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1章 華仙女は花を詠み、花で祓う
1.不遇の華仙女(2)
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「……外が、騒がしいわね」
室に降り立って少し経つと、外の喧騒がよく聞こえるようになった。けたたましい足音が鮮明に聞こえるため倉庫の近くまで迫ったようだ。狭い室で膝を抱えて座る白嬢は怯えた様子で上を見上げている。
「何かあったら、あんたが身代わりになるのよ。野蛮な男だったら女一人差し出せば満足でしょう、その時はわたしじゃなくてあんたが出てね。わたしは木箱の裏に隠れるから」
高圧的ではあるが、いつもより早口なのは恐怖を感じている証拠だ。紅妍がしっかりと頷くと、白嬢は室の奥にある木箱の方へと隠れていった。
(殺された方が楽かもしれない)
紅妍は室の上部を見上げる。婆や白嬢に投げつけられる言葉の冷たさ、華仙一族から向けられる敵意。それを浴び続けて生きるのなら、いっそ殺された方が幸せかもしれない。
足音が近づく。ついに倉庫へと侵入したらしい。
「ここは倉庫ですかね」
「なるほど。娘を隠すならここかもしれんな」
男たちの声がする。どうやら長も一緒のようで「何もないと言うておる」と声を荒げているが、侵入者たちはおかまいなしに倉庫を荒らしているようだ。
木箱がずらされる音、何かの壊れる音。外では誰かの悲鳴もあがった。
室の奥では白嬢が震えていた。両手を口に添えて、呼吸の音を消そうとしている。紅妍はそこまで怯えていない。だめなら、命令通りに身命を捧げるまで。
そしてついに――話し声が大きく聞こえるようになった。
「秀礼様、ここに床板をずらした跡がありますよ」
「なに? 開けてみろ」
白嬢が息を呑んだ。木箱をぐっと押さえ、そこに身を隠している。紅妍は梯子の先を見上げた。少しずつ、光が差し込んでいく。誰かが床板を剥がしているのだ。
その光が大きくなる。そしてついに、誰かがこちらを覗きこんだ。
「やはり娘を隠していましたね」
「ここに隠れていたのは、お前ひとりか?」
紅妍は頷いた。こちらを覗きこむ顔は二つ。どちらも男のようで、奥に潜む白嬢のことには気づいていないらしい。降りてこられれば白嬢が隠れていることが知られてしまうので、紅妍は自ら梯子をのぼって室を出た。
倉庫には長や婆の他、武装した男たちがたくさんいた。こちらを覗いていた二人は武装した者たちと違って、上等な盤領袍を着ている。
一人は濃藍の袍を着て、腰に金剣を提げていた。髪は長く、金飾の輪で結っている。身なりの煌びやかさから、ただの武官ではないだろうと察した。
もう一人は藍の袍を着た者だ。金飾の男に比べて柔和な顔つきをしている。剣を手にしているが、こちらを攻撃してくる気配はなかった。
「では、彼女を連れていきましょうか」
柔和な顔つきの男が言う。それに続いて、金飾の男もため息をついた。
「そうするしかしかあるまい。ここまで屋敷を探して年若い娘はこいつしかいないのだから。隠していたことから長の娘や孫だろう、となればちょうどいい」
紅妍は何も言わず、長と婆の方を見やる。二人は周りに知られぬよう小さく頷いていた。白嬢を守るため犠牲になれ、という意味だろう。
金飾の男は紅妍へと視線を戻す。頭から足先へと舐めるように眺めた後、首を傾げた。
「しかし随分と痩せているな。それに身なりも汚い。女中を身代わりにしているのではあるまいな」
「まさか、そんな。正真正銘、華仙の力を持つ娘でございます」
すかさず反論したのは婆である。金飾の男は婆の方へ向き直り、冷たく睨みつける。
「華仙術も使えぬ偽りの娘となれば――わかっているだろうな。宮城を騙った罪は重い。この娘に二度と会えぬと思え」
婆は深く頭を下げた。室の奥では白嬢が縮こまり、息を潜めている。この分だと気づかれることはなさそうだ。
「では、向かいましょうか」
柔和な顔つきの男が紅妍の肩に触れた。これから里を出て、大都に向かうのだろう。
(大都はこわいところで、ひとつでも失敗をすれば殺されてしまう――この里に戻ってくることは、もうない)
大都や宮城には恐ろしいものがたくさんあり、失敗は許されないと聞いている。一度出れば里に帰ってくることはないだろう。仮に里に残ったとしても地獄のように冷ややかな場所ではあるが。
「長。これまで育てていただきありがとうございました」
向き直って長と婆に向かい、紅妍は深く頭を下げた。最期の挨拶だ、と気持ちを込めていたのだが長も婆も冷ややかな目を向けるのみで、別れを惜しむそぶりは一切見られなかった。
ちらりと室の方も見る。白嬢が出てくる気配はなかった。まだ木箱の裏で震えているのだろう。
「挨拶を終えたので、参ります」
「待て。お前、荷物はないのか」
挨拶を終えていつでもここを発てると考えていた紅妍に慌てたのが金飾の男である。眉根を寄せて紅妍、長や婆たちを交互に見ている。男としてはこれから大都へ発つ紅妍に、誰ぞが荷物を持ってくると思ったのだろう。だが華仙の者は誰も動かない。紅妍自身も荷物を持っていくなど考えていなかった。
「このままで構いません」
いざ戻ったところで、屋根裏にある倉庫を兼ねているような狭い自室だ。最小限の襤褸布しか持っていない。持ち出したいと思い浮かぶものは特になかった。
金飾の男はこれを訝しみ、柔和な顔つきの男に何やら耳打ちをしていた。その内容は紅妍が知る由もなく、柔和な男が手をあげると武官たちが紅妍の左右につく。
武官たちに腕を掴まれ、山を降りる。里を出て行く紅妍を見送る者はいなかった。
室に降り立って少し経つと、外の喧騒がよく聞こえるようになった。けたたましい足音が鮮明に聞こえるため倉庫の近くまで迫ったようだ。狭い室で膝を抱えて座る白嬢は怯えた様子で上を見上げている。
「何かあったら、あんたが身代わりになるのよ。野蛮な男だったら女一人差し出せば満足でしょう、その時はわたしじゃなくてあんたが出てね。わたしは木箱の裏に隠れるから」
高圧的ではあるが、いつもより早口なのは恐怖を感じている証拠だ。紅妍がしっかりと頷くと、白嬢は室の奥にある木箱の方へと隠れていった。
(殺された方が楽かもしれない)
紅妍は室の上部を見上げる。婆や白嬢に投げつけられる言葉の冷たさ、華仙一族から向けられる敵意。それを浴び続けて生きるのなら、いっそ殺された方が幸せかもしれない。
足音が近づく。ついに倉庫へと侵入したらしい。
「ここは倉庫ですかね」
「なるほど。娘を隠すならここかもしれんな」
男たちの声がする。どうやら長も一緒のようで「何もないと言うておる」と声を荒げているが、侵入者たちはおかまいなしに倉庫を荒らしているようだ。
木箱がずらされる音、何かの壊れる音。外では誰かの悲鳴もあがった。
室の奥では白嬢が震えていた。両手を口に添えて、呼吸の音を消そうとしている。紅妍はそこまで怯えていない。だめなら、命令通りに身命を捧げるまで。
そしてついに――話し声が大きく聞こえるようになった。
「秀礼様、ここに床板をずらした跡がありますよ」
「なに? 開けてみろ」
白嬢が息を呑んだ。木箱をぐっと押さえ、そこに身を隠している。紅妍は梯子の先を見上げた。少しずつ、光が差し込んでいく。誰かが床板を剥がしているのだ。
その光が大きくなる。そしてついに、誰かがこちらを覗きこんだ。
「やはり娘を隠していましたね」
「ここに隠れていたのは、お前ひとりか?」
紅妍は頷いた。こちらを覗きこむ顔は二つ。どちらも男のようで、奥に潜む白嬢のことには気づいていないらしい。降りてこられれば白嬢が隠れていることが知られてしまうので、紅妍は自ら梯子をのぼって室を出た。
倉庫には長や婆の他、武装した男たちがたくさんいた。こちらを覗いていた二人は武装した者たちと違って、上等な盤領袍を着ている。
一人は濃藍の袍を着て、腰に金剣を提げていた。髪は長く、金飾の輪で結っている。身なりの煌びやかさから、ただの武官ではないだろうと察した。
もう一人は藍の袍を着た者だ。金飾の男に比べて柔和な顔つきをしている。剣を手にしているが、こちらを攻撃してくる気配はなかった。
「では、彼女を連れていきましょうか」
柔和な顔つきの男が言う。それに続いて、金飾の男もため息をついた。
「そうするしかしかあるまい。ここまで屋敷を探して年若い娘はこいつしかいないのだから。隠していたことから長の娘や孫だろう、となればちょうどいい」
紅妍は何も言わず、長と婆の方を見やる。二人は周りに知られぬよう小さく頷いていた。白嬢を守るため犠牲になれ、という意味だろう。
金飾の男は紅妍へと視線を戻す。頭から足先へと舐めるように眺めた後、首を傾げた。
「しかし随分と痩せているな。それに身なりも汚い。女中を身代わりにしているのではあるまいな」
「まさか、そんな。正真正銘、華仙の力を持つ娘でございます」
すかさず反論したのは婆である。金飾の男は婆の方へ向き直り、冷たく睨みつける。
「華仙術も使えぬ偽りの娘となれば――わかっているだろうな。宮城を騙った罪は重い。この娘に二度と会えぬと思え」
婆は深く頭を下げた。室の奥では白嬢が縮こまり、息を潜めている。この分だと気づかれることはなさそうだ。
「では、向かいましょうか」
柔和な顔つきの男が紅妍の肩に触れた。これから里を出て、大都に向かうのだろう。
(大都はこわいところで、ひとつでも失敗をすれば殺されてしまう――この里に戻ってくることは、もうない)
大都や宮城には恐ろしいものがたくさんあり、失敗は許されないと聞いている。一度出れば里に帰ってくることはないだろう。仮に里に残ったとしても地獄のように冷ややかな場所ではあるが。
「長。これまで育てていただきありがとうございました」
向き直って長と婆に向かい、紅妍は深く頭を下げた。最期の挨拶だ、と気持ちを込めていたのだが長も婆も冷ややかな目を向けるのみで、別れを惜しむそぶりは一切見られなかった。
ちらりと室の方も見る。白嬢が出てくる気配はなかった。まだ木箱の裏で震えているのだろう。
「挨拶を終えたので、参ります」
「待て。お前、荷物はないのか」
挨拶を終えていつでもここを発てると考えていた紅妍に慌てたのが金飾の男である。眉根を寄せて紅妍、長や婆たちを交互に見ている。男としてはこれから大都へ発つ紅妍に、誰ぞが荷物を持ってくると思ったのだろう。だが華仙の者は誰も動かない。紅妍自身も荷物を持っていくなど考えていなかった。
「このままで構いません」
いざ戻ったところで、屋根裏にある倉庫を兼ねているような狭い自室だ。最小限の襤褸布しか持っていない。持ち出したいと思い浮かぶものは特になかった。
金飾の男はこれを訝しみ、柔和な顔つきの男に何やら耳打ちをしていた。その内容は紅妍が知る由もなく、柔和な男が手をあげると武官たちが紅妍の左右につく。
武官たちに腕を掴まれ、山を降りる。里を出て行く紅妍を見送る者はいなかった。
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