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c. 王子の後悔<3>
しおりを挟む「エリアス殿下おめでとうございます!」
通りかかった城の庭師が嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとう」
「殿下!!招待状の意匠はどのようにしましょう!?」
書記官が気を利かせていくつか提案してくる。
「任せるよ」
「王子!あっもう王太子でしたね」
気の早い給仕係が呼称を変えようとする。
「まだだよ、正式公表の後だ」
今朝、城内で内々のお触れがあり私の周りは婚約の話題で持ちきりだ。
こんなに祝福してもらえるなら、自分の行動は間違っていなかったと肯定された気持ちだ。
…彼の耳にはもう入っただろうか。周囲の騎士と共に喜んでいたらと想像すると胸が痛む。
「エリアス殿下…」
サイロの呼び掛けに顔を上げるとこちらへ向かって来る人影が遠くに見えた。
――兄上だ。ということはランベルトも一緒だろう…不自然に思われない速さで踵を返す。
「――エリアス!」
兄上の声が聞こえなかった振りをして回廊を歩くが、足音が追って来る。
「おいっ待て、俺を走らせるな!」
強く肩を掴まれ、振り向きながらその手を弾いた。
「っ走らなければ良いではないですか!!」
こんな時くらい放っておいてくれるような気遣いはないのだろうか。兄上のことが嫌いではないがどうしようもなく苛立たしい時がある。
「おおっなんだ婚約したばかりの幸せな男の態度とは思えんな!」
なにが可笑しいのか笑い出した兄上。ランベルトの姿はない。怒るだけ無駄だと自分に言い聞かせる。
「なにか御用ですか…?」
「ああ。そうだなお前の部屋で話そう」
既に騒動を見ようと様々な方向からの視線を感じ、私は兄上の提案に同意した。
「――俺はお前に文句を言いに来たんだ」
私室を兄上が訪れたのは何年振りだろうか。優雅に座り長い足を組んだ兄上が唐突に言った。
「兄上が私に…ですか」
「なんだヒトツも心当たりなど無い…といった顔だな」
「……」兄上とは歳が九つ離れている。兄弟として諭された記憶もほぼ無い。
「お前はいつまで詰まらん意地を張っているつもりなんだ?」
声色と共に徐々に兄上の笑顔が消えていき、今は真顔だ。
「エリアスお前が妥協してどこの令嬢と一緒になろうと自由だが」
「妥協ではありません」
「…そうだな、非常に正しい判断だよ王子としてな」
言葉を切って立ち上がった兄上はそのまま室内を一周見回した。護衛も下がらせて他に人はいない。
物が多い兄上の部屋に比べれば簡素な部屋だ。唯一あるベッドサイドの机に近付いた兄上が徐に引き出しに手を掛けた。
「兄上っ!」
三段はあった引き出しの中段を兄上は正確に開け、古びた箱を取り出した。
「いつまで秘めておくつもりだ?」
私も立ち上がるが、きっと兄上は中身も分かって行動している。今更隠してなんになる。
兄上が箱を開ける。
――箱の中には肖像画と手紙。はじめてくれたプレゼントと何度も読んでくれた本も入っている。
「一生自分の心に嘘をつき続けるのか?」
「…兄上には関係ありません」
「関係ないことはないだろう、私の主任騎士の話だ」
――ああそうだ、ランベルトは私ではなく兄上を選んだ。
殊更自分の物だと強調する言葉に、久しぶりに頭に血が上る感覚がする。
「…では頼めば私にランベルトを渡してくれるのですか!?」
「おい…物ではないんだぞ。あとその人でも刺しそうな顔を止めろ」
言われて意識して表情を誤魔化すと、兄上が溜め息をついた。
「なんでお前はそう頑固なんだ?その性格で損をするのはお前自身だぞ」
「兄上ほど柔軟ではないのです」
「柔軟…褒めてないだろう?本当に可愛げのない奴だ…」
「私は忙しいので、これ以上お話がなければ……」
そのまま背を向けようとする私を兄上が呼び止める。
「おい!どうしてこんな証拠品を突き付けられた状態で逃げられると思うのだ?」
ひらひらと兄上が手にしたのは十代の頃ランベルトが初めて騎士寮から送ってきた絵葉書だ。
「――兄上はどうしろと仰りたいのですか…私は…」
彼を諦める努力をした。そして調印したのだ。やっと何十年もかけて諦めた。
ランベルトに選ばれた兄上からそれを言われることが最も腹立たしかった。
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