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第一部「ブレナード反逆編」
第17話:仮面の令嬢と、揺れる王宮
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「“エレーヌ・ブレナード”が王宮の私室を訪れていた」
それは、王政の中心に“敵の爪”が既に差し込まれていたという意味だった。
王宮副長――すなわち王の身辺を補佐する近衛職にある者が、ブレナードと通じていた。
表向きは慈善事業に従事する“敬虔な令嬢”として知られるエレーヌの仮面は、ゆっくりと剝がれつつあった。
「……いよいよ核心に手が届きますわね」
私はアレクシスの隣で、王宮から届けられた極秘記録を読みながら囁いた。
「彼女が宮廷副長と接触した夜、同じ建物内で“文書の焼却”が確認されている。それが何であれ、証拠隠滅の意図は明白だ」
アレクシスの声は低く、だが静かな怒りを含んでいた。
「王の周辺にまで侵食を許した……いや、“信じること”に甘えすぎていた。もはや静観の余地はない」
* * *
そして翌日。
ついに、エレーヌ・ブレナードが“王宮へ来訪”するという情報が舞い込んだ。
「目的は“親交の確認”。ただの顔見せと称して王妃陛下へ贈り物を――という体裁ですが、おそらく“動向確認”です」
侍女長がそう報告したとき、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ。まるで“これから狩られる側”が、優雅にお茶を運んでくるようですわね」
「獲物が笑えば、狩人が揺らぐと思っているんだ」
アレクシスも冷ややかに応じた。
私たちは、この“舞台”を逆に利用することを決めた。
* * *
王宮応接室。
薄桃のドレスに身を包んだエレーヌは、相変わらず完璧な笑顔で王妃の前に跪いていた。
「陛下に、この小さな贈り物を。南方の孤児たちが紡いだ刺繍です。彼らの未来が、どうか祝福されますように」
「……ええ、ありがとう。あなたは本当に“優しい方”ね」
王妃は穏やかに微笑みながらも、隣に控える私とアレクシスをちらりと見た。
私たちは、あくまで“偶然通りがかっただけ”の体裁でその場に現れていた。
「まあ、レイナ様にアレクシス様まで……ふふ、ご無沙汰しております」
エレーヌが優雅に会釈をする。
「本当に偶然、ですわよ? 今日のご訪問は“秘密”だったと伺っておりましたもの」
私は涼しい顔で言い返す。
彼女の笑みが、一瞬だけピクリと揺れた。
「まあ、王妃陛下のお顔を拝することは、どなたにも許されること。秘密など、ありませんわ」
「ですが、その夜。あなたが私室へ足を踏み入れたことは記録に残っております。副長と面会した証拠も」
アレクシスの声は低く、冷ややかだった。
「まさか、“慈善活動の報告”という理由だけでは納得できませんよね?」
「……まあ。記録とは、誤解されるものですわ」
エレーヌは微笑みながらも、すでに全身に緊張をまとっていた。
だが彼女は引かなかった。
「けれど、何をされようと、私には王都中の貴族が“正義”だと信じる声が届いております。信仰とは、何よりも力になりますのよ」
つまり――王宮だけではない。
“外堀”もすでに手中にあると言いたいのだ。
「ならば、“信仰”ではなく“証拠”で応じるのみですわね」
私の視線は揺るがなかった。
「今ここで、王宮副長への尋問を正式に要請いたします。ブレナード家との接触、その記録の破棄、そして私の父の件――すべてに通じているはずですもの」
「……大胆ですのね、レイナ様」
「“侯爵夫人”としての責任を果たしているだけですわ。慈善だけが“正しさ”とは限りませんのよ?」
エレーヌの笑顔が、ついに崩れた。
* * *
その日の夜、グランデ邸では“動員令”が発せられていた。
王宮副長の身柄拘束と尋問は、すでに王妃陛下の黙認のもと、準備が進んでいた。
「明日、動く。副長の口が開けば、全ての線が繋がる」
アレクシスは剣を手に、静かに言った。
「ついに、“証拠”が手に入るのね」
「そうだ。そして――この闇に、終止符を打つ準備が整う」
私はその横顔を見つめながら、心の奥で確信していた。
私たちはもう、誰の陰にも隠れていない。
光の下で、正面から敵を討つ準備ができている。
「……アレクシス様」
「ん?」
「もし明日、全てが終わったら。……ふたりで、旅に出ませんか?」
彼は一瞬目を見開いたあと、小さく笑った。
「……いいだろう。君となら、どこへでも」
