 翠にも見えるようにして広げた本は、絵が多くある子供向けのものだった。
 羅芯には四国から色々な本が手に入る。雪が借りてきた子供向けの本から、大人でも頭を捻りそうな難しい本まで。この島の本は、全て羅芯の書庫にあるのではないかと思うくらい多いと、雪は思う。
 今日はその中から、字の勉強も兼ねて翠でも読めるものを中心に借りてきた。

「翠、これ読める?」
「雪華物語。」

 コクンと頷く翠は、感情のない声で答える。

「これ、この海羅島では有名なおとぎ話なの。翠は知ってる?」
「昔、よく話してくれた人がいた。」
「そうなの?」

 少し意外そうに雪が答えれば、翠は雪の考えていることを読んだのか、頭を左右に振って言葉を続ける。

「親じゃない。奴隷だった頃に住んでいた屋敷で、世話焼きの奴がいたんだよ。そいつがよく寝る前に、聞かせてくれてたんだ。」
「へぇ。どんな人?」
「どんなって…とにかく口うるさくて、俺を子供扱いする嫌な奴だった。」
「だった?今は?」

 翠の言葉に引っ掛かりを感じて尋ねてから浅慮だったと後悔した。

「死んだ。」
「えっ…」
「殺されたんだ。奴隷なんてそんなものだから仕方ない。」
「そんなものって…」
「主にとって俺たち奴隷は、使い捨ての駒だ。だから、仕方ない。」

  こういうときに掛ける言葉が思い付かず、雪は俯いて本に目を落とす。隆盛だったら、何か相手のためになる言葉を掛けられるのだろうなと思う。でも雪はどう声をかけたら良いのか分からなかった。

「雪が気にすることじゃない。」
「何だかそれ寂しい。」

 珉玉に言われた言葉を思い出して、再び雪は寂しい気持ちになる。

「なんだそれ?関係ないことだから、気にするなよ。それで良いだろ。」
「何か嫌なの。皆そうやって、私を遠ざけてる気がして。」
「遠ざけてる訳じゃない。」
「じゃあ何だって言うの?」

 翠のせいじゃないのに、雪は少し強い口調になってしまう。慌てて謝ろうとしたが、彼の方が先に言葉を口にした。

「…雪に落ち込んで欲しくないんじゃないか。」
「え?」

 翠の言葉が理解できずに彼を見ると、翠はどうしたものかと困ったように頬をかいている。

「他の奴は知らないけど…俺はお前に落ち込まれるのが何か嫌なんだよ。いつもみたいに、能天気に笑ってる方が良いんだよ。」
「の、能天気って…失礼ねっ。」

 ぷくっと頬を膨らませて怒ると、翠は声を出して笑った。雪は一瞬驚いたが、何だか自分も可笑しくなって二人で笑った。屋根の隙間から射し込む暖かい日差しが、今は心地よく雪の心を温めていた。


 -「なぁ、やはり雪と部屋を別にするのは早かったんじゃないか?」
「何を馬鹿なこと言っているのですか。彼女自信が、大丈夫だと言っていたではありませんか。そんな暇があるなら、早く書類に目を通してください。」

 そんなことを情けない声で言うのは、羅芯の王。そして、それに冷たく答えるのは、王の補佐である親任官だった。話ながらも、綾に言われた通り隆盛は書類に目を通している。
 今は、雪も翠もここにはいない。彼女たちは、今朝もらった書庫札を手に、書庫へと出掛けていた。

「だが、無理してそう振る舞っている可能性もだなぁ…」
「それなら、なおのこと私たちは見守るべきなのでは?」

 綾の言葉に、隆盛は悩むように唸る。そこが難しいのだと、肘を机につき手で頭を押さえるように髪をかく。
 すかさず、手が止まっていると綾の注意が入るので、隆盛は諦めて書類に目を通す。

「お前、何か隠してないか?」

 ピクリと綾の眉が動くが、背中を向けているので隆盛は気付いていない。

「何も。雪の成長は喜ばしいことでしょう?何がそんなに気になるのです?」
「うーん、翠と仲が良すぎないか?いや、俺自身も望んだことなのだが…その、なんだ、雪と話をすると翠の事ばかりでな…」

 ああ。と、綾は納得した。この男、翠に雪を奪われたようで、嫉妬しているのだ。
 雪の成長のためにと、部屋を別にすると言い出したのは隆盛自信だった。初めは綾の方が反対したくらいだったのだ。
 綾は雪の発作を目の当たりにしている。下手をすれば、呼吸困難で死んでいたかもしれないのだ。
 そんな状態になるかもしれないのに、隆盛は部屋を別にすると言い出したことに、正気を疑ったくらいだ。
 隠密に様子を見てもらうから大丈夫だ、と言うので渋々今回の件を承諾していた。言い出したのは隆盛であり、私がこれ以上とやかく言うことではないと、綾は思う。
 本当は昨晩発作を起こしたようだったが、雪自信がそれを秘密にして欲しいと言うのだから、彼女の気持ちを優先したいと思う。それに、理由は分からないが隆盛は雪が発作を起こしたことを知らないようだった。隠密から報告は受けているはずなのに、不思議だなと思って隆盛を見れば、書類とにらめっこをしている。

