婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第11話:胎の声、眠りの中の約束

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 「……よく眠れていなかったのね」

 アレクシスが、私の頬に触れながらそう言った。
 私はうっすらと目を開き、微笑んだ。

 「……夢を見ていたの。とても静かな夢。
 この子が、私の手を握って笑ってくれる夢……」

 「それは、いつか必ず現実になる」

 彼の声は深く、あたたかかった。

 “胎の王儀式”から二週間。
 私は王宮の離れを離れ、郊外の静養邸に身を移していた。
 王妃陛下の計らいで、外部からの出入りも最小限に抑えられ、私とアレクシス、そして数人の侍女だけの空間が保たれていた。

 「……眠っていても、お腹がはっきり分かるようになったわね」

 「君は日に日に柔らかくなっている。……そして、ますます綺麗になった」

 「ふふ……お世辞でも、嬉しいですわ」

 そのとき、お腹の中で小さく“ぴくり”と動いた。

 「……!」

 「今、動いた?」

 「ええ、……“返事をした”みたいに」

 その胎動は、まるで二人の会話に応じたかのように確かだった。

 私はそっと、お腹に両手を添えた。

 「もう……“この子”じゃなくて、“あなた”って呼ぶべきかもしれませんね」

 その言葉に、アレクシスが小さく頷く。

 「この命にはもう、“物語”がある。
 剣よりも深く、人の心を動かした日々がある。
 きっとこの子は、君のように“言葉で生きる力”を持って生まれる」

* * *

 その静養邸に、クラリッサ夫人が久々に訪れた。

 「レイナ様、アレクシス様。……柚木家が正式に“王政参与”の地位を返上する意向を示しました」

 「……政界からの撤退?」

 「表向きは“信仰との距離を保つため”という体裁です。
 けれど、あの儀式以降、“命を装飾にする家門”と揶揄されたのも事実です」

 私は目を伏せた。

 柚木家の行動のすべてが“悪”だったわけではない。
 “守ろうとする信念”も、“祈り”も、そこにあった。
 だが、それが“誰かの命を縛る”ものに変わった瞬間――彼らは、正しさを失った。

 「……犠牲なくして、変化はない。
 けれど私は、これ以上“母たちの声”が踏みにじられるのを見たくないのです」

 クラリッサ夫人は静かにうなずいた。

 「その声を、国が忘れぬように。
 王妃陛下は、今後“産前議会”という場を設け、“出産を迎える者の権利と発言”を制度化しようとしています」

 私は、驚いてアレクシスを見る。

 「……それって、つまり……?」

 「“妊婦を政治の場に立たせる”のではなく、“母たちの声を政策の礎にする”ということだ」

 「……すごい。そんな未来が、想像されるようになるなんて」

 私の手が、お腹に自然と添えられた。

 この子が生まれる世界が、
 “命を重んじる社会”に少しでも近づくのなら――
 戦った意味は、きっとあったのだ。

* * *

 夜。
 私は、星を見ながら少しだけ外を歩いていた。

 風は冷たくない。
 春が確かに近づいてきているのを、肌で感じる。

 「……そろそろ、名前を考えなくちゃいけませんね」

 お腹に語りかけるようにそう言うと、やはり“ぽこん”と返事が返ってきた。

 「ふふ……せっかちね。男の子か女の子か、まだ分からないのに」

 だけど、私は知っている気がした。

 ――この子は、強い。
 言葉と心で世界を変えられるほど、静かに強い命。

 だから私は、そっと囁いた。

 「約束するわ。
 あなたが生まれるその日まで、私も、父さまも、誰よりも強く優しく守り抜いてみせる」

 星の下。
 その声は、きっとこの子に届いている。
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