静かに夜が更けていく。
明日は、王宮の血と偽りに終止符を打つ一日。
その前の、最後の静けさだった。
それは、王政の中心に“敵の爪”が既に差し込まれていたという意味だった。
王宮副長――すなわち王の身辺を補佐する近衛職にある者が、ブレナードと通じていた。
表向きは慈善事業に従事する“敬虔な令嬢”として知られるエレーヌの仮面は、ゆっくりと剝がれつつあった。
「……いよいよ核心に手が届きますわね」
私はアレクシスの隣で、王宮から届けられた極秘記録を読みながら囁いた。
「彼女が宮廷副長と接触した夜、同じ建物内で“文書の焼却”が確認されている。それが何であれ、証拠隠滅の意図は明白だ」
アレクシスの声は低く、だが静かな怒りを含んでいた。
「王の周辺にまで侵食を許した……いや、“信じること”に甘えすぎていた。もはや静観の余地はない」
* * *
そして翌日。
ついに、エレーヌ・ブレナードが“王宮へ来訪”するという情報が舞い込んだ。
「目的は“親交の確認”。ただの顔見せと称して王妃陛下へ贈り物を――という体裁ですが、おそらく“動向確認”です」
侍女長がそう報告したとき、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ。まるで“これから狩られる側”が、優雅にお茶を運んでくるようですわね」
「獲物が笑えば、狩人が揺らぐと思っているんだ」
アレクシスも冷ややかに応じた。
私たちは、この“舞台”を逆に利用することを決めた。
* * *
王宮応接室。
薄桃のドレスに身を包んだエレーヌは、相変わらず完璧な笑顔で王妃の前に跪いていた。
「陛下に、この小さな贈り物を。南方の孤児たちが紡いだ刺繍です。彼らの未来が、どうか祝福されますように」
「……ええ、ありがとう。あなたは本当に“優しい方”ね」
王妃は穏やかに微笑みながらも、隣に控える私とアレクシスをちらりと見た。
私たちは、あくまで“偶然通りがかっただけ”の体裁でその場に現れていた。
「まあ、レイナ様にアレクシス様まで……ふふ、ご無沙汰しております」
エレーヌが優雅に会釈をする。
「本当に偶然、ですわよ? 今日のご訪問は“秘密”だったと伺っておりましたもの」
私は涼しい顔で言い返す。
彼女の笑みが、一瞬だけピクリと揺れた。
「まあ、王妃陛下のお顔を拝することは、どなたにも許されること。秘密など、ありませんわ」
「ですが、その夜。あなたが私室へ足を踏み入れたことは記録に残っております。副長と面会した証拠も」
アレクシスの声は低く、冷ややかだった。
「まさか、“慈善活動の報告”という理由だけでは納得できませんよね?」
「……まあ。記録とは、誤解されるものですわ」
エレーヌは微笑みながらも、すでに全身に緊張をまとっていた。
だが彼女は引かなかった。
「けれど、何をされようと、私には王都中の貴族が“正義”だと信じる声が届いております。信仰とは、何よりも力になりますのよ」
つまり――王宮だけではない。
“外堀”もすでに手中にあると言いたいのだ。
「ならば、“信仰”ではなく“証拠”で応じるのみですわね」
私の視線は揺るがなかった。
「今ここで、王宮副長への尋問を正式に要請いたします。ブレナード家との接触、その記録の破棄、そして私の父の件――すべてに通じているはずですもの」
「……大胆ですのね、レイナ様」
「“侯爵夫人”としての責任を果たしているだけですわ。慈善だけが“正しさ”とは限りませんのよ?」
エレーヌの笑顔が、ついに崩れた。
* * *
その日の夜、グランデ邸では“動員令”が発せられていた。
王宮副長の身柄拘束と尋問は、すでに王妃陛下の黙認のもと、準備が進んでいた。
「明日、動く。副長の口が開けば、全ての線が繋がる」
アレクシスは剣を手に、静かに言った。
「ついに、“証拠”が手に入るのね」
「そうだ。そして――この闇に、終止符を打つ準備が整う」
私はその横顔を見つめながら、心の奥で確信していた。
私たちはもう、誰の陰にも隠れていない。
光の下で、正面から敵を討つ準備ができている。
「……アレクシス様」
「ん?」
「もし明日、全てが終わったら。……ふたりで、旅に出ませんか?」
彼は一瞬目を見開いたあと、小さく笑った。
「……いいだろう。君となら、どこへでも」
静かに夜が更けていく。
明日は、王宮の血と偽りに終止符を打つ一日。
その前の、最後の静けさだった。
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