婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第7話:帰還と、囁かれる胎の玉座

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王都の門は、静かに開いた。

 その瞬間、胸の奥に詰まっていたものが、再び息を吹き返した気がした。
 ここには、過去のすべてがある。
 剣を振るった場所も、言葉を交わした人々も、裏切りも誓いも――。

 けれど今の私は、“ひとり”ではなかった。

 手にはアレクシスの温もり。
 腹の内には、私たちの未来。

 「……帰ってきてしまいましたわね」

 「いや、“戻るべき場所”に帰ったんだ。君はこの国に必要とされている」

 馬車の中で交わした短い会話が、どこか穏やかに響く。

* * *

 王宮前庭には、迎えの騎士たちが整列していた。
 その中に、懐かしい姿があった。

 「……クラリッサ様」

 エスティア伯爵夫人――アレクシスの遠縁であり、かつて王妃の信任を得ていた名家の女主人。
 彼女は相変わらず優雅な身のこなしで、静かに頭を下げた。

 「レイナ様。……お戻りをお待ちしておりました。貴女の不在が、王宮にどれほどの静けさと、どれほどの不安をもたらしたか――」

 「静けさと、不安?」

 「ええ。貴女がいなければ、“誰の声”を信じればよいのか、皆が見失ってしまうのです」

 それが褒め言葉だとしても、どこか背筋が冷えるような感覚が残った。

 「そして、すでに“貴女の子”が王位に関わる話が囁かれております」

 私は、息を呑んだ。

 「……それは、誰が?」

 「名を明かすにはまだ時期尚早。ただ、“王の実子ではない”王政後継問題において、“最も美しく、民に愛される未来”を選びたい者たちがいます」

 ――胎児を、王に。

 それは、言葉を変えた「奪権」であり、未来の命を“神輿”として使う行為。

 私は思わず腹に手を添えた。

 「私は、この子を“玉座の道具”にはさせません」

 「ならば、そのためにこそ、貴女はここに戻ったのでは?」

 クラリッサ夫人の声は、柔らかいが決して軽くはなかった。

* * *

 再び通された謁見の間。

 王妃陛下は静かに立ち上がり、私の前に歩み寄ってきた。

 「……レイナ。ようこそ、戻ってきてくれましたね」

 「陛下……」

 「まずは、心より祝福を。あなたが命を宿してくれたことが、どれほどこの国の希望となるか……」

 王妃の目には、確かな感情が揺れていた。
 この人だけは、まだ私の“人”としての部分を見てくれている。

 「私が望むのは、この子の平穏な誕生です。
 剣も、玉座も、この子にとっては“遠すぎる重荷”でしかありません」

 「わかっております。……ですが、貴女が動かなければ、周囲は“自分の望む未来”を子に背負わせようとするでしょう」

 「では、私が動くことで“その未来”を拒みきれるのでしょうか」

 王妃は、しばし黙し――やがて頷いた。

 「できると信じております。あなたがそれを“拒む母”ではなく、“導く者”であれば」

 私はその言葉に、深く息を吸い込み、頷いた。

 「……ならば私は、この子のために“立ちます”。命を守る者として。王政をただす者として。そして――」

 「“母”として」

 アレクシスの声が、私の後ろから重なる。

 「この国を治めるのは、剣でも、血でもない。“選ぶ心”だと――私たちは、あなたと共に示しましょう」

* * *

 その夜。
 私たちは王宮の東の離れに滞在することとなった。

 外界から隔絶されたその静けさの中、私はひとり手紙を綴る。

 ――「私は王妃にはなりません。この子を“王にする”など、私は断じて望みません。
 でも、誰かが未来を語らねばならないのなら。
 私が、“母の声”で語りましょう。
 この国のために、そしてすべての命のために――」

 窓の外、王都の灯がまたたいていた。

 かつて、この国を愛したすべての者たちが、いま私の背を押してくれている気がした。
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