婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第一部「ブレナード反逆編」

第7話:初めての来客と、侯爵夫人としての試練

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グランデ侯爵家に嫁いで、まだ五日。
 けれど、私の中ではもうずいぶん長い時間が過ぎたように思える。
 静かで、丁寧で、けれど張り詰めた日々。アレクシスという人物は、距離を詰めるでもなく、離れるでもなく、まるで“私という存在”を慎重に観察しているかのようだった。

 そんな折。

 「レイナ様。本日、侯爵家にお客様がいらっしゃいます」

 朝の紅茶を飲んでいるとき、侍女長のリゼから告げられた言葉に、私はカップを置いた。

 「来客? どなた?」

 「エスティア伯爵家より、第一夫人クラリッサ様が」

 ――クラリッサ・エスティア。
 社交界の名門令嬢にして、アレクシスとは遠縁にあたる年上の女性。
 若くして後家となった後も社交界に君臨し、優雅な物腰と鋭い舌で“笑顔で人を切る”ことで知られる。

 つまり、侮れない存在だ。

 「侯爵夫人としての“お披露目”という意味でしょうね」

 私はため息混じりに席を立った。

 「着付けをお願い。舐められるわけにはいきませんから」

* * *

 午後。
 応接間の扉が開かれ、クラリッサ夫人が優雅に入室した。
 薄桃色のドレスに身を包んだその姿は、年齢を感じさせないほどに美しい。そして、その目はまるで獲物を品定めする鷹のようだった。

 「まあ……噂の“契約夫人”は、随分と落ち着いた雰囲気なのね」

 初手からこれである。
 私は微笑みを崩さず、カップを手に取った。

 「ありがとうございます。“契約”であれ“愛”であれ、夫人である以上、役目を果たすことは当然ですもの」

 「まあ、言うじゃないの」

 クラリッサ夫人の瞳が細められ、ふっと微笑みが浮かぶ。その笑みの裏に、探るような意図が滲んでいた。

 「それで? あの冷血なアレクシス様と、どうやって“関係”を築いていらっしゃるのかしら?」

 「彼はとても誠実な方ですわ。人との距離を測るのが独特なだけで、情がないわけではありません」

 「ふうん……。随分と“好意的”な解釈ね?」

 「必要なのは、解釈ではなく“理解”ですわ。彼は言葉より行動で示す方ですもの」

 その瞬間、クラリッサの顔がほんのわずかに揺れた。
 気づかぬふりをして、私は続ける。

 「それに、私たちは“これから”を見ています。過去にとらわれてはいませんの」

 「……随分と、覚悟のある言い方ね」

 「ええ、“契約”とはいえ、私はグランデ侯爵家の一員ですもの。中途半端な気持ちで務まると思ってはおりません」

 沈黙が流れる。
 クラリッサ夫人はじっと私を見つめたあと、静かにカップを置いた。

 「気に入ったわ。あの方を“殻の中から引き出す”なら、あなたかもしれない」

 「……評価、ありがとうございます」

 「でも、油断は禁物よ。アレクシスは優しいわけじゃない。むしろ“自己犠牲的”な男だから」

 その言葉に、私は一瞬言葉を失った。

 「え……?」

 「昔からそう。彼はいつだって、自分を閉じ込めてでも、家や名誉を守る道を選んできた。感情より義務を優先する子だったのよ。……だから、もしあなたが“彼の心”に踏み込みたいのなら、その覚悟をしておくことね」

 そう言って、クラリッサは立ち上がった。

 「では、今日はこの辺で。素敵なお茶をありがとう、レイナ夫人」

 優雅に微笑むその姿に、私はしばらく立ち尽くしてしまった。

* * *

 その夜。

 私はまた、書斎を訪ねた。

 扉を開けると、アレクシスは本を閉じて顔を上げる。

 「来客、お疲れ様。……何かあったか?」

 「少しだけ……気になることを、言われたの」

 私は椅子に腰を下ろし、視線を彼に向ける。

 「あなたは“自己犠牲的な男”だと。自分を捨ててでも、家を守ろうとする人だって」

 アレクシスは少しだけ眉を動かした。
 否定も肯定もせず、ただ静かに私を見つめていた。

 「……そういう生き方しか、知らなかっただけだ」

 ぽつりと、呟くように。

 「家を継いだ時、まだ十六だった。皆が期待していた。“グランデ侯爵家を存続させる器”だと。……だから、僕は器に徹した」

 私はその言葉に、胸が痛くなるのを感じた。
 この人は、きっと誰よりも孤独だった。

 「それなら、私がその器に“心”を注ぎますわ」

 「……レイナ」

 「あなたがどうしようもなく閉ざしてきた過去でも、私は一緒に見届けます。だから、ほんの少しずつで構いません。あなたの“本当の声”を、聞かせてくださいませ」

 沈黙のあと、アレクシスが小さく息を吐いた。

 「……それは、契約に含まれていないだろう」

 「含めます。今から」

 思わず笑ってしまう私に、彼もまた、ほんの少しだけ、頬を緩めた。

 “契約”だけだったはずの関係が、今、確かに揺らぎ始めている。
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