婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第6話:胎動と導火線の狭間にて

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 「……動いた、わ」

 その夜、私は静かに涙をこぼした。

 お腹の中の命が、初めて私に“生きている”ことを知らせてくれた瞬間だった。

 わずかなくすぐったさのような胎動。
 それは、今まで感じてきた不安や恐怖、迷いをすべて浄化するような、あたたかくて確かな証だった。

 「アレクシス様……っ、動きました……」

 私の言葉に、彼はほんの一瞬だけ言葉を失い――
 次の瞬間には、驚きと喜びを隠しきれない瞳で微笑んだ。

 「……本当に……? この子が?」

 「ええ。私に、“生きたい”って言ってくれたんです。きっと……」

 彼はそっと私の膨らみ始めたお腹に触れた。

 「……ありがとう。強くなってくれて」

 「この子は、あなたと私の……奇跡ですもの」

 でも――その奇跡を守るには、まだ多くの障壁があった。

* * *

 翌朝、宿の主から手紙が届いた。

 「王都から“封緘文書”が届けられました。誰にも開封を許されていないようです」

 アレクシスが受け取り、封蝋を見た瞬間に顔をしかめた。

 「……これは、“王室直送”の極秘命令。王妃陛下の手ではない……“王その人”の直筆だ」

 「陛下が……私たちに?」

 封を開くと、中には簡潔な一文だけが記されていた。

 > 《北の気配、拡大中。
   来たるべき“対話”の場に、レイナ・アルセリナを立たせたい。
   ――王》

 「……私を、“対話の象徴”として王宮に戻せということ?」

 アレクシスはしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。

 「君は、アルセリナの名を持つ唯一の後継。さらに“命を宿す未来の母”として、穏健派にも説得力を持つ。……つまり、“剣ではなく心で国を繋ぐ象徴”になってほしいということだ」

 その言葉を聞いて、私は思わず手を握り締めた。

 「でも……今、私が王都に戻れば、この子を危険にさらすかもしれない」

 「その通りだ。王都の宮廷内には、まだ確実に“敵”がいる。ヴァルトリウス家だけでなく、ブレナードの残党もな」

 「けれど、もし私が行かねば、“戦”になるかもしれない。誰かが代わりに血を流す」

 そのとき、私は気づいた。
 ――これは、かつての自分なら迷わず剣を取っていた状況だと。

 けれど今は、私は“母”であり、ひとつの命を預かっている。

 私一人の命なら投げ出せても、この子の命だけは――絶対に、守らなければならない。

* * *

 その夜、アレクシスは私を抱き寄せながら囁いた。

 「君が行くと決めれば、王都まで全て僕が護る。君の命も、子の命も。だが……もし迷いがあるなら、それも正しい。僕たちは“今”を守るだけでも、充分に偉大なことをしている」

 「アレクシス様……」

 私は、彼の胸に顔をうずめながら、心の奥で問う。

 私は、国を選ぶべきか。
 それとも、命を選ぶべきか。

 でも本当は、どちらか一方ではなく――

 「……どちらも選びたい。命も、国も。私、“もう戦わない”って決めたのに。……でも、また立たなければならないのですね」

 「それは“戦う”ことではなく、“示す”ことなんだ。君がここまで生きてきた意味を、今度は誰かに届ける番だ」

 私は深く息を吸い込み、静かに頷いた。

 「――王都に、戻ります」

 アレクシスが、微笑みながら手を重ねてくる。

 「ならば僕も、剣を取り戻そう。君の未来を“切り拓く剣”として」

* * *

 出立の準備は、翌朝から始まった。
 誰にも告げず、静かに馬車で旅立つ計画。
 海沿いの港町を去るその日、私はもう一度、あの波の音に耳を澄ませた。

 「……さようなら、わたしたちの静かな日々。けれど、いつかまたここへ戻るわ」

 お腹の中で、命が優しく動いた気がした。

 それはきっと――

 「行こう、レイナ」

 アレクシスの手を取り、私は小さく微笑んだ。

 これから向かうのは、“戦場”ではなく、“未来”。
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