27 / 70
第二部「風薫る港町と、新たな胎動」
第6話:胎動と導火線の狭間にて
しおりを挟む
「……動いた、わ」
その夜、私は静かに涙をこぼした。
お腹の中の命が、初めて私に“生きている”ことを知らせてくれた瞬間だった。
わずかなくすぐったさのような胎動。
それは、今まで感じてきた不安や恐怖、迷いをすべて浄化するような、あたたかくて確かな証だった。
「アレクシス様……っ、動きました……」
私の言葉に、彼はほんの一瞬だけ言葉を失い――
次の瞬間には、驚きと喜びを隠しきれない瞳で微笑んだ。
「……本当に……? この子が?」
「ええ。私に、“生きたい”って言ってくれたんです。きっと……」
彼はそっと私の膨らみ始めたお腹に触れた。
「……ありがとう。強くなってくれて」
「この子は、あなたと私の……奇跡ですもの」
でも――その奇跡を守るには、まだ多くの障壁があった。
* * *
翌朝、宿の主から手紙が届いた。
「王都から“封緘文書”が届けられました。誰にも開封を許されていないようです」
アレクシスが受け取り、封蝋を見た瞬間に顔をしかめた。
「……これは、“王室直送”の極秘命令。王妃陛下の手ではない……“王その人”の直筆だ」
「陛下が……私たちに?」
封を開くと、中には簡潔な一文だけが記されていた。
> 《北の気配、拡大中。
来たるべき“対話”の場に、レイナ・アルセリナを立たせたい。
――王》
「……私を、“対話の象徴”として王宮に戻せということ?」
アレクシスはしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「君は、アルセリナの名を持つ唯一の後継。さらに“命を宿す未来の母”として、穏健派にも説得力を持つ。……つまり、“剣ではなく心で国を繋ぐ象徴”になってほしいということだ」
その言葉を聞いて、私は思わず手を握り締めた。
「でも……今、私が王都に戻れば、この子を危険にさらすかもしれない」
「その通りだ。王都の宮廷内には、まだ確実に“敵”がいる。ヴァルトリウス家だけでなく、ブレナードの残党もな」
「けれど、もし私が行かねば、“戦”になるかもしれない。誰かが代わりに血を流す」
そのとき、私は気づいた。
――これは、かつての自分なら迷わず剣を取っていた状況だと。
けれど今は、私は“母”であり、ひとつの命を預かっている。
私一人の命なら投げ出せても、この子の命だけは――絶対に、守らなければならない。
* * *
その夜、アレクシスは私を抱き寄せながら囁いた。
「君が行くと決めれば、王都まで全て僕が護る。君の命も、子の命も。だが……もし迷いがあるなら、それも正しい。僕たちは“今”を守るだけでも、充分に偉大なことをしている」
「アレクシス様……」
私は、彼の胸に顔をうずめながら、心の奥で問う。
私は、国を選ぶべきか。
それとも、命を選ぶべきか。
でも本当は、どちらか一方ではなく――
「……どちらも選びたい。命も、国も。私、“もう戦わない”って決めたのに。……でも、また立たなければならないのですね」
「それは“戦う”ことではなく、“示す”ことなんだ。君がここまで生きてきた意味を、今度は誰かに届ける番だ」
私は深く息を吸い込み、静かに頷いた。
「――王都に、戻ります」
アレクシスが、微笑みながら手を重ねてくる。
「ならば僕も、剣を取り戻そう。君の未来を“切り拓く剣”として」
* * *
出立の準備は、翌朝から始まった。
誰にも告げず、静かに馬車で旅立つ計画。
海沿いの港町を去るその日、私はもう一度、あの波の音に耳を澄ませた。
「……さようなら、わたしたちの静かな日々。けれど、いつかまたここへ戻るわ」
お腹の中で、命が優しく動いた気がした。
それはきっと――
「行こう、レイナ」
アレクシスの手を取り、私は小さく微笑んだ。
これから向かうのは、“戦場”ではなく、“未来”。