「つかぬことをお聞きしますが…昨晩、雪につけた隠密は誰だったのでしょうか?」
「うん?...李珀だぞ。」
「...」

 心の中だけで綾は納得して頷く。
 一方で、隆盛は綾がなぜそんなことを聞くのかと疑問にも思わない程に自分の心に戸惑っていた。翠には雪を見守るように頼んだ。彼はその言葉を忠実に守っている。だが、このモヤモヤとした気持ちはなんだ?と隆盛を正体不明な不安が襲ってくる。
 なんだか雪が遠くに行ってしまったみたいで、寂しい気持ちになる。
 全く大人げない。翠はただ自分の言葉を守ってくれているのに、こんな感情を出したら彼が気の毒だと、隆盛は深いため息をついた。

「だから、子離れも必要だと私は言ったのに…」

 そんな様子を見守っていた李珀は、誰にも聞こえない声で小さく呟いたのだった。


 ―「…で、その本、読んでくれるんだろ?」

 庭園でひとしきり笑って、翠が涙を拭いながら雪に聞く。

「でも、知ってるんでしょ?」
「あれは、アイツが好き勝手に話してたから。ちゃんとした話を聞いてみたいんだ。」
「分かったわ。」

 答えてから雪は本の文字を指さしながら読んで行く。字を教えながらなので、ゆっくりと物語を読み進める。

 ―名もない無人の島があった。そこには、階級に苦しんだ者や、争いに疲弊した者、貧困に嘆いた者など、人の社会で生きられなくなった者たちが、自国を捨てて身体一つで流れ着いて生活を送っていた。
 集まった人々は、お互いの苦労を理解し合い、尊重していた。何もなかった島は不便で生きにくい事も多かったが、彼らは助け合いながら生きたのだ。
 そして時は流れて、何もなかった島は人々が住みやすい場所へと変わった。人は数を増やし、島の人口はみるみるうちに増えていった。
 だが、人が増えれば、些細な揉め事も増えていった。そして、それは争いの火種になり、大きな戦となってしまった。
 そんな戦を収めたのが、雪華と呼ばれる見目美しい男性だった。彼には触れたものを凍らせる不思議な力があり、彼はその力で戦を終わらせたのだ。
 戦の跡には氷漬けになった人の山だけが残された。
 雪華はこの島を恐怖で支配していった。逆らえば氷漬けにされると恐れた人々は、雪華に逆らわないように怯えながら生活を送った。
 しかしそれが島に平和をもたらし、人々は争うことなく発展していった。
 彼は王となり、島の人々に崇められる。
 雪華は多くなった人々を集めて、気の合うもの同士で集落を作らせた。初めは数十だった集落は統合や分離を繰り返していき、力のある集落だけがどんどんと大きくなって、それは国へと発展した。武道に長けた東刃。農業に長けた空南。織物に長けた北織。物づくりに長けた工西。そして、それら四国をまとめる羅芯。
 雪華は羅芯の王となり、海羅島を治めた。名君と呼ばれ長い歳月の間、島は平和な時代を送ったという。

 雪が本を読み終わると、翠は本をじっと見つめている。そして、一つの絵を指差した。
 そこに描かれているのは、椅子に座る男性と、彼の前に平伏する二つの人の姿。

「この絵が気になるの?」
「ああ。これが雪華か?」
「ええ。」
「他は?」
「これは雪華に仕えたという従者。それぞれ、知恵・武力に長けた者で、雪華の手足となり彼を助けたと言われているの。」
「雪華は幸せだな。お伽噺じゃなきゃあり得ないな。」
「えっ?」
「だって、雪華を助ける官吏がいたんだろ?官吏なんて相手を何としてでも蹴落として、上に這い上がろうとするものだ。少なくとも俺はそういう奴ばかり見てきた。」

 雪は翠の言葉から彼が何に絶望しそう言ったのか、少しだけ分かった気がした。だから希望が持てないという翠に雪は否定をした。

「そんなことないんじゃない?」
「そうか?」
「隆盛にも綾さんや李珀がいるよ。他の人までは分からないけど、少なくとも二人はそんなこと考えてないんじゃない?」

 なるほど、と翠が笑った。何だか今日は翠の笑顔をたくさん見るなと思う。別にそれは悪いことではないし、作り笑いという雰囲気でもなかった。だけど、どうしてか雪は不安な気持ちをぬぐえなかったのだ。
 そんなことを考えていたせいか、翠の笑顔はすぐに消えてしまう。だがそれが自分のせいではないとすぐに分かる。というのも彼は突然立ち上がると、感情の消えた瞳を城の方に向けたからだ。なにかに気がついた、そう言う言葉が当てはまるだろうかと翠を見て感じた雪は緩んでいた気持ちを引き締めた。

「…戻るぞ。」

 彼に言われて雪は静かに頷いて王室へと向かったのだった。
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