婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第一部「ブレナード反逆編」

第15話:奪われた夜と、燃える誓い

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夜は、あまりにも静かだった。

 それはまるで、嵐の前の“呼吸”のような沈黙。
 満月が屋敷を淡く照らすなか、私はアレクシスの私室の隣、仮設された警護室に身を置いていた。

 「護衛は二名、交代で常駐。部屋の外には私兵を配置済みです」

 執事のリュークが淡々と説明する。
 けれど、私はどこか胸騒ぎを拭えなかった。

 “この静けさは、不自然だ”。

 その違和感が的中したのは、深夜――午前二時を回った頃だった。

* * *

 部屋の外で、小さな物音がした。
 警備に就いていた兵の一人が、不自然に足音を響かせながら部屋の扉をノックする。

 「失礼いたします。巡回交代です」

 私はすぐに違和感を察した。

 この時間の交代は、“アレクシスの命で調整されたはずの時刻”ではない。

 扉を開ける前に、私は短く問いかけた。

 「あなたの所属と階級を、どうぞ」

 沈黙。

 それが答えだった。

 私はすぐさま扉を背に下がり、内鍵をかける。同時に、壁に仕掛けていた緊急ベルを鳴らす。

 だが、それよりも早く――扉が爆音と共に吹き飛んだ。

 視界が一瞬、白く焼ける。
 煙の中から、覆面を被った数人の影が現れた。

 「確保しろ。“生きていればいい”とだけ命じられている」

 男たちは訓練された動きで私に向かって突進してくる。
 私は咄嗟にテーブルの上にあった燭台を掴み、身を翻す。

 「簡単にはいかせませんわよ」

 その瞬間、窓の外から飛び込んできた影がひとつ。
 銀の剣が弧を描き、侵入者のうちのひとりが壁際へ吹き飛ばされる。

 「……無事か、レイナ!」

 アレクシスだった。

 黒い騎士服のまま、剣を片手に部屋へ駆け込み、次々と襲撃者たちを薙ぎ倒していく。

 「三人残っている、外にももう二人!」

 「下がっていろ、護衛が今追いつく!」

 彼の言葉通り、数秒後には館の私兵たちが突入し、襲撃者たちは制圧された。

 私はその場に崩れ落ち、ようやく息をついた。

 「……遅いですわ、アレクシス……」

 「すまない。だが、間に合った」

 彼は私を抱き寄せ、その腕が強く震えていた。

 「君に何かあったら、僕は……僕は、もう」

 私はそっと彼の背に腕を回す。

 「……無事です。あなたが、来てくれたから」

* * *

 数時間後、アレクシスの書斎。
 捕らえられた襲撃者たちは、自らの身元を明かさなかった。だが、持ち物や発言の端々から、やはり“ブレナード家”が背後にあることは明白だった。

 「これは宣戦布告だ」

 アレクシスは静かに言った。

 「僕たちが“過去の罪”に触れたから、“証人”であるレイナを排除しようとした。今後、よりあからさまな手が繰り出されるだろう」

 「……私はもう、守られるだけの存在ではいられませんわね」

 私の言葉に、彼は首を横に振った。

 「違う。“守る”のではない。“共に戦う”。それが、僕たちのこれからだ」

 その眼差しは、もはや冷徹な貴族でも、静かな政治家でもなかった。

 ――戦士の目だった。

 「王宮には、必ず“内通者”がいる。君の父の失踪も、今回の襲撃も、それがなければ成り立たない」

 「つまり、戦場はもう王都全体に広がっている……」

 「その通りだ。だからこそ、今、我々が先手を打たねばならない」

 私は深く頷いた。

 「……アレクシス様。お訊ねしますわ」

 「なんだ?」

 「この戦いに勝った暁には、私たちに“平穏”は訪れますか?」

 「約束しよう。君が安心して笑える未来を、必ず取り戻す」

 彼のその言葉が、今の私にとって何よりの救いだった。

 だから私は、彼にだけ見せる柔らかな微笑を浮かべて、こう答えた。

 「……なら、どこまでもついていきますわ。“夫”として、“信頼する人”として」

 そして私たちは、深く指を絡めて誓い合った。

 これより先は、剣と知略の世界。
 命を懸けて挑む、“過去の亡霊”との戦いが幕を開ける。
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