その夜、私は静かに涙をこぼした。
お腹の中の命が、初めて私に“生きている”ことを知らせてくれた瞬間だった。
わずかなくすぐったさのような胎動。
それは、今まで感じてきた不安や恐怖、迷いをすべて浄化するような、あたたかくて確かな証だった。
「アレクシス様……っ、動きました……」
私の言葉に、彼はほんの一瞬だけ言葉を失い――
次の瞬間には、驚きと喜びを隠しきれない瞳で微笑んだ。
「……本当に……? この子が?」
「ええ。私に、“生きたい”って言ってくれたんです。きっと……」
彼はそっと私の膨らみ始めたお腹に触れた。
「……ありがとう。強くなってくれて」
「この子は、あなたと私の……奇跡ですもの」
でも――その奇跡を守るには、まだ多くの障壁があった。
* * *
翌朝、宿の主から手紙が届いた。
「王都から“封緘文書”が届けられました。誰にも開封を許されていないようです」
アレクシスが受け取り、封蝋を見た瞬間に顔をしかめた。
「……これは、“王室直送”の極秘命令。王妃陛下の手ではない……“王その人”の直筆だ」
「陛下が……私たちに?」
封を開くと、中には簡潔な一文だけが記されていた。
> 《北の気配、拡大中。
来たるべき“対話”の場に、レイナ・アルセリナを立たせたい。
――王》
「……私を、“対話の象徴”として王宮に戻せということ?」
アレクシスはしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「君は、アルセリナの名を持つ唯一の後継。さらに“命を宿す未来の母”として、穏健派にも説得力を持つ。……つまり、“剣ではなく心で国を繋ぐ象徴”になってほしいということだ」
その言葉を聞いて、私は思わず手を握り締めた。
「でも……今、私が王都に戻れば、この子を危険にさらすかもしれない」
「その通りだ。王都の宮廷内には、まだ確実に“敵”がいる。ヴァルトリウス家だけでなく、ブレナードの残党もな」
「けれど、もし私が行かねば、“戦”になるかもしれない。誰かが代わりに血を流す」
そのとき、私は気づいた。
――これは、かつての自分なら迷わず剣を取っていた状況だと。
けれど今は、私は“母”であり、ひとつの命を預かっている。
私一人の命なら投げ出せても、この子の命だけは――絶対に、守らなければならない。
* * *
その夜、アレクシスは私を抱き寄せながら囁いた。
「君が行くと決めれば、王都まで全て僕が護る。君の命も、子の命も。だが……もし迷いがあるなら、それも正しい。僕たちは“今”を守るだけでも、充分に偉大なことをしている」
「アレクシス様……」
私は、彼の胸に顔をうずめながら、心の奥で問う。
私は、国を選ぶべきか。
それとも、命を選ぶべきか。
でも本当は、どちらか一方ではなく――
「……どちらも選びたい。命も、国も。私、“もう戦わない”って決めたのに。……でも、また立たなければならないのですね」
「それは“戦う”ことではなく、“示す”ことなんだ。君がここまで生きてきた意味を、今度は誰かに届ける番だ」
私は深く息を吸い込み、静かに頷いた。
「――王都に、戻ります」
アレクシスが、微笑みながら手を重ねてくる。
「ならば僕も、剣を取り戻そう。君の未来を“切り拓く剣”として」
* * *
出立の準備は、翌朝から始まった。
誰にも告げず、静かに馬車で旅立つ計画。
海沿いの港町を去るその日、私はもう一度、あの波の音に耳を澄ませた。
「……さようなら、わたしたちの静かな日々。けれど、いつかまたここへ戻るわ」
お腹の中で、命が優しく動いた気がした。
それはきっと――
「行こう、レイナ」
アレクシスの手を取り、私は小さく微笑んだ。
これから向かうのは、“戦場”ではなく、“未来”。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる