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しおりを挟む一体、こんなところに辿り着くためにどれだけの人を殺したんだろう。
真っ白な俺の世界を唐突に侵略して来た、真っ黒な毛に包まれた大きな胴体のその『獣』は。
鋭利な牙が覗く口元をぐっしょりと赤黒く汚し、でも爛々と青色に輝く瞳はどこか寂しそうで。
「(……あぁ、)」
そっか。俺はこの為に、生まれてきた。
『……そろそろ、思い出した頃か? 軍の連中が記憶を消していたことには焦ったが…この姿を見て、己が宿命を思い出さないはずが無いな』
「……………うん、」
今、ようやく心の中の空白の中身を知った。
きっとこれは知らない方が良かったものなんだろう。けど、俺は今まで生きてきた中で一番の充実感を感じた。
「(…………あぁ、やっと、)」
俺の存在が役に立つものが、見つかった。
『……さぁ、今世も問おうぞ、我が怒りを鎮めるためだけに存在する贄である神子よ。己は、生を引き換えに我を封印するか。それとも、先の運命を捨て、我と永劫を共にするか』
選べ。
そう厳かに告げられた選択は、究極。
どちらを選んでも、苦痛が伴うのは理解した。けれど、ならば俺が選ぶのは、
「貴方との永劫を」
この日のために貴重な時間を、気持ちを、費やしてくれたあの人達のために、俺が出来るのはこれくらいだ。
『………正気か、』
「うん。だって貴方は…寂しいだけ」
『…………』
「自分の存在を忘れられて、いないものとされて、悲しかったんだよね…。なら、俺がずっと一緒にいてあげる。一人じゃなくて二人なら、寂しくなることなんてないもの。……ねぇ、本当は心の優しい神様。だからもう人を傷つけるのはやめよう?」
『知ったような口を、』
「…うん、そうだね。俺には、あなたの孤独は分からないし、とても想像なんてつかないよ」
けれど、知らないからこそ。
「だから、これからの永劫をかけて、教えてよ。ずっと一緒なんだから、俺にもそれを背負わせて!」
『ーーー…!?』
「俺、馬鹿だから、きっと最初はイライラすると思うけど。頑張るから! 神様が寂しくならないように、虚しくならないように、俺がずっとそばに居てあげる!」
そう言えば、虚をつかれたように、神様が目を張った。
「ね、神様、俺、」
「「「アシュラ!!!」」」
背後のドアが勢いよく開いて、聞き覚えのある声に笑顔で振り返った。
「皆」
「…っアシュラ、お前の前に立ってるそれは、」
「ーーイチ、どうやら説明は不要らしい」
「隊長…」
少し遅れて、三人の後ろから現れたその人は、一目見ただけで状況を理解してしまったらしい。
……困ったなぁ。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「アシュラ、」
「ごめんね、おいちゃん。待ってられなくて。………いい子じゃなくて、ごめんなさい。でも、ありがとう。あの言葉、ホントに嬉しかったよ!」
「……俺は、お前のそんな言葉を聞くためにここまで面倒を見たわけじゃねぇ」
「あははっ! 優しいね…ホント、皆…優しい…。だから、そのお返しをしたいんだ」
そんな俺を見て苦い顔をするその人。その後ろで悲しそうな顔で三人が俺の名前を呼ぶ。
けれど、でも、…ううん。分かってしまった、自分の宿命を。そして、その為にこの人たちにどれほどのものを背負わせてしまったのかも。
それを知らずに不幸ぶって、ただ与えられる優しさに甘えて俺は考えることを放棄していた。それがどれだけ罪深いことなのか今理解出来たんだ。
馬鹿な俺でも分かる、俺だけにしか出来ないこと。
なら、選択は考えるまでもない。
「……アシュラ、」
引きとめようとしてるのだろうか、おいちゃんが俺の名前を呼んでくれる。
けどそれを遮るように笑みを浮かべ、本で知り得たものを慎重に選んで言葉を紡ぐ。
「…今までありがとう、おいちゃん。ありがとう、サン、ニイちゃん、イッチ。忘れられない時間をありがとう。こんな俺の為に、背負ってくれてありがとう。大好きだよ、だから、さようなら」
拙い、あまりにも拙かった。
俺の気持ちを表すには、全く足りない。あぁ、こんなことになるならもっと本を読んでおけばよかった。
最後まで馬鹿だな、俺。
「…神様、この命を、貴方に捧げます。
ーー永劫を、共に」
『………本当に、良いのだな?』
「はい、俺にはこんなことしか、返せるものがないので」
『…そうか、』
思慮深い声で、神様がそう言った。
案じるような瞳の真っ黒な毛並みの獣に、振り返ってニッコリと笑いかけ、一歩、踏み出す。
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