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55. これからも
しおりを挟むヤーズを見送った後、応接室には息を切らせたテオドール殿下が現れた。
脇には荷物のように抱えられたツヴァイも一緒だ。
「おいっ!カツラはどうなったんだ⁉」
”面白そうな場面には全て立ち合いたい”とテオドール殿下の顔には書いてある。
「もうヤーズは帰りましたよ。ツヴァイにもよろしくと」
数日前に俺の髪を伸ばす為に治癒魔法を使ったツヴァイは、すっかり出会った頃の幼さだ。
髪だけではなく、改めて俺の胸の傷痕を治してくれとエリアス殿下が迫ったせいだが…。
結局やはり胸の傷痕は不思議と治らなかったが、戒めのようで俺はこのままで良いと思っている。
「テオドール殿下用の物は、もう作り始めてもらっていますから」
「そうか!流石ランベルトよく分かっているじゃないか!!」
やっと解放されたツヴァイがぐったりしていても、テオ殿下は一切お構いなしだ。
まだ片付けをしていた職人にいくつか質問をしたテオ殿下は、急に振り返った。
「やはりランベルト!俺の騎士になるのはどうだ?外遊にお前を連れて行かない手はない!」
テオ殿下が気を遣わなくて良い、気が回る便利屋として俺をご指名だ…。
「ツヴァイを連れて行くのでしょう?ツヴァイは朝もちゃんと起こしてくれますよ、きっと」
「…流れるように僕を売るのヤメテくれる~?」
「ははっ!今ならツヴァイは何でも”お願い”を聞いてくれそうだな!」
テオ殿下が笑ってツヴァイの頭をグチャグチャに撫でた。
綺麗な髪が乱れたがツヴァイは文句も言わない。
先日の騒動での治癒師の裏切りとも取れる行為は、俺と両殿下の胸の内に仕舞われる事になった。
自由が欲しいというツヴァイの気持ちはよく分かった。
だから国王と王妃にも掛け合って、彼の行動の制限を大幅に拡げた。
それには昔の盟約を記した石板の書き換えや、複雑な手続きがあるらしい。
それでも半年以内にはその許可も出るようで、すぐにテオドール殿下はツヴァイを外遊に誘った。
懐いているのかいないのかよく分からないが、素直に頷いた所を見るとツヴァイは殿下の事は信頼しているようだ。
「それにしても、このカツラで女装までする弟を見てみたい気もしたな」
おもむろに手に取ったカツラを見てテオ殿下が目元を緩めた。
――三年後の、あの駆け落ち騒動について俺達四人で答え合わせをした。
エリアス殿下は、きっと計画自体に兄王子の協力があっただろうと言った。
テオ殿下も自分の協力なしでは出来ないだろうし、恐らく弟王子に発破を掛けたのだろうと言う。
俺の記憶が正しければ、駆け落ちの為に乗り込んだ馬車の御者は大人の姿のツヴァイだった。
またツヴァイ曰く、やっぱりその時も自分は自由になる為なら隣国の手引きをした筈だとも。
本当にツヴァイを赦すのかと、エリアス殿下は何度も俺に聞いた。
二度も殺されそうになったのはお前だと、テオ殿下もツヴァイの処遇を俺に任せると言った。
それでもこうしてやり直せたのもまた、彼の力のお陰でもあったから。
俺は何の処罰も望まなかった。
そうでなければこうして四人で談笑も出来ていなかっただろう。
「っと、そろそろ父上と母上との昼食だ」
テオドール殿下の秘書官が部屋の外まで迎えに来たようだ。
いくら俺達の間で話はついたとはいえ、やはり現国王と王妃への報告は必要だ。
今日はテオドール殿下がその席を設けると張り切っていた日だ。
やや表情が硬くなったツヴァイの背中を軽く叩く。
お二人も話せば分かってくれるはずだ。
テオドール殿下とツヴァイと共に応接室を出た。
俺はエリアス殿下と王子の自室へ向かうつもりだった。
「庭を、歩かないかランベルト」
「…はい」
外の空気を吸いたいという意味だろうか。
エリアス殿下が自分から休憩を取ると言われる事は珍しい。
よく手入れされた中庭は先日訪れた時のままだ。
特別に花が好きという訳でもない自分も、この庭は本当に綺麗だと思う。
「ついて来て…ラン」
「はっ、はい」
人気が無くなったからか、急に愛称で呼ばれるとやはり驚く。
陽を受けたエリアス殿下の髪が輝いて、天使がいるならきっとこんな姿だろうと思う。
そこまで大きくもない観賞用の池の周囲を歩くと、程なくして真新しい木の柵があった。
「ここは…」
柵の先には秘密基地のように木々に囲まれた花畑が姿を現した。
「綺麗ですね」
ちょうど思い出の中の花畑のような場所だ。
色とりどりの小さな花が所狭しと咲いている。
王城の園の一部ではあるが野外に近いような自然な雰囲気だ。
先程見た香りの強い大輪の花々よりも、こういった慎ましやかな花の方が好きかもしれない。
よく手入れされた花畑は螺旋状に分け入れるよう道も出来ていて、殿下が慣れた様子で先を歩く。
「ラン」
手を差し伸べられて、素直に応じる。
「目を閉じて」
「っ…はい」
なにをされるのかと、一瞬の内に色々想像した自分が恥ずかしい!
