死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨

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29. 見覚え

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 目の前の少年の言葉に驚いた。
 未来に受けた傷かどうかなんて――そんな発想が自然に出て来るものだろうか?
 時間を遡るなんてお伽噺や伝承でだって聞いた事もない。
 俺も自分の身に起こったことでなければ素直に信じられなかったと思う。それなのにこの少年は…。

「そんな顔されても困るんだけど。僕に治せない傷なんてないから、いくつか可能性を考えてみただけさ」
 事も無げに言う少年はやや無感情にも見える紫の瞳でこちらを見ている。
「時間を戻すなんてコトが出来る人間かぁ…うーん」
 ベッドに座り直した少年からすこし距離を取り服を着た。超常現象をなんでもない事のように言い当てる彼に違和感を感じる。

「いやでもなぁそんなコト出来るの天才だけだし、天才と言えば僕だし……」
 ぶつぶつと呟く自称治癒師の少年が何者なのか、エリアス殿下は戻られないかと扉の方向を見遣る。
「ねぇオジサン、本当に僕に見覚えないの?」
 身を乗り出して自分の顔を指差す少年に慌てて首を横に振る。
「私には覚えがありません」
「ふーんそっかぁ…でも僕が助けたとなると何か理由があったと思うんだよなぁ」
「あの…一体なんの話を?」

 少年の瞳が一瞬輝いたかと思うと、突然立ち上がった。
「ねぇ騎士のオジサン、あんた名前は?」
 ベッドの上で少年を見上げる間抜けな形で名乗ることになった。
「私はランベルト・ルイジアス。…エリアス殿下の護衛騎士です」
「へぇ王子様の?なんだ恋人なのかと思った」
「なっ!?んでっ…ごほっ!ごほっ」
 驚きすぎて咳き込んだ俺に対しても彼は平然としている。どこからそんな発想が出て来るんだ!?

「だってあの冷めた王子様が必死で頼むなんて恋人だと思うでしょフツー。男でしかも護衛騎士とは思わなかったよね」
 軽い調子で言った少年の言葉に首を捻る。冷たい…?鋭いかと思ったが人間観察には長けていないのかもしれない。
「エリアス殿下の名誉の為に言いますが、違います」
「…王子様の為ね。うんうん」
 なにか思い付いたように急にベッドから飛び降りた少年は、部屋に入って来た時と同じ唐突さで扉の前に立った。
「また来るよ"お姫サマ"」
 勢いは嵐のようでありながら音もなく少年が出て行った扉を見詰める。
「…はぁ?」
 オジサンと呼んでみたりお姫サマってどういうことだ?王子に庇われた俺を揶揄しているのか。


 呆気に取られていると隣室との扉が開いてエリアス殿下が入って来た。
「ランベルト!鍵を開けるなと言っただろう!?」
「はっ、申し訳ありません!」
 反射的に謝ると素早く駆け寄って来た殿下に抱き締められた。
「っ!?」
 なにも言わない代わりに殿下の腕に力が籠って、心配されていたことが分かる。
 落ち着くまで少し待つと殿下がゆっくりを身体を離した。
「…治癒師の方が見えて、鍵をお持ちだったようです」
 俺の言葉を聞いてハッとした殿下がやや気不味そうに佇まいを正した。懐かしい部屋で一目散に駆け寄られると、思わず幼い頃に戻ったような感覚に陥り落ち着かない。

「ああ、驚いただろう治癒師の正体は秘匿事項だから…」
「年若く驚きました、それに――」
 時間を遡ったことを言い当てられた。そしてまるで未来の自分がその奇跡を起こしたように言う。
 簡潔に先程の彼との会話をエリアス殿下に説明すると、殿下は僅かに眉間に皺を寄せた。
「ランベルトはツヴァイのことを本当に知らなかったのか?」
 探るような言葉に驚いたが、やはり身に全く覚えがない。

「今日初めてお会いしました…それに私と知り合いでなくても殿下や国王の命令で私を助けたとは考えられないでしょうか…?」
 我が国において魔法と呼ばれるものは治癒魔法しか残っていない。
 何百年も昔は色々な魔法を使える人間が、同時代に何人もいたという記録が残るだけだ。
 なので現代では王族に仕える治癒師を見る機会でもなければ、魔法という存在には一生触れる機会もない。
 だから俺の身に起きた現象も治癒師によるなんらかの魔法が関わっていたなら、漠然とした"奇跡"で片付けられるより説得力はある。


「…本当に覚えはないか?ツヴァイは治癒師だが王家の者が命の危機にでもない限り、あの男が力を使う義務はない」
「でも現に私は今回の怪我を…」
 骨折したはずの足やどこにも痛みがない身体を見下ろして、殿下に答えを求める。
「今回はツヴァイの機嫌が良かっただけに過ぎない…気紛れだ」
「そんな治癒師とは王族の代々の臣下ではないのですか?」
 当然治癒師とは国王や王子が望む通りに力を使うのかと思っていたが、そう簡単な話ではないらしい。

「治癒師と王家は契約関係にある。あくまで上も下もない…いわば対等な関係だ」
 先程の少年の自由過ぎる振る舞いと、目の前のエリアス殿下の苦虫を噛み潰したような表情でその関係性が窺える。
「…やはり覚えはないです。あの少年が生まれた頃には私は既に騎士寮に入っていたでしょうし…」
 お互いに姿を見る機会すら無かったはずだと説明すると、再び殿下が表情を曇らせた。

「今日は幼く見えたかもしれないが、あの男は私より年上だ」
「え…?」
「…それこそランベルトと同じ歳だったはずだ」
 今の俺と同じ…二十七…?同じ歳…?あどけなさの残る少年に不気味さを感じた直感は当たっていたらしい。
「魔力が自身の身体にも作用するらしい、その内に元の姿に戻るだろう」
「そう…ですか」
 この世には常識では測れない事がまだまだありそうだ。

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