死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨

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b. 王子の後悔<2>

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 無機質な執務室で彼にだけ色が付いているようだった。

 柔らかな質感の夜を思わせる髪に、騎士にしては厚みの足りない身体を姿勢よく伸ばしている。
 これで剣技大会では良い成績を残すのだから、筋力は剣の腕と直接関係がないのかもしれない。

 夏の森を想起させる大きな緑の瞳。久しぶりにじっくり見たかったが落ち着かないようで、視線が定まっていない。
 おそらく兄上に急に言われて此方へ寄越されたのだろう。
 顔を上げたことでやっと、窓からは緩やかな風が吹き込んでいたことに気が付いた。

「エリアス殿下、この度の外遊報告書と交易計画書です」
「ああ。ありがとう」

 書類の束を手渡すためランベルトが近付いた。…すこし日に焼けたか?此度の外遊先は我が国より暑い国であったことを思い出す。
 兄上の報告書も重要ではあるが、本当はランベルトの感想も聞いてみたい。何を見てどう感じたのか…旅に行けなかった自分も少しでも彼と共有出来るものが欲しい。
 彼から一歩歩み寄ってくれれば…私に一言"今回も大変な旅でした"と気さくに言ってくれれば、自然に返事が出来る気がする。

 その時ふと彼の視線が私の机の一点に集中し、表情が曇った。
 視線の先には公爵家であるクインシア家からの封書。カリーナ・クインシアからの親書だ。
「――それでは失礼いたしました」
 踵を返して歩くランベルトの背中を見る。最後に扉を開けたサイロに対して一瞬親し気な笑顔を見せた彼に小さな苛立ちを覚えた。


 国内にいくつかある公爵家の中でも、近年頭角を現しているのがクインシア家。私にとって最有力の婚約者候補がいる家だ。
 独自に海路を持ち貿易船を何隻も出している。財力もあり歴史も古く王家との関係も深い。
 現在の一般国民に広く益をもたらす国政に、異論を唱える貴族は多い。内政をより盤石なものにする為にも、王族が貴族側も鑑みている事を示すにはこの家との婚姻による結び付きは政治的に有功だ。

 伝統により王子は婚約者を持って初めて王太子となる。私が婚約すれば今まで暗黙の了解としていた王位継承問題に決着がつく。
 兄上ではなく第二王子の私が王太子に、次期国王になると発表する事になる。
 ――皆が望んだ通り。
 そう彼、ランベルトすら私が然るべき令嬢と婚約する事を望んでいるはずだ。

 様々な縁談を持ち掛けられる中で、私は同じ想像を何度もしては苦しんでいる。
 …ランベルトに笑顔で婚約の祝いの言葉を口にされたら――想像するだけで私の中の"幼い私"が泣くのだ。
 ランベルト以外の人間と人生を供に歩むと宣言する私自身に、それを祝うランベルトを想像して、絶望する。


 先日何度目かで顔を合わせたカリーナ嬢にひとつ気になる事を言われた。
「今は殿下の一番でなくても構いません」と。言外にその内に彼女が私の一番になると確信しているような口ぶりだった。
 たとえ夫婦になり私や彼女がいくら努力した所でそれは無理だ。私の心の中の最上は既にたった1人で占められている。

 もうクインシア家との誓約書にサインをしていないのは私だけだ。
 父上も大臣も公爵家も令嬢本人すら調印を済ませている。国政の忙しさを理由に先延ばしにしてきたがもう限界だ。
 未だに婚姻は異性に限ると法律にある訳ではない。だが暗黙の了解として王族は別だ。
 次期国王候補であるなら直系の世継ぎを望むべきだと理性が告げる。王妃を女性を望むべきだ。
 だが割り切れない。私にもっと実績があったら、発言権があればもしかしたら…と足掻いた数年だった。

 ――必死にやってきたつもりだが、すこし疲れたのかもしれない。

 今日も大臣が誓約書を手にサインを迫って来る。
 ……この日ついに私はこれまで内心で抵抗し続けた婚約届に署名をした。

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