必要以上に強く目を瞑ると、間近で殿下が笑った気配がした。
「……」
一拍置いて、急に目を閉じたまま立つ自分は変な表情をしていないかと気になってきた。
確認のしようもないので、まんじりともせず待つが…。
自分の容姿など騎士としての清潔感さえあれば良いと思っていた。
だが殿下の前になると普段全く気にならない事が急に気になる。
「もういいよ」
目を開けると、目の前に立つ殿下の手には花冠が握られていた。
それだけでこの後の展開が予想出来て、顔に熱が集中する。
子どもの頃は良かった。なにをしても可愛らしいで済む。
今の自分と花冠の似合わなさを想像して、決まりの悪さから自然と視線が下がった。
「――ランベルト」
心配するような殿下の声色に思わず顔を上げると、すこし不安そうな瞳とぶつかった。
「嫌か?」
「あっそうではなくて、その…似合わないだろうなぁと想像してしまって…」
照れ隠しのように髪を手で梳くと、殿下が控え目に笑った。
「ランに受け取って欲しい」
思い出の中と同じ、軽い感触が頭の上に乗せられた。
本当はあの花畑でエリアス殿下を諭した事を、花冠を辞退した事を、後悔しない時が無かったといえば嘘になる。
あの頃と状況は何も変わっていない。
エリアス殿下は王位継承するだろうし、俺はその世継ぎを残せる訳ではない。
それでも自分の気持ちを肯定出来るようになったのは大きな違いだ。
「…ずっとランと共に生きたい。だが私にはこの国での責任がある」
エリアス殿下の気持ちを知って、俺は諦めなくても良いと決意した。
「その重責をお前にまで強いたくはないが、私には器用な立ち回りは出来ないと…今回よく分かった」
王妃を別に立てたり、世継ぎを他で設ける気もないと言われた。
「苦労をかけると思うが、私と共に生きて欲しい…ランベルト」
片膝を折りまるで誓いを立てるように見上げられる。
そんな風に不安そうに言われなくても、俺の答えは決まっている。
「――貴方といられるなら、なんだって良いです」
へにゃりと力が抜け情けない顔で笑うと、包み込むように抱き締められた。
エリアス殿下さえいれば、自分はどんな事でも頑張れると思う。
殿下にとっても…自分がそういう存在で在りたいと思う。
ぎゅうと抱き締められた腕の中から、護衛としてついて来たサイロ様が遠くに見えた。
空気を読んで離れていてくれたが、もしかしたら次の公務の時間かもしれない。
サイロ様に合図をしようかと身じろぐと、殿下の腕の力が強くなった。
「余所見しないでラン…」
拗ねたような声色が耳元で聞こえて、変な悲鳴が出そうになった。
大人になっても素直で可愛い一面が残っているなんて…。
完璧な王子に対して思う事ではないかもしれないが…本当に可愛い。
サイロ様にはもう少し時間をくださいと心の中で謝って、年下の幼馴染の背中をそっと抱いた。
「余所見なんて、した事ないです」
俺が笑うと殿下も笑ったのが身体の振動で伝わる。
あなただけが特別なのだと、どうしたら伝わるだろうと思ったがこれから時間だけはきっと沢山ある。
話をしなかった間や、今までの気持ちもゆっくり擦り合わせをしていけば良い。
穏やかな日差しと柔らかい風が頬を撫でた。
―FIN